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3-8 つらい仕事

 ある蒸し暑い日の早朝四時、陽平の部屋で目覚ましが鳴り続けている。

 陽平は目覚ましに手を伸ばそうとするが手が動かない。

「あ、きたっ」

 手だけじゃなくて目も開かない。それどころか体も全く動かない。

 金縛りというやつだ。

 目覚ましは勝手に止まったようだが、耳鳴りがする。

 そういえば鬼原が言っていた。近所に亡霊が現れると妙な耳鳴りがすると。

 陽平は急に不安になって目をこじ開けようとする。

 開かない。

 なんだか胸が重苦しい。というか、物理的に重い。

 耳元に温かな吐息のようなものを感じる。

 よく聞き取れないが何か喋っているようだ。


 嫌な予感が急速に膨らんでくる中、なんとか目が開けられそうになってきた。

 開けたいけど開ければ何か見えてしまいそうで怖い。だが、確認しないのもやっぱり怖い。

 えいやっ! と、思い切って目を開けると、胸の上には白髪を振り乱した老婆の姿が!

「う、うわーーー!」

 暴れたくても相変わらず体が動かない。とにかく胸が重くて老婆を振り払うことも攻撃することもできない。


「……さん……陽平さん……本当に遅刻しちゃいますよ」

 胸の上には白髪の老婆ではなく、銀髪のロッテがアヒル座りしていた。いつも何かしら結んでいる髪を全部下ろしてわざわざ顔を隠しているようだ。

「あ、これまずいなぁ、嫌だな、嫌だなぁと思ったらね……」

 陽平の耳元で楓恋が朗読していたのは夏のホラーなんとかという本だった。

「あんたら何やってんだ! あー死ぬかと思った」

 汗だくで心臓バックバクの陽平。時計を見ると四時ニ十分を過ぎていた。


「起きるのつらそうですね、やっぱり体きついですか?」

 イタズラ楓恋さんから親切なメイドさんに戻っていた。

「さすがにちょっとね。でも、二人のほうがもっと早起きしてくれてるんだから……ほんと、ありがとね」

 大あくびして仕度を開始する陽平。このところ早出残業が続いている上に、陽平の部屋にはエアコンが無いのだ。エアコンがついている一階の部屋は楓恋が使っていて、暑くなってからはロッテも一緒に寝ている。

「陽平さんも私の部屋で寝ますか? 窮屈だけどエアコン無しの熱帯夜よりはマシですよ?」

「しゅーがくりょこー? みたいで楽しそうですね」

 ロッテまで賛成してきたが、それはそれでだいぶ寝不足になりそうなので遠慮する陽平だった。




 その日の夕方、陽平が会社の車から降りると鬼原が待っていた。

「ちょっと一杯付き合わないか?」

 楓恋に、鬼原と飲むから夕食はいらないと連絡して、駅前の繁華街を歩く。

 鬼原と焼き鳥屋の入店待ちをしていたところで妙な耳鳴りがした。もちろん今度は楓恋のいたずらの類ではない。

「陽平君も聞こえるかい?」

 陽平は肯きながら、索敵系の魔法を探す。

「あった、サーチエネミー」

 鬼原とは異能の力を持つ者同士、気心も知れてきたので、魔法などをいちいち隠さないようになっていた。

「あ、すぐ近くです。っていうか……」

 入店待ちの列の四組ほど後ろにいた。身なりのいいおばさんの亡霊だった。


「お、ありゃ金持ちっぽいな。陽平君が退治してくるといいよ」

 順番を飛ばされないように鬼原は留まり、陽平が対応する。

「おばちゃん、ちょっとこっち」

 陽平が手招きすると素直に応じた。店と店の間の隙間に誘い込んで言う。

「おばちゃん自分が亡くなってるの分かるか?」

 きょとんと首をかしげるだけで何も答えない。

「まあ、無理か。じゃあ、浄化するから天国に行けよ」

 浄化の魔法を使うとおばちゃんは気持ち良さそうな顔をして天に昇っていった。


 システムボイスによれば、多少の経験値と、

「え、マジか?」

 三十七万円余りを獲得したとあった。

 鬼原のところに戻ると、ニヤニヤして待っていた。

「いくら持ってた?」

「三十七万ちょっとって」

「よし、じゃあ今日は陽平君のおごりな」

 鬼原にはちょくちょく高い店でおごってもらっていたのでちょうどよかった。

「亡霊もお金持ってるんですね。鬼原さんの場合はどうやって獲得するんですか?」

「俺の場合はね、金持ちそうなのを倒すと妙に金回りが良くなるんだよ。棚ボタだったり、何かしら辻褄合わせて入ってくるんだ。そのおかげもあって会社を興す資金も貯められたし、資金繰りがやばい時とかは亡霊狩りしてしのいだこともあるよ」

「でも、亡者から巻き上げるみたいでちょっと気まずいですね」

 鬼原は手をヒラヒラさせる。

「どうせあいつら持ってたって使えるわけじゃないんだから、浄財としてもらっとけばいいよ。直接成仏させてやるんだから、そこらの坊さんなんかよりよっぽど良心的ってわけさ」




 焼き鳥とビールでほろ酔いになったところで鬼原が言う。

「楓恋ちゃんが心配してたよ。陽平君の仕事がきつすぎるんじゃないかってね」

 陽平の仕事はたしかにきつい。早出残業に真夏の猛暑、身体強化を使っても仕事の段取りなどは相変わらず不器用で、叱られることも多かった。その割りに給料はまあまあといったところである。

 一方、楓恋とロッテは大人気のメイドさんなので給料も高くなり、ファンからのチップや貢ぎ物などもあってどんどん裕福になっていた。一緒に暮らしていればどうしても比べてしまって、陽平はやり切れない気持ちになる。

「何か仕事を紹介できないかって頼まれたんだけど、陽平君も言っちゃ悪いけど普通のおじさんだからね。そうそう割のいい仕事ってわけにもいかないんだ。そこでだ、俺のおすすめとしては、さっきみたいな亡霊狩りを生業なりわいにしたらと思うんだけど、どうだろう?」

 近接戦闘系ジョブを取得するために肉体労働を選んだが、もっと直接、近接戦闘を仕事にしてしまうのも悪くないかもしれない。

「名案だとは思うんですけど、魔法以外で戦ったことないし、魔法で戦ったら今回の修行の趣旨とずれるし」

「それなら、武道やってみるかい? 近接ということなら剣道か居合いがいいかな。うちの道場でどっちもできるから体験にくるといいよ」

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