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4-7 女神の試練

 陽平はガイアに連れられて南極大陸の雪原に出ていた。よく晴れているがとても寒い。当たり前のことのようにダイヤモンドダストが舞う幻想的な世界だった。

 南極観測隊か何かに遭遇しないかと心配する陽平だったが、南極大陸はオーストラリア大陸より大きいと聞いて安心した。そもそも神の目が見ているから発見されるようなヘマはしないそうだ。

「日本が夏だったからこっちは冬か。めちゃくちゃ寒いな。防寒着とかあったら貸してくれないか?」

 半袖白Tシャツにカーキ色のパンツという夏の格好をした陽平は、吐く息も白く、ガクガクブルブルで死にそうになっている。

 一方、JK制服のガイアは平気な顔をしている。セーターやタイツで多少は厚着だが、南極の冬の前では誤差みたいなものだ。

「今でマイナス二十度ぐらい。でも、この大雪原のマナを味方につければ寒くなくなるの。なんて説明すればいいかな~?」

「味方にってことは、火属性をまとってとかじゃなくて俺自身が氷属性になるってことか?」

 さらに寒くなりそうでゾッとしないが、陽平は試してみた。青くきらめくオーラが陽平の体を包み、体の芯から氷属性になった。

「そう、それ。体温を守るんじゃなくて氷雪の魔人になる感じ。あんなざっくりした説明で分かるなんて、キミやっぱり凄いね」

 正解だったようで陽平の体は震えなくなって、吐く息の白さも消えた。


「さて、陽平クンは既にものすごく強いけど、あと二つ大きな伸びしろがあると思うの」

「二つか。なんだろう」

 首を捻る陽平にガイアはビシッと指差す。

「一つはセックス! もう一つは殺人の経験だ!」

「セックスと殺人? ロック音楽かなんかみたいなテーマだな」

「おういぇーしぇけなべいべ~」

 舌をベーっと出し、手をキツネさんみたいにしてロックのポーズをするガイア。

 陽平がいじってくれないのを悟るとコホンと咳払いして続ける。

「というわけで、先にキツイほうからやろ~。単刀直入に言うけど、あたしを殺しまくってもらうね」

「ガイアたんを殺す?」

「あ、ガイアたんって呼んでくれた。地味にうれし~」

 ポッと顔を赤らめるガイア。

「お、おう」

 つられて陽平も照れる。風呂を借りたあと少し眠ってリフレッシュしたせいか、機嫌が戻っていたのだ。


「本題に戻るとね、陽平クンは人を殺したことがない良い子ちゃんだから、ジェイコブ達にとどめを刺すときになってためらう危険性が高いと思うの」

 陽平はギクっとした。

「たしかにそこは気になってたんだ。怒りに任せてとかいう状況だったら出来るかもしれないが、そんな状況になるのは避けたいし……」


 ガイアは珍しく少し神妙な口調で言う。

「本当はこんなことやらせたくないけどね。プロ子の世界で冒険者とか勇者をするなら亜人でも人間でも、悪い奴なら平気で殺せるぐらいじゃないと自らの命取りになる。もう散々悩んできたのは知ってるけど、ここで決着つけよう」


 陽平は気が乗らなそうにウーンと唸る。

「そうそう、よりによってこんな可愛い女の子だからこそ、効果が高いと思うよ。大事なところだから心を読ませてもらいました!」

「うわ、うざっ。また読んでるし」

 陽平に突っ込まれて嬉しそうな顔をするガイア。案外いじられたい人なのかもしれない。

「デルフィ・ヌの時だって下手したら犯されて食べられてたかもよ? 先に麻痺毒を使われなかったから助かったけど」

「おまっ、あっちの世界まで見てたのか?」

「ううん、キミの記憶を見てるだけ」

「もうさ、勝手に見るなよエッチー」

 陽平が胸をかばう仕草でクネクネすると、ガイアはキャッキャと喜んだ。

「じゃあやるか、しょうがない。で、どうすればいい?」


 ガイアはスカートの上に赤い帯を締め、刀を発生させて差した。

「あたしの首をはねてみてって言っても無理だよね。まずは戦おか。勢い余って殺すところから始めよ~」

 陽平もズボンの上に帯を巻いて帯刀する。とんでもないことに巻き込まれてしまったと、まだ不承不承ふしょうぶしょうである。

「あ~、その前にその刀に神様の加護を与えよう」

 ガイアの手からオーラが放たれると、陽平の腰の刀が眩しく光った。

「これで切れ味・耐久百年保証だ!」

 包丁の通販番組みたいなことを言いつつもガイアは構えた。

 左手で鞘を握り、右手はいつでも抜けるように添えられている。


「……あれ、どうしたんだ、俺の体」

 手足や顎がガタガタ震えて思うように身動きできない。

「ふっふっふ、今さら気付いたか。あたしは恐ろしく強いよ。レベル差は3000弱でも年季が違うからね。さあ、かかってきなさい小僧」

 相変わらずふざけた口調のガイアなのに、牛久の大仏さんでも相手にしているように巨大に感じる。

 山とか空母とか、生身の人間が戦えるようなサイズ感ではない。そんな気配である。

 ガイアが恐ろしくて一歩も踏み出せない。構えることさえできない。

 ――ふいにフローラルなコロンの心地いい風が吹いて、ガイアの囁きが艶めかしく耳を撫でる。

「ビビってたら死ぬよ。ほら、ワンデス」

 気づけばガイアは陽平の背後まで通り過ぎたあとだった。陽平の体から血が噴き出す。胴から肩にかけて斬り上げられたのだ。

 陽平は雪上にばったりと背中から倒れた。

 激痛や血の気が引く寒さ、駆け巡るアドレナリンの焦燥感や恐怖を感じながら、呼吸困難になって口をパクパクさせる。

 ゴボっと血を吐いてむせると痛みに耐えられないのか、首でブリッジをするように体が突っ張る。

 ゼーゼーと断末魔の呼吸が続いたが、やがて最後に大きく息を吐き、陽平は死亡した。


「さあ、起きて。陽平クンが死ぬ練習じゃないよ。あたしを殺さなきゃ」

 無詠唱で蘇生と全回復が行われると、陽平は目を覚ます。脂汗をかいて息を荒げ、なかなか立ち上がれない。

「さっきまであたしをいじってた元気はどこいったの? 起きないともっと死ぬよ」

 転がりまわって逃げる陽平を、ガイアはモグラ叩きのように狙う。逃げ遅れるたびに体を刺される激痛が走った。

「痛いよ! やめてよ!」

「やめません。まだ始めたばかりでしょ」

「嫌だ、もう帰りたい! 助けてくれ……限界だ……」

「泣きわめいてゲボ吐いて、おしっこ漏らして、それでも強くなりなさい。殺し合いに勝つって大変なことだよ」


 陽平は血と汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらも、地に突き立てた刀にすがって立ち上がる。

 立ち上がってはみたものの、ガイアの前に立つことは特急電車の前に飛び出すよりも怖い。

「無理だろ……こんなの絶対無理だろう……」

 生まれたての子馬みたいに震えながら、ビチビチとズボンを濡らす。

「ちくしょう、しょんべん出ちゃったぁああ。こええよ! この女超こええええ!」

 半狂乱で叫びながら、陽平はようやく斬りかかる。


 ガイアはよけることなく袈裟に斬られ、盛大に血を噴いた。

「おいっ! なんでよけないんだよ!」

 陽平は刀を投げ捨て、崩れるガイアを抱き止める。

 熱い返り血を浴びながらガイアの体を横たえる。

 ガイアは過呼吸を起こして白目を剥き、体がビクンビクン痙攣している。

 白い雪がどんどん赤く染まる。

「……ごめん……いま治すから」

 陽平がヒールしようとすると、ガイアの手が制するように動いた。陽平の脳内に直接思念で語りかけてくる。

「――あたしは絶命したら自動的に生き返るから蘇生しないで見てて。陽平クンが与えた死をよく噛みしめるんだ」

「もうやだよ……こんなの……なんなんだよ……」

 自分がやられた時の痛さ、苦しさ、恐怖が否が応でも甦る。それを他人に与えた罪悪感。

 脈打って噴き出す血潮の合間に、斬られた乳房の黄色い脂肪や赤い筋肉が見える。えぐれた切り傷に溜まる血液がところどころ泡になっているのが見えて、陽平はたまらず嘔吐した。

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