4-4 奪還作戦③
「楓恋さんの嘘つき……遊んでくれるって言ったじゃありませんの」
「あら、ごめんなさい。じゃあボールをちょうだい。エントランスまで競争だー」
慌ててフォローを試みる楓恋だったが、ヴァネッサの頬に涙が伝い、ぶるぶると体が震え始めた。
「ちょっとヴァネッサ、楓恋が遊んでくれるって言ってるわよ、落ち着いて」
ヴァネッサの目が赤く光って牙を剥く。ワオーンと雄たけびを上げたかと思うと、体中の筋肉がみるみる膨張した。
「実際にこうなるところを見たことはなかったけど、この子兄上に改造されたキメラなのよ」
可愛かったヴァネッサの顔は狼のそれに変わっている。四肢はドラゴンのような鱗と鋭利な爪をもったものになり、モフモフだった尻尾はサソリの毒針になった。背中にコウモリのような翼が生えている。
なんとかなだめようとするマデリンだったが、低く構えて今にも襲い掛かってきそうだ。
「ステータス透視」
キメラ・ヴァネッサ♀ 23歳
レベル 4039
種族 人狼
ジョブ 番犬
職業 番犬
スキル 噛む・引っ掻く・毒針・ブレス・飛翔
特技 ボール遊び
「結構なレベルね。なんとか機嫌を直してもらえないかしら」
楓恋がマデリンをかばうように立ったところに尻尾の毒針が振り下ろされた。
間一髪杖を出して受け止める楓恋。殺意の強い毒針攻撃で、もはや説得は効かないと悟る。
「こんなことならハンズオブ武蔵を習っておくんだった。でも名前がな~」
ギリギリと毒針を食い止めながら、楓恋は簡易詠唱する。
「ファイア」
初歩の攻撃魔法だが、5613レベルの楓恋が唱えると巨大な火柱が上がった。城の天井も屋根も吹っ飛び、まるで火山の大噴火のようだった。
「……なんて威力なの。楓恋、強くなったわね」
ドン引きするマデリンの手を引き、出口を目指す。
「熱いですの……痛いですの……楓恋さんひどいですの……」
怨嗟の声を上げながらヴァネッサが追いかけてくる。犬パンチの応酬を杖と魔法でけん制しながら階段を下りる。
「ごめんね、私の力では何も役に立てなくて」
100レベルを少し超えた程度のマデリンが参加できるような戦いではなかった。
「いいのよ、大事な体なんだからとにかく転ばないようにして」
土の魔法でぬかるみを作って足止めしたり、破壊光線に風の魔法、雷に氷結、あらゆる魔法を駆使して後ずさりを続ける。
騒ぎに気付いて使用人達が出てきたが、激しい戦いを遠巻きに見て悲鳴を上げるばかりだった。
「もう一歩よ。岩の壁!」
エントランスを塞ぐ巨大な岩の壁が発生する。これでヴァネッサも追ってこられないはずだ。
「ふう……助かった」
楓恋が額の汗を拭って振り返ると、マデリンが引きつった顔で後ずさりしていた。
「兄上……」
エントランスのすぐ外にオスカーとジェイコブがいた。
「そんなことをしたら城に入れないじゃないか。君はジュリアンの恋人だった子かい?」
オスカーはやれやれと両手を広げる。
「城門を抜ければ転移できたのに、残念だったな」
ジェイコブはからかうように笑った。
背後からはヴァネッサが壁に突進する音が響く。
「楓恋と言ったか。だいぶ暴れたようだが……ほう、5613レベルか。まあまあだな」
ジェイコブの指輪が光っている。無詠唱を可能にする装置のようだ。
「俺のレベルは8000を超えてしまったぞ」
楓恋の体から血の気が引いていく。ヴァネッサ単体なら戦って勝つこともできただろうが、8000レベル超えのジェイコブと挟み撃ちにされた上、妊婦を守りながら戦わなくてはならない。
「……無理だわ……こんなの絶対無理」
楓恋は力なく座り込んでしまう。
「そういえば、この女は魔王城で自殺を図ったとか言ってたな。生意気そうに見えて精神が脆いのか」
楓恋は焦点の合わない目をして後ずさり、自ら作った壁に阻まれる。
ヴァネッサは相変わらず突進していて、今にも壁が崩れそうだ。
「さて、何か面白い方法で自殺して見せるか? 俺が気に入る死にざまを見せれば蘇生しないで逝かせてやるぞ。だが、つまらない死に方をしたら何度でもやり直しだ」
ジェイコブの残虐な提案を聞くと、楓恋は過呼吸を起こして悶え苦しんだ。
「おやおや、あんまりイジメるから発作を起こしてるじゃないか」
オスカーがヒールをかけて過呼吸を抑えるが、恐怖や絶望が癒えるわけではなかった。
「呼吸困難で死んで見せようとしたんじゃないか? 邪魔をすると余計に苦しめるぞ、兄上」
癒えたばかりの楓恋がまた過呼吸を起こし、喉をかきむしりながら失禁してしまった。
「ほお、これはなかなかそそられる。殺すには惜しいほどの女だが、それを敢えて殺す贅沢というのも一興だな。中はどうなっている?」
ジェイコブは愉快そうに楓恋のスカートをつまみ上げる。
「兄上、もうやめて! 楓恋が壊れてしまうわ!」
「壊しているんだが?」
「兄上には上に立つ者の、紳士としてのプライドは無いの?」
ジェイコブの肩を押して二人の間に割って入るマデリン。
「妊婦だから自分は大丈夫だとたかをくくっていないか? 俺が無事に強くなった以上、ジュリアンもおまえも既に用済みだと知れ」
手の甲でビンタされたマデリンは壁にぶつかって崩れ落ちた。
「ああ、その子がいらないなら僕がもらうよ。材料の子どもが足りなくなってきたんだ」
オスカーはマデリンの腹にヒールをかけていたわるが、欲しいのは中の子のようだ。
ひと際大きな突進がきて、ヴァネッサはとうとう壁を破壊してしまった。落ちてきた破片で楓恋の左脛が折れた。
つんざくような悲鳴を上げて楓恋は気を失った。




