2-11 ジェイコブ
エマがすっかり満足して眠りに落ちると、ジェイコブは腕枕をそっとはずしてベッドを抜け出した。
大きなブランデーグラスをもてあそびながら階段を下り、地下牢のある部屋に入る。
「おい、居眠りしてると貴様も牢に放り込むぞ」
ジェイコブの冷酷なまなざしを感じた衛兵は飛び上がって敬礼する。
「申し訳ありません! 特別房に行かれますか?」
ブランデーを一口含んで肯いた。
衛兵が先を歩き、領内で犯罪や不手際を犯した者達の牢屋の前を通る。
廃人になるまで重労働を強いられ、態度が悪いと地獄の折檻でしつけられるので、房内の囚人達は土下座の姿勢で頭をこすりつけている。
そんな中、寝そべったままの者がいた。
「おいおまえ、殿下の御前だぞ!」
衛兵が怒鳴りつけても身動き一つしない。
「す、すみません、その人三日ぐらい動いてないので、死んでるんじゃないかと……」
向かいの房の中年女が縮こまったまま言うと、なぜか衛兵がビクっと飛び上がった。
「これは妙だな、我が城で三日も放置された死体が見つかるとは。 俺か? 俺の監督責任なのか?」
「滅相もありません!」
衛兵は腰から剣を抜くと、自らの喉を突こうとした。ジェイコブが尻を蹴飛ばしてやめさせる。
「死体を増やしてどうする? 早く片付けを手配してこい。そのあとで城を出て自殺するのは勝手だが、貴様の親兄弟が代わりに仕置きを受けると覚悟するんだな」
「ちくしょう! この暴君め!」
衛兵は発狂して斬りかかるが、ジェイコブの手刀で素早く両手首を折られてしまった。
落下したブランデーグラスが派手な音を立てて割れる。
衛兵は肘と膝で体を支えて悶絶している。
「この一杯でおまえの月収を超えるぐらいの酒だったのに。これでおまえの妻と子どもまで、一族郎党が地獄を味わうことになった。おまえのようなウスノロが家族にいたばかりに、哀れだな」
衛兵は手首の苦痛に顔を歪めながらも土下座し、ジェイコブの脚にすがりつく。
「なんでもしますから……どんな罰でも受けますから……家族だけはご勘弁を……」
ジェイコブはフンと鼻を鳴らす。
「汚い鼻水を付けるな。これで、貴様の家族の中で女は全て囚人達の慰み者になる運命だ。かわいそうに」
「そ、そんな……俺はどうすれば……」
「大人しく死体を片付けて沙汰を待てと言っている。分かったら行け!」
それでも足元で泣きじゃくっている衛兵の顔を蹴り飛ばすと、衛兵は鼻血を垂らしながら這っていった。
ジェイコブは死体の向かいの房の女に話しかける。
「よく報告してくれたな。死体臭くてかなわなかっただろう。あとで美味いものでも差し入れさせるから楽しみにしておくがいい」
女は縮こまったまま言葉を尽くして礼を言い、ジェイコブという災難が過ぎ去ってくれることだけを祈った。
角を曲がると重い扉の反省房が四室あった。一番奥の扉の前でジェイコブは立ち止まる。
魔力を込めて触れると扉が開き、奥の壁がスライドして隠し通路が現れた。
階段を下ってしばらく地下道を歩き、上った先にも重い鉄の扉があった。
そうやって何重ものセキュリティを通り抜けてついた場所は、高い塀に囲まれた敷地に建つ特別房だった。
きれいに刈り込まれた芝生に囲まれた豪華な「離れ」で、周囲にはオープンカフェのような場所やデッキチェアなどが配置されている。
「おかえりなさいませ、ジェイコブ殿下!」
華々しい衣装をまとった美女たちが我先にと駆けてくる。
ここは犯罪者や巻き添えで捕まった家族の中から選りすぐりの美女を集めたハーレムである。
何不自由なく暮らすことができるが外出は一切出来ず、太ったりして醜くなれば通常通りの過酷な収容所に送られてしまう。着飾ったり、ジムで運動したり、エステティシャンのサービスを受けたりして、ひたすら美しくあることを強要されているのだ。