2-9 世界の中心
ダンジョンに入った時と同じように大きな扉を抜けると、そこは巨大な装置のある部屋だった。近代的な研究設備のような場所で照明も明るい。
部屋の中央には大きな穴があり防護柵で囲まれている。底が全く見えない深い穴である。その穴の中空に浮き島のような場所があって、橋で渡るようになっている。
穴の底から風ではない風のようなものが吹いている。
「これはマナか? それもすごく濃密な」
アメリアが肯く。
「魔法を使えない人はそれほど感じないらしいけど、魔法使いなら長居したら酔うぐらいの濃くて強いマナが吹き上がってるんだ」
体中に充実した力がみなぎってくるようで、少し頭が膨張するような不思議な感じを受ける陽平。ロッテは何も感じないという。
頑丈で手すりもきちんとしてるので安全ではあるがちょっと怖い橋を渡る。
「落ちたらやばいな」
「まあ、転移はできるから大丈夫だよ。ダンジョンを踏破したから次からは陽平達も転移でここに来られるからね」
振り返るとロッテが橋の手前で躊躇している。片手に転移の羽を握りしめて、反対の手はしっかりと手すりをつかんでいた。
「高いところ苦手なのか?」
陽平が問うとロッテはウンウンと強く肯いた。
「そちらに行かないとだめですか? 私はここで待ってようかな」
「せっかく来たんだからおいでよ。ほら陽平、エスコートして」
陽平が戻っていくとロッテは転移の羽をしまって陽平の腕を抱きかかえる。ダンジョンを抜けて武装を解除していたので、控え目な膨らみが陽平の腕に押し当てられている。
「陽平さんなら転移の魔法も一言だから安心ですね」
そう言いながらも腰が引けたロッテを引きずるようにして渡り切った。
渡った先の島は外周をぐるりと壁で遮られていて、わざわざよじ登らない限り落下の心配はない。その壁に沿ってぐるっと一周がテーブル状になっていた。そのテーブルにはいくつも小さな魔法陣があった。
「この魔法陣はまあ、一応盗難防止装置というか」
魔法陣に置かれた水晶の塊のような物をアメリアが触ろうとするが、結界が張られていて触れなかった。
「この水晶が何だか分かるかな?」
陽平は首を振った。
「これってシェルム、お金ですよね?」
「ロッテちゃん正解」
この世界は取引画面でキャッシュレス決済するのが当たり前すぎて、物質としてのお金を見たことがなかった。陽平はこれまで気づかなかったが、取り出したい量を金額で指定して取り出すこともできるのだ。
「こっちの世界では、わざわざお金を取り出して眺める物好きなんかいないからね」
アメリアは別の魔法陣に移って水晶を手に取った。
「これはあたしが育ててた水晶なんだ。温泉玉子みたいにここのマナを浴びせて放置しておくんだ。もう完成してる」
水晶はまぶしく発光していて、いかにも何かの効果がありそうだ。
アメリアが念じると水晶はボフッと音を立てて消え、美しいワイングラスになった。細かな装飾がされていて、店で買ったら高そうだ。
「つまり、ここにそれなりの金額を置いて、欲しいものをイメージして、しばらく放置するとイメージした物が手に入るってわけさ」
「わあ、便利ですね!」
興味深そうに目を輝かせるロッテだったが、陽平は少し不服そうだった。
「タダでなんでも手に入るシステムではないのか。金額に見合ったものと交換って、つまりそういう兌換通貨みたいなことじゃん」
「そのとおり。元々このシェルムっていうお金はこうやって使うためにあったみたいなんだ。今では銀行家が人に貸したお金がうんたらかんたら……難しい話は置いといて、まあ何か手に入りづらい物を取り寄せるみたいな感じで使うといいよ」
「見合ったお金を出せば何でも手に入るんですか?」
ロッテの問いにアメリアは大きく肯いた。
「調理済みのアツアツ料理も出せたし、生き物も出せた。でも、生き物は倫理上、安全上まずそうだからやめておこうねってことにしてるんだ。あと、この世界で見たこともないような武器を作るのも禁止してる。この魔法陣で他人の水晶を持って行かないようにしてるのと、ルール違反の武器だけは監視させてもらってるから、そこだけは悪しからず」
「なるほど、なんとなく見えてきたぞ。各国が魔王討伐したがってる理由ってこれじゃないのか? 国の軍事費みたいな巨額を投じれば空想上の大量破壊兵器でもなんでも作れちゃうもんな。アメリアを魔王呼ばわりして倒し、この装置を奪うことが奴等の本当の目的ってことか」
アメリアが急に陽平に抱きつく。陽平は棒立ちになって引きつっている。
「分かってくれたか! 心の友よ! 魔王って呼び名は気に入ってるから自称もするんだけどさ、あたしをやたらと悪者扱いして倒そうとするのはそういう理由からなんだ」
ロッテが申し訳なさそうに切り出す。
「私もずっと魔王さんは怠け者の王でとんでもない悪者だと思っていました。ごめんなさい」
ところがアメリアは、
「ああ、怠け者の王っていうのは本当だよ。あたしロクに働かないで遊んで食べて寝てるだけだし」
あっけらかんと言うのだった。
「このマナが魔王城まで届いてるおかげで飢えることも年老いることもないんだ。陽平も穴のそばでマナを浴びてればすぐに若者になるよ」
これには陽平も興奮する。
「大した青春もなかった俺にもう一度青春がやってくるのか!」
「でも、私はパパみたいな陽平さんが……」
ロッテは言いかけてハッとして打ち消した。
「だってさ、若返らないほうがモテるんならしょうがないね」
モテたことのない陽平はどうしていいか分からずに頭をかいた。
「しかし、これは争奪戦も起きるはずだ。むしろ、ぐうたら怠け者のアメリアがここの主で助かったのかもな。野心のある王だったら世界は大変なことになっているはず」
アメリアはドヤ顔で胸を反らす。
「でしょー? レッツぐうたら! いつまででもうちに居ていいから、好きなだけぐうたらしてくれたまえ」
「よし、ジュリアン達のことが解決したら是非そうさせてもらおう」
「そうですね、将来ぐうたらするために、ぼっちゃま達を助け出しましょう!」