3-11 迷子
「痛いのです! 何するのです!」
後ろ頭を押さえ、恨みがましい目で楓恋を見る亜人。随分と若そうで、十二、三歳のあどけない女の子だった。青い長髪で、微妙に膨らんだ胸には青白ボーダーのビキニを着けている。下半身は銀鱗に包まれた魚の形をしている。
「あら、こんな幼い子だったなんて、ごめんね痛かった?」
楓恋は慌ててヒールをかける。戦闘職がくるまでにとりあえず一発入れて泥棒をやめさせようと蹴ったのだが、相手がこうもロリっ子だったとは。
女の子は口の周りを盛大に汚しながら、バーベキューの残りを盗み食いしていたようだ。
手づかみしている肉を楓恋が見ているのに気づくと、
「コレ、ウマイゾ、クウカ」
と、なぜか片言で言った。
「えーと、それは元々私達の……」
さすがの楓恋も調子が狂ってしまう。
「オデ、ニンゲン、ワカラナイ、サヨナラ」
海に向かってそそくさと逃げ出す女の子。蛮族か何かを装って逃げようという魂胆らしい。
「待って、お腹空いてるんでしょ? どうせ残り物だから食べていきなさい」
女の子は振り返って目を輝かせた。
「いいのですか!? 乱暴なおばさん、じつは優しいのです!」
楓恋はゲンコツで鉄拳制裁を下す。
「優しくて綺麗なお姉さん、ありがとうございます。はい、言ってみよう」
涙目で震えている女の子。
「言ってみよう」
ゲンコツにハーっと息を吹きかけ振りかぶる。
「や、優しくて綺麗なお姉さん、ありがとうございますなのです!」
「ありがとうございますに『なのです』いらない、もう一回」
「優しくて綺麗なお姉さん、ありがとうございます!」
「はい、よくできました」
楓恋はにっこり微笑んで女の子の頭を撫でた。
「さあ、好きなだけ食べて。いま、麦茶をあげるわね」
言われるや否や手づかみでがっつく女の子。よほどお腹が空いていたらしい。楓恋は割り箸を差し出そうとしたが、苦笑いして引っ込めた。
「あなた、お名前は?」
「サラシャなのです」
そうこうしているうちに陽平達が来た。
「やっぱり人魚か。本当にいたんだな」
三人ぞろぞろと近寄ってきて、サラシャは逃げ腰になった。
「大丈夫、優しいお姉ちゃんと、優しいおじさん達だから」
サラシャは肯くとまた猛烈な食事を続行した。
「ああ、腹減ってたのか。おまえ、楓恋さん達を海底に引きずり込んで食おうとしてたのか?」
陽平の問いにサラシャは首を振る。
「サラシャは人間食べないのです。お姉さん達、真っ白で光ってたので霊魂と間違えたのです」
美白の肌にまとったオーラでも見えたのだろう。
サラシャは亡霊と間違って引きずり込んだ生者は浜に打ち上げて帰したので、殺したことは無いという。
「そうか、溺れる人が多発とは聞いたが死者が多発とは言ってなかったな。お化けを見たってのも、海中に引っ張られた人ならそう見えるか」
「……おぉお、お姉ちゃん、そこはだめなのですっ!」
急に鳥肌を立ててくすぐったがるサラシャ。
ロッテが魚の部分を不思議そうにツンツンしていたのである。
「あ、失礼しました。ざらざらしてるのに敏感なんですね。こんな亜人さん見たことないです」
「ひょっとして、ステータス見えるかな?」
陽平がステータス透視をすると、ウィンドウが出てきた。
サラシャ♀ 13歳
レベル 238
種族 セイレーン
見えた情報はこれだけだった。
「ああ、人魚っていうかセイレーンなんだな。歌声で船員を惑わして、海に引きずり込んで食うんだっけ? そのセイレーンがなんで盗み食いなんか」
サラシャはピタっと手を止める。
「コレ、ウマイゾ、クウカ」
また謎の片言が出る。
「ごまかさなくても大丈夫、責めてるわけじゃないの。それはサラシャにあげたんだから全部食べていいのよ」
食事が終わるのを待って楓恋が言う。
「海で手と顔を洗ってらっしゃい、ベトベトになってるわよ」
サラシャは元気に肯くと、下半身を人間に擬態して走っていった。上とセットの青白ボーダービキニを履いて、ミニスカートみたいなパレオを巻いた格好をしている。
サラシャは戻ってくると事情を話した。
「……頭の中の何かがおかしくなって、帰れなくなったのです」
迷子になって打ち上げられるクジラのように、磁気センサーが狂って方角が分からなくなり、住処に帰れなくなったようである。潜水艦のソナーでも当てられたのかもしれない。
住処にいるとお腹が空かないのに、帰れなくなってからはやたらとお腹が空いて、亡霊のマナを吸収することで生き延びてきたそうだ。
「サラシャの家は霊脈口にあるってことか」
「サラシャのパパは海の王様ポセイドンだから、特別な神殿に住んでいるのです」
えっへんと胸を張るサラシャ。
日が傾いて空がオレンジ色を帯びている。若干涼しい風が吹いてきた。
「やれやれ、亡霊騒ぎだと思ったけど、当てが外れたか」
「まあ、いいじゃないか。楽しかったし、海王のお嬢さんと知り合いになれた」
鬼原はサラシャを細い目で見る。自分の娘にもさぞ甘い父親なのだろう。
「サラシャ、こっちおいで」
陽平はサラシャの頭を両手で包む。
「全回復。ステータス異常回復」
ヒールとデバフ解除を試してみると、反応があった。
「わぁ! 治った! おうちの方向が分かるのです! ちょっと若いほうのおじさんありがとうなのです!」
サラシャは何度も振り返って手を振りながら、海に帰っていった。
その夜、四人全員同じ夢を見た。三又の矛を持ったイケメン紳士がお礼を言う夢だった。娘が遥か極東の海まで流されているとは思いもしなかったと。
翌朝起きてみると、三人の所持金がそれぞれ三億円ずつ増え、大幅にレベルが上がっていた。鬼原にも追って同じような規模の恩恵が与えられることだろう。




