3-12 エッセンス
ジュリアンが目を覚ますと、鉄格子に囲まれた場所にいた。牢屋というより巨獣の檻のような広さである。岩盤を掘って作った洞穴のようなところで、オスカーの研究室と似ている。
意識がはっきりしてくると、吐き気を催してくる。
「ここはいったい……姉上……どこですか?」
自分がどうしてこんな檻のようなところに入れられているのか、いつどうやってきたのか全く覚えていない。
しばらくすると階段を下りてくるような靴音がして、オスカーが現れた。
オスカーの顔を見た途端、ジュリアンの顔が引きつり、体のあちこちが痙攣した。
「兄上、ここはいったいどこなのです? 私はなぜ檻になど……出してはもらえませんか?」
いつも通りオスカーに話しかけるジュリアンだったが、オスカーが近づくにつれ、冷や汗が止まらなくなる。
「ふむ、蟲地獄の苦痛で少々記憶が飛んでいるようだね」
蟲地獄というキーワードを聞いたせいか、ジュリアンは突如絶叫してのたうち回る。
「フラッシュバックか。これから最強の魔王になる男がそんなことでは情けないな」
「魔王……ですか?」
横たわったまま辛うじて訊き返すジュリアン。
「ああ、魔王だ。勇者以外で魔王を倒すには魔王になるしかない。幸いなことに僕は魔王を作り出す方法を見つけたんだ」
「意図的に作り出す方法があると?」
「そうだ。まずは、聖王の血を引いていること。これは何も我が王家に限ったことではなくて、レベルが500を超えるような素質を持つ人間ということだ。今のところ我が王家以外では魔王アメリアと例の賢者達ぐらいしか確認されていない。彼女等はどこか別の世界から来たらしいという情報もあるから、その辺が関わっているのかもしれないな」
ジュリアンも陽平から少し異世界の話を聞いていたが、詳しいことを聞く前に逮捕されたので詳細は知らない。
「そして、人間を千人以上殺した経験を持つこと。他にも細かいことはあるかもしれないが、僕とジェイコブはこの二点をクリアして魔王になることができたようだ」
ジュリアンは軽蔑の眼差しを向ける。
「二人とも、千人以上の人を殺めたというのですか?」
「僕の場合は結果でしかないな。実験をしているうちにそうなってしまった。ジェイコブはあの性格だからね、気に入らない者を殺しまくっているうちに達成してしまったのだろう」
「それでは、私にも人を千人殺めろと言うのですか?」
オスカーは眼鏡を直しながら言う。
「その必要はないさ。優しいジュリアンにこれ以上トラウマを植え付けるのはかわいそうだからね。君にはエッセンスを注入してあげよう」
オスカーは檻の外の操作盤のタッチパネルをいじった。緑色の霧のようなものが立ち込めてくる。
ジュリアンは口元を押えた。
「先ほどから吐き気がするのですが、ひどくなったようです。この霧はマナですか?」
オスカーは肯いて、食事などを出し入れする小窓からトレーを差し入れた。水の入ったコップと丸薬が乗っている。
「酔い止めだ。飲めばいくらか楽になるよ」
素直に応じるジュリアンだったが、薬がすぐ効くわけもなく、たまらず横たわってしまった。
「ここは自然の霊脈口に国民から徴収したマナや経験値を加えたもののいわば源泉だ。そこに、とっておきのエッセンスを加える」
ジュリアンは吐き気をこらえるのがやっとで、朦朧とする意識の中で聞いた。
「ジェイコブの特別房で産ませた僕やジェイコブの赤子達、そして家族の巻き添えで捕らえられた子ども達の命のジュースをね」
兄達二人はハーレムで産ませた子を世継ぎにするつもりなどさらさら無く、聖王の血を引いた赤子のマナだけを必要としていたのである。そこに魔王になるために必要な千人を満たすため、罪人から取り上げた子ども達の命まで加えた。こことは別の霊脈口に次々放り込んで、若さ溢れる生命力を丸ごとマナとして凝縮していたのである。
「聖王の血を持つ者でこのエッセンスを試すのは君が初めてだからね。どれだけ強くなるか楽しみだよ」
オスカーがまたタッチパネルを触ると、血のように赤い霧が追加された。
「僕も吐き気がしてきたから行くよ。次に会う時、君はどんな姿になっているだろうね」
後ろに手を組み、ニヤニヤしながら階段を上っていくオスカーだった。




