表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/63

4-14 ジュリアン②

 楓恋とロッテは話し声のする一室に向かった。

 亡くなったミア王妃と幼いジュリアンがいた。

 二人は楓恋達に構う様子はない。

 ミアは銀髪に近い長い金髪の可愛らしい女性だった。ジュリアンの年齢からするとミアはこのとき二十代後半のはずだが、十代の少女のように見える。ロッテによく似ているが、透けるように色白な肌と華奢な体つきで、体が弱そうな印象を受ける。

 ミアはロッキングチェアに座って編み物をしていて、ジュリアンはベッドに腰かけて脚をブラブラさせている。


「ねえママ、寒くない? もっと薪を持ってこようか?」

 窓の外は寒空、ミアはひざ掛けをしていて、暖炉の火が赤々と燃えている。

「ボクちゃんは優しいね。でも、ママちょっと暑いぐらいよ」

「じゃあ、ひざ掛けいらない? 畳んであげる」

 ジュリアンはさっさとひざ掛けを取って畳み始める。

 ミアは苦笑しながらも目を細めた。ジュリアンが可愛くて仕方が無いようだ。


「ボクちゃん、ちょっと手を入れてみて」

 編みかけの手袋を試着させてサイズを確かめる。

「ママ、編み物下手っぴだけど今度こそ上手くいきそう」

「この前のは指が三本と四本だったもんね」

 ジュリアンは楽しそうに笑っている。

 一緒に笑っていたミアだったが、喉がヒューヒュー鳴り出して激しく咳き込んだ。黒いタオルを畳んだものを口に当て、いつまでも咳が止まらないでいる。時折カハッという異音が混ざる。

「ボクちゃん、先生を……呼んできて……」

「わかった! すぐだから待ってて!」

 背中をさすっていたジュリアンは急いで部屋を飛び出していく。

 息も絶え絶えのミアはそのまま失神してしまった。手からタオルが落ちる。黒いタオルは頻繁に喀血していることをジュリアンに悟らせないためだった。

 そのままミアの姿は消えてしまったので、二人はジュリアンのあとを追いかけた。


 ジュリアンが飛び込んだ部屋では、ベッドに青白い顔のミアが横たわっていた。ジョージが手を握り、オスカーの姿もあった。初老の医師の男が胸にヒールをかけているが、臨終の時であることは明らかだった。

「私の可愛いボクちゃん、手を握ってちょうだい……」

 ジュリアンは空いているミアの右手を握る。

「ママ、僕ね、先生に習ってヒールを覚えたんだ。今、治してあげるからね」

 ジュリアンは詠唱しようとするが、医師に止められる。

「手を握ってあげてください。もはやヒールでは効果がありません。苦痛は私が和らげていますから」


 ミアはか細い声で語りかける。

「……ママはこれから天国に行くけど、すぐにボクちゃんのところに帰ってくるわ。天国の決まりで赤ちゃんになってしまうけど、そうしたらずーっと一緒にいられるでしょ? だから、ママのこと妹みたいに可愛がってね」

 ミアがオスカーを見ると、オスカーはしっかり肯いた。

 胸に激痛が走るようで、ミアは苦痛に顔を歪めて身をよじった。

「これ以上は苦痛を長引かせるだけです。睡眠から昏睡へ、魔法で導入します。お話ししたいことがあれば」

 ジョージがジュリアンに肯いて見せる。

「ママ、僕はママのことが世界で一番大好きだよ。いい子にしてお留守番してるから、お勉強も剣術もいっぱい頑張るから、早く帰ってきてね。絶対だよ。絶対だからね……」

 言いながらミアの手にすがって嗚咽を漏らすジュリアン。幼いながらに母の嘘に気づいているのだろう。

「ジョージ……オスカー君……私の坊やを……おねがい……」

 ジョージは目に涙をためて何度も肯く。

「もちろんだよ、もちろんだとも……だから安心してお休み」

 オスカーは窓の外を眺めるふりして鼻をすすっている。

「ボクちゃん……ばいばい……愛してるわ……」

「ママ……行かないで!」

 ひと際大きな激痛の波がきたのを見て、医師は睡眠の魔法をかけた。


 ――突然城が無くなり、楓恋とロッテは墓地にいた。

 どんより曇り空で遠くの雷鳴がゴロゴロ響いている。

 墓碑のそばの土をスコップを持った幼いジュリアンが掘り返している。

「こんなことしてごめんなさい。でも、僕、どうしてもママに会いたいよ……もう一目だけでも……」

 幼い手をマメだらけにしてようやく棺が現れた。


 すっかり周りを掘って土をきれいに払い、期待に満ちた表情で棺を開ける。

「う、嘘だ! こんなの……ママじゃない!」

 棺の底から腐食が進んでいて、遺体はまさに虫に食われているところだった。その見た目はびっしりとウジ虫にたかられた骸骨でしかなく、美しくて可愛らしかった母の面影などどこにもなかった。

 ジュリアンは尻もちをついた。そのまま穴からよじ登って逃げ出すと、何度も嘔吐した。

 ロッテはたまらずにジュリアンの背中をさすった。

「兄さん……かわいそうに……」

 すると、幼いジュリアンは嬉しそうに顔を上げた。

「ママ! 本当に帰ってきてくれたんだね!」


 ジュリアンに抱きつかれて困り顔のロッテだったが、楓恋が肯くのを見て言う。

「私の可愛いボクちゃん、ママ帰ってきたよ。お墓を掘り返すなんて悪いことするから、ママ意地悪しちゃった。もうあんなことしちゃだめよ」

 ロッテはジュリアンのおでこを指でつつく。ジュリアンはエヘヘと笑った。

「ごめんなさい。でも、ほんとに怖かったよ」

 途端にどんより雲が晴れ、美しい青空が広がった。


 楓恋が恐る恐る棺をのぞき込むと、ミアの遺体は生きているときのように美しい姿を取り戻していた。

「なるほど、これがジュリアンのトラウマだったわけね」

「そういえば、オスカーが『また蟲地獄をするかい』って言ったら苦しんでました」

「この事件を兄なら知ってたはずだから、虫に関する拷問でもして言うことを聞かせてたってことか。つくづく酷い兄上様だこと」


 墓地の隅に転移魔法陣が出現した。二人は陣に入ってジュリアンを振り返る。

 少し成長して少年の姿になったジュリアンは叫んだ。

「ありがとう、お姉さん達! 僕、ロッテやマデリン姉さんがいるから、もう寂しくないよ!」

 楓恋が口を尖らせる。

「私は? 楓恋さんもいるでしょ? ジュリアン少年」

「えっと、お姉さん誰だっけ?」

 ムキーっと拳を振り上げる楓恋。

「まだこの年齢では出会ってないからですよ」

「あ、そっか。じゃあしょうがない」

 ジュリアン少年に手を振り、二人は転移するのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ