1-5 酒場の神様
酒盛りも日付が変わる頃になると飲み比べ勝負になっていた。
酒の種類はこちらの世界も似たようなもので、発泡性の麦酒はそのままビールと翻訳されていた。
元の世界よりむしろ美味しいビールを気に入ってぐいぐい飲んでいた陽平だったが、いちいちジュリアンが張り合ってきて、周りに人だかりができた。
「もうおしまいですか~? 全然進んでませんよ~おっさん~」
ジュリアンはグデングデンに酔って何か出てきそうなのを必死にこらえながらも悪態をつく。
一方の陽平は平気な顔でビールのおかわりを頼み、何かの肉の串焼きを美味そうに頬張る。
「陽平さん、ぼっちゃまに代わって私と勝負です。勝ち逃げは許しません」
ちっこいシャーロッテが隠れてしまうぐらいの串焼きの山が用意された。陽平の前にも同じものが出てくる。
「私は未成年なのでこちらで勝負です」
言うや否や猛烈な勢いで食べ始めるシャーロッテ。つられて陽平も早食いになる。
「よし、あとは任せましたよ、ロッテ!」
ジュリアンは小さな援軍に声援を送ると、両手で口を塞ぎながらトイレに駆けていった。
「あんまり無理しちゃだめよ? ロッテは規格外なんだから」
心配するマデリンをよそに陽平も食べ続ける。不思議なことにいくら飲み食いしても悪酔いしたりお腹がきつくなったりしないのだ。
シャーロッテがどう規格外なのかは知らないが、陽平もまた一般的なカンストの十倍という規格外なのである。
串焼きだけでは足りず、他の料理もどんどん平らげる二人だったが、ギブアップしたのは店主だった。
「お客さん、もう今週いっぱいの分まで食材使い切っちゃったよ、勘弁してくれ!」
さすがに丸々とお腹が膨らんだ陽平に対してシャーロッテのお腹はちっとも膨らんでいなかった。不思議そうに見ている陽平の耳元でマデリンがささやく。
「この子、ホムンクルス(人造人間)なのよ。普通の人間じゃかないっこないんだけど、あなたも大したものね」
真っ青にやつれた顔で戻ってきたジュリアンだったが、シャーロッテが引き分けたと聞いて嬉しそうに頭を撫でた。
勝手に賭けをしていた連中が引き分けにしらけたのか文句を言いだした。
「なんだよ、酒も食い物も残ってねーってどういうことだよ! 腹減ったなーおい!」
巨体の男が陽平の襟首をつかんでいちゃもんをつける。
「ああ、申し訳ない。ちょっと調子に乗りすぎた」
ペコリと頭を下げる陽平だったが、巨体の男は収まらない。
「よそで飲みなおしてーけど、てめーが引き分けたおかげでオケラになっちまったんだよなー! どーしてくれんのかなー!」
耳元で大声を出されて陽平はカチンときた。
「じゃあ食ったもの返してやろうか? オエーって」
大皿を持ってかまえるとシャーロッテも大皿を手に取った。
「汚らしい真似はおよしなさい!」
マデリンに叱られて思いとどまる二人だったが、巨体の男はすでに激昂していた。
「なめやがって!」
大岩のようなゲンコツで陽平に殴りかかった。すると、目にも止まらぬ速さでシャーロッテが間に入った。
「おまえ、なんてことを!」
ちっこい女の子の顔面をフルスイングで殴った男に陽平はキレた。しかし、主人であるジュリアンとマデリンは一顧だにしない。
「……つううううあああああああ!!」
巨漢は虫のようにひっくり返ってのたうち回った。拳はブニョブニョに砕けてどす黒くなり、手首がぶらんぶらんになっていた。
ジュリアンが小声でつぶやく。
「パーティー防御スキル。ご愁傷様ですね。こう見えてグランドピアノ三つ分ぐらいの質量があるんです。この小柄な体で」
この世界のグランドピアノが陽平が知るものと同じようなものだったとすれば、シャーロッテの体重は一トン前後といったところか。巨漢はそうとは知らずに丈夫な壁を全力で殴ったようなものである。
「かわいそう。陽平さん、治せますか?」
全く無傷のシャーロッテは巨漢を憐れむように見ていた。
陽平はうなずいて巨漢に近寄る。苦痛で暴れる男に向けてつぶやいた。
「動きを止めろ」
巨漢は呼吸を除いて身動き一つしなくなった。
「全回復」
巨漢の体を温かな光が包み、恍惚とした表情を浮かべる。見る見るうちに拳が元通りになっていた。
「いまのは回復魔法なの? たったあれだけの詠唱で?」
マデリンが目を丸くして訊ねた。
「ああ、詠唱とかめんどくさいから飲みながらちょっと改造してたんだ。要するにイメージできればいいんだから、命令形の言葉ぐらいでも十分なんだよ」
周りには魔法を使いそうな冒険者もたくさんいて聞いていたが、誰一人としてよく分かっていないようだった。
「とにかく、便利そうね。よかったら後で詳しく教えてちょうだい」
背後で巨漢が何やらはしゃぎだした。
「おい! 首の古傷もこの前傷めた左膝もすっかり良くなってるぜ!」
巨漢は自分の尻をさすってさらに驚いた。
「痔が……しつこかった痔が治ってる! あんた神だ!」