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4-16 交渉

 楓恋とロッテが神域の寝室に戻ると、ママは険しい顔で出迎えた。

「大変なことになったわ……」

 ママの肩越しにオスカーの姿を見て二人も事態の深刻さを悟る。

「オスカー君、まずはお茶でもどうかしら? あなたはジェイコブ君のような乱暴者と違って、要求が通るなら荒事は避けてもいいと思うタイプよね?」

 オスカーは気取った様子で、

「もちろんですよ、女神様」

 と、応じた。すでにママの正体を聞いているらしい。


 リビングでテーブルを囲んでお茶をする一同。ママ、楓恋、ロッテ、正気に戻ったジュリアンにオスカーを加えた五人である。

「それで、あなたの要求はなにかしら? オスカー君」

 ふむと肯いて考えるオスカーだが、頭脳明晰なだけあって長考はしなかった。

「ミアさんを連れ帰るのが目的だったけど、神域に住む女神様なんて御仁に出くわすとはね。それに、この場所にはまだ秘密がありそうだ」

 オスカーが一同を見回すが、四人は知らんぷりを決めこむ。


「ミアさんの体の奥深くに、いつでもどこにいても見つけられるようにビーコンを埋め込んであるんだが、最近、二週間近く行方が途絶えたことがあったね。その前後にここに居たことも知っている」

 ロッテは生まれてからずっとストーキングされていたことを知り青ざめる。

 ママはオスカーの表情をうかがっている。

「ここにはどこか異世界に通じるゲートがある。そして、異世界に行ってきたミアさんや楓恋君は短期間で大幅なレベルアップを果たした。そうだね?」

「そうね、あなたに隠し事などしないほうがいいわね」

 あっさりと認めてしまうママ。もはやオスカーを怒らせないほうが得策という段階なのである。


「では、要求を言おう。全ていただく。それだけだよ」

 単純明快過ぎる言葉に一同困惑する。

「ここを大人しく明け渡したら命だけは助けてもらえませんか、オスカー殿下?」

 ちゃっかりという風にねだる楓恋。

「君にはジェイコブを始末してもらった借りがあるからね。彼には利用価値があったが、同時にどこかで厄介な敵になっただろう。いいよ、君は殺さないで逃がしてあげよう」

「私はってことは、他のみんなは殺す気ですか?」

「いや、ジュリアンはオリジナルのミアさんに託された可愛い弟だから、言うことを聞くなら危害は加えないよ。それに、妻であるミアさんを連れ帰るのは自明のことだ。つまり、この場所の秘密を明かすこと、この星の支配権を渡すこと、そして女神様の命だけはいただく。これが僕の要求ということになるね」

 楓恋はもう一声とばかりに食い下がる。

「もう女神様よりも殿下のほうがお強いじゃありませんか、なにも殺さなくても……」

「そうはいかないよ。女神様はあの神獣を作り出したり、まだ秘密兵器を残している、あるいはこれから作り出す危険性が高い。この星の住民全てにレベルキャップを付けるつもりだが、女神様だけは生かしておくわけにいかないな」


 ママは穏やかな笑顔を浮かべて肯いた。

「分かりました。私の命だけで子ども達みんなが助かるなら安いものです。寛大な処置に感謝するわ、オスカー君」

 ロッテやジュリアンは何か言いたげだったが、オスカーの機嫌を損ねないためか口をつぐんだ。

 ママはオスカーに転移魔法陣の秘密を伝えた。

 星の支配権にも言及するが、

「支配権なんていうほどのものはないわ。神として子ども達の様子を見たり、たまにアシストしたりするけど、この力を譲渡することはできないの」

 オスカーは少しつまらなそうな顔をしたが、聞き分けは良かった。

「では、外に出よう。僕のものになるこの神域だからきれいに使いたいものだ。門を出たところで処刑するから、ついておいで」

 ゾッとするようなことを平気で言うオスカー。ママは女神の威厳を保ったまま、オスカーについて歩き出す。


 ――門の外に出て、かつてカンドーレが守っていた辺りに集まった一同。

「楓恋君、この剣で女神様の首をはね、心臓を潰すんだ。大事なミアさんや弟に神殺しの祟りでもあるといけないからね」

 アメリアに用いた黒い剣を持たされる楓恋。ここで不意を突いたところで勝てる相手ではないと皆が分かっている。

「楓恋ちゃんを祟ったりしないわ。安心してやってちょうだい。ためらわずにやってもらえると楽で助かるわ」

 冗談めかして言うママ。楓恋の罪悪感を少しでも減らそうという配慮かもしれない。

 楓恋は小声で呟く。

「あのバカ、結局戻ってこなかったわね……」

「何か言ったかい?」

 楓恋は慌てて首を振る。

 ママは正座して、うなだれるように首を差し出した。

 楓恋は野球のバットでも振りかぶるように構えた。

 そこからさらに大上段に振りかぶると、

「ごめんねママ!」

 目に涙をため、一気に振り下ろす楓恋。


「いった~いっ! なんでっ!?」

 転げまわって悶絶するのは楓恋自身だった。剣を扱ったことのない楓恋は目測を誤って空振りした上に、勢い余って自分の左脛を斬った。慣れない者が斧で薪割りをするときなどにもありがちな事故である。

「すごい痛いの……ヒール効かないの……」

 それほど深手でもないようだが、涙を流して痛がる楓恋。呪いの効果のようだ。

 ロッテはストレージからガーゼやタオルを取り出してジュリアンに手渡す。

「兄さん、止血してあげてください」

 ジュリアンが圧迫止血し、ロッテは楓恋の顔を胸に抱きしめて落ち着かせた。


 オスカーは愉快そうに笑う。

「君は面白い子だね、僕の側室にしてあげよう」

 楓恋はそれどころじゃない様子で、ロッテの胸に甘えてシクシク泣いている。

 ママがクスクス笑っている。

「笑ってごめんね。でも、最後に笑わせてもらって気が楽になったわ。ほら、楓恋ちゃん脚を見せて」

 ママが女神の力で癒すと楓恋の傷が消えた。

「これだから女神様を生かしておくわけにいかないんだ。じゃあしょうがない、ジュリアンがやりたまえ」

 黒い剣が手渡される。剣士のジュリアンに限って間抜けな失敗はあり得ない。

 オスカーの目配せでジュリアンが構える。

「一思いにいきます、お覚悟を!」

 まさに振り下ろされるその刹那。

「おい! やめろジュリアン! 何やってんだ!」

 翼を出した陽平が急降下してきたのだった。

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