2-15 神様
聖獣が守っていた門を抜けるとギリシャの神殿に似たような建物があった。ギリシャと違うのは、こちらは現役の建物で傷一つなく、ピッカピカの純白だということだ。
はるか奥のほうまでロイヤルブルーの絨毯が敷かれていて、無人の玉座があった。
待ちくたびれたアメリア達に陽平と楓恋が合流すると、二匹の白猫に戻った聖獣達が先導してくれて、神殿の裏手に出た。
「ママー! 賢者連れてきたよー!」
アメリアが手を振りながら呼びかけた先には、麦わら帽子をかぶって首に手ぬぐいをさげた初老の女性がいた。少しふくよかで、優しさがあふれ出るような顔をしている。野良着を着て農作業をしていたようだ。
「あらあらアメリアちゃん、おかえりなさい。スイカ食べる?」
滾々(こんこん)と清水が湧き出す泉にスイカやトマトなどが冷やされていた。
「はい、お兄ちゃん持ってきてね」
有無を言わさずスイカを手渡された陽平。神殿の裏手にあるゆったりとした平屋の一軒家に向かった。
陽平達はダイニングテーブルに着き、『ママ』とアメリアはキッチンに立つ。
ママが大きな包丁でスイカを切ると、すかさずアメリアがお皿を出してきて受け取る。まるで実家に帰ってきた娘のようだった。
「紹介するね、この世界の神様、女神プロネウス様だ。本当のお母さんじゃないけど、あたしのママみたいな人なんだ。みんなもママって呼ぶといいよ」
過酷な戦地から転生してきたアメリアは身も心もあまりにもボロボロで、この神域からの特別スタートだったそうだ。長い年月をかけて回復するうちに親子のような関係が育まれたらしい。
「冷たいうちに召し上がれ」
勧められるままに食べ始める一同。種が少なくてびっくりするほど甘いスイカだった。
「それにしても、魔王のママが神様ってのは不思議な感じだな」
「そうよねぇ。魔王だなんて不吉なジョブはやめておきなさいって言ったんだけど、アメリアちゃんが気に入っちゃって聞かないのよ。魔人は魔法に長けた、いわばハイヒューマンみたいな種族だけど、魔王というのは悪魔の王のことなんだから」
アメリアはスイカの種をピュピュッと自分の皿に器用に飛ばしながら言う。
「ママの存在から目を逸らすためなんだし、ちょうどいいよ。あたしがレサジアの恐ろしいボスだと思っててもらったほうが都合がいいんだ」
「神様の存在を隠しておきたいってことなのか?」
陽平の問いにママが答える。
「そうね、かつてはこの神域も地上にあって、誰でも遊びにこられる場所だったの。でも、次第に神頼みをする人が押し寄せるようになって、手に余るようになってしまったのよ」
大金をよこせだの、相手の気持ちもあるのに一方的に恋を成就させろだの、しまいには憎い相手を殺してくれだのと頼まれて大変だったらしい。
「子ども達がどんな欲望を持つことも悪いとは思わないわ。でも、子ども達には自主的に自由に生きてもらいたいの。だから、私はあんまり子ども達に関わるべきじゃないと思って、空に引きこもっているのよ」
元々は惑星プロネウス全土が未開地レサジアだった。マナの霊脈口がある『いい感じの土地』に開拓者を導いてやると、町ができ、国になっていった。最初の場所選びだけしてやって、あとは人に任せるのがママの流儀なのだ。
「それにしては、我が君のお城だけ特別な霊脈口をいただいてるようですが……」
「昔はあの城も神域と同じで誰でもこられる場所だったんだ。濃ゆいマナを浴びたりシェルムを物に変えたりね。でもまあ、例によって乗っ取りとか独占を企む人達が出てきて、一般開放をやめたわけさ」
「あの場所を野心家達から防衛するのがアメリアちゃんのお仕事だから。まあ、魔王役なんていう大変な役割の役得ってところかしらね」
皿を下げに立ったママはアメリアの頭をヨシヨシと撫でていった。
ロッテが小声でアメリアに訊ねる。
「ママはメティノス神ではないのですか? 私は小さいころからメティノス神を信仰してきました。人々の労働がメティノス神によってマナに変換され、世界は回っているという……」
「その手の宗教は、為政者の都合がいいように作られた偽物だろうね」
ママが戻ってきてアメリアをたしなめる。
「信仰もまた自由よ。長い間信じてきた神様を否定してしまうのも酷な話だわ。それに、私を信仰したってなにも出てきやしないんだから、改宗する必要もないのよ」
アメリアがおどけて言う。
「友達の母ちゃんを信仰したってしょうがないしね」




