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2-3 秘密の別邸

 『別邸』はレサジアとは反対側の西の辺境にあった。ジュリアンとマデリンはオスカーに案内されて山を登り、すり鉢状にくぼんだ地形の底に向かって歩いていく。

「ここの地形面白いだろう? 普段は湖なんだ。これから君達が暮らす別邸は湖の底が入り口になっているってわけさ」

 言われてみればすり鉢に入ってからは木も草も生えておらず、辺りにあるのは湿った水草だった。

「君達は初めてだから水を抜いておいたが、次からは転移で出入りしてもらうことになるよ。お魚くん達がかわいそうだからね」

 オスカーはそこらで跳ねている魚に水の魔法をかけた。球状になった水が魚を包み、魚はその中を泳ぐ。

「初めて見る魔法だわ。それに無詠唱で」

「これから行くところには、いろいろ面白いものがあるよ」

 オスカーはいたずらっ子のように笑った。

 湖底から木を組んだやぐらのような階段を下りていくと、巨大な空洞があり、小さな街になっていた。

「地底に街が? ここはいったい……」

 ジュリアンの驚愕にオスカーは応える。

「古代……かどうかまだはっきりとは分からないが、我々が知る文明とは別の文明の遺跡らしいんだ。そこを活用して僕が滞在しやすいように街を作った。ここは我が王家の秘密の研究施設さ」


 街は広場を囲んで円形に建物が配置されていた。真ん中の広場に進むとオスカーは棒状の装置を手にした。魔法を使った拡声器である。

「みんな、ちょっと集まって」

 呼びかけに応じて人々が集まってくる。100人前後の人達が暮らしているようだ。

「知っての通り、ジュリアンとマデリンだ。今日からここで暮らすことになったのでよろしく頼む」


 挨拶を終えた一行は街はずれの岩盤にくっついて立つ屋敷に入った。

「ここが我が家の別邸だ。僕はさらにこの奥の洞穴にこもっているから、あんまりここに居ることはないんだが」

 内部の様子は城で暮らしていた頃と大差ない、豪華な屋敷だった。地底にこんな建物があることと、さまざまな物資が大量に運び込まれていることに驚愕する。

「こんな街を作るのにいったい、何年ぐらいかかったのかしら? それに、費用だって」


 オスカーはニヤニヤしながら二人を促し、屋敷の奥から洞穴に入った。入り口には『研究室』というプレートが貼られていた。

 かなり広い洞穴には大きな魔法陣があって、その脇にはいろいろな生活物資やら研究物資やらが積まれていた。

「これは物流用の転移魔法陣なんだ。これがあればマデリンのような大魔導師がいなくても重たい物資を運び放題ってわけさ」

 ちょうど城から転送された家財道具がやってきた。

「すごいですね。ストレージに入りきらなかった荷物が全部ありますよ」

「ストレージに少しずつ入れて部屋に持って行くといい」

 マデリンは魔法陣に興味津々だった。

「魔導師も無しで大質量を運べるゲートを開きっぱなしだなんて、どういう仕組みなのかしら?」

「あまり王国市民達に聞かせたくない話だが……」

 オスカーはマデリンから視線をそらす。

「この街にある古代文明の仕組みはね、市民達の労働力によって動いているんだ。ギルドで職業を登録して働くとこの街のシステムにマナが送られてくるんだよ。まるで税金のようにね」

 幼い頃庶民の子だったマデリンは複雑な顔をしたが、生まれつき王子のジュリアンは意に介さない。


 リビングに戻ってマデリンが淹れたお茶でティータイムとなった。メイドを連れてくるわけにはいかない事情があるらしい。

「それでだ、都会っ子の君達にどうしてこんな窮屈な穴ぐらに住んでもらうかというとだね」

 ようやく本題という感じでジュリアンは身を乗り出した。

「この洞穴自体が巨大なレベル上昇装置になっているからなんだ」

 レベルキャップを解除されたうえでこの洞穴で暮らせば自然と高レベルになれるのだという。この街で働いている者達も、魔王討伐のための戦力として集められた精鋭である。


「レベルキャップという仕組みも労働者のマナと同様で、こちらは経験値を徴収しているわけさ。レベル99になると以降経験値を100%徴収されるという仕組みでね、その吸い上げた経験値がこの洞穴に充満しているんだ」


「でも、レベルキャップは昔からあったんじゃないの?」

「昔は病院や学校で洗脳と呪術を施して、カンスト以上に経験値を得られないようにしていたんだ。しかし、その余剰経験値を有効利用できるようになったのがここの画期的なところだよ」

 庶民に知れたら袋叩きに遭いそうなことをさらっと言ってのけた。


「ほかに、指輪型でレベルアップの効果を持つ装置もあったんだが、父上が使ったあと、今はジェイコブが身に着けているんだ。まだ一つしか見つかっていない貴重品だからね」


 マデリンはふと思いついたように問うた。

「いつか陽平も言ってたけど、そこまでして魔王アメリアを倒さなくてはいけない理由ってなんなのかしら? いきなり殺されかけたりはしたけど、話せば分かる相手のようにも感じたわ」

 オスカーはふむと呟いて顎を撫でる。

「父上も魔王を気に入っているようだけどね、ジェイコブにとっては敵らしい。まあ、隣国に強大な戦力がある以上、こちらも対抗手段を持っておく必要があるのは確かだね」

「いや、もしかして……」

 ジュリアンは何かに気づいたようだ。

「そもそも魔王達のレベルはなぜあんなに高いのでしょうか? 向こうにもここと同じような施設があるのでは!?」

 オスカーは眼鏡をクイっと上げる。

「ご名答。それどころか、向こうにはもっと優れた古代文明の利器があると思われる。それをジェイコブは狙っているんだ」


 研究室に戻りかけたオスカーが振り返って言った。

「子作りをしないでのらりくらり時間を稼ごうと思うかもしれないが、早くしたほうがいい。一応僕は二人を見張るよう言われているからね」

 マデリンが気まずそうに顔を赤らめる。

 オスカーは重たいため息をつく。

「じつは、エマさんのお腹にいる子は父上の子じゃないんだ。父上がナマケモノになってしまって、業を煮やしたジェイコブがエマさんを監禁して無理矢理……だから、マデリンもそうなる前にせめてジュリアンの子を産んだほうがいい」


 オスカーが立ち去ると、ジュリアンは壁を殴りつける。

「そこまで堕ちたか! あのケダモノめ!」

 マデリンは歯を食いしばってこらえているが、頬に涙が伝い、体が小刻みに震えている。

「ジュリアン、私を止めて……怒りが……魔力が……抑えられない」

「姉上、しっかりしてください!」

 マデリンの体から真っ赤なオーラになって魔力が噴出する。こんな地底でアークウィザードが暴走したら落盤が起きてみんな生き埋めになってしまう。

「私を気絶させて……早く!! お願い!!」

「わ、わかりました!」

 ジュリアンは抜刀する剣の柄で鋭く当身を入れた。

 気絶してジュリアンに抱きかかえられるマデリンの体は素手では触れられぬほどに熱かった。

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