2-2 王家
フォルステール王国王城の一室、長テーブルを囲んで話し合いが行われていた。場を支配しているのは次男のジェイコブである。冷酷そうな三白眼で細身の長身、神経質そうな男だ。
「ジュリアン、マデリン、何か申し開きはあるか?」
長男のオスカーが、
「まあまあ、そんな怖い言い方しなくても」
と、なだめた。
白衣を着たこの中年男は荒事の苦手な科学者で、さっさと王位継承権の順位を弟達に譲っている。
「父上とエマさんはどちらに?」
緊張した面持ちのジュリアンが問う。国王と王妃、つまりマデリンの母の姿が見えなかったのだ。
「父上は……あとで話すよ。エマさんは懐妊されて静養中だ」
オスカーに言われてマデリンが素っ頓狂な声を上げた。
「ママが!? いまさらこの歳で兄弟が増えるっていうの?」
とはいえ、エマは四十一歳、若くしてマデリンを産んだのちに王妃になったので、まだまだ若いのである。
ジェイコブは腕を組み、苛立った表情で言う。
「世間話はそこまでだ。申し開きがないなら処分を下す」
「待ってください、兄上! そんな一方的な!」
王家の不始末は裁判ではなく家族会議で裁かれることになっていた。両親が欠席している以上、ジェイコブの鶴の一声で処遇が決まってしまうのだ。
「そう慌てることもないさ。おまえにとってそう悪い話ではない」
ジェイコブはニヤリと口角を上げる。
ジュリアンは縮こまって身構えた。
「おまえたち両名には王位継承権剥奪の上、別邸にて蟄居を申し付ける」
ジュリアンは肩を落とした。それほど野望を持っていたわけではないが、失ってしまうには大きすぎる権利である。
「この国のことは父上と俺に任せておけ。蟄居と言っても表向きで、おまえ達は何不自由なく遊んで暮らせるように手配してやるから心配いらないさ」
マデリンはホッと胸を撫でおろす。強制労働や下手をすればそれ以上も覚悟していただけに、体の力が抜けていく。
「さて、蟄居先では二人で子作りに励んでもらうぞ」
被告の二人は虚を突かれてポカーンとする。
「兄上、いったい何をおっしゃるの? ジュリアンと私は姉弟なのよ?」
ジェイコブは鼻を鳴らす。
「とぼけることはない。おまえたちが度を越えた仲良し姉弟なのは誰でも知っているさ。今さら咎める気もないよ」
オスカーがのんびりした口調で加わってくる。
「じつは面白いことが分かったんだ。我ら王家の男子には特別な血が流れていて、通常の人間では到達できないレベルに達することができると」
ジュリアンが興味を示す。
「レベルキャップを超えられると?」
「いや、それどころじゃない。上手くすれば魔王一味にも匹敵するほどになれると思う」
ジェイコブは嘲るように言った。
「レベルキャップなど、我が王家が民に課している足枷に過ぎない。民が我らに向かってこないよう力を削いであるだけの話だ」
マデリンは不服そうだ。
「待って兄上、それじゃあジュリアンと私はなぜレベルキャップをされたまま、魔王討伐の使命を任されていたの? 仲間に蘇生されたものの、一度は死んだのよ?」
ジェイコブは邪悪な笑みを浮かべる。
「跡目争いになりかねないジュリアンには死んでもらおうと思っていたんだが、事情が変わった。我が王家の血筋の力、いわば聖王の血を使って魔王一味を駆逐する最強の勇者を作ろうと思うんだ」
「私達に負け戦をさせて殺す気だったのですか! なんて人だ!」
抗議するジュリアンだったが、ジェイコブは一喝する。
「従わないならエマさんが厳しい目に遭うことになる。妊婦を拷問などしたくないものだが」
マデリンの実の母であるだけでなく、早くに母を亡くしたジュリアンにとっても母代わりの存在なのである。二人は忌々し気に唇を噛む。
「ひどい男……腐れ外道ってあんたみたいなやつのことね!」
「口を慎め下賤の女。養子のおまえなど黙ってジュリアンに腹を貸していればいいのだ」
衛士に顎で促すと、マデリンは退室させられた。
ジュリアンはオスカーに促されて玉座の間にきた。そこに国王の姿はない。
木の形をしたオブジェに猿のような生き物がぶら下がっている。
「ナマケモノという生き物だそうだ。我が国だけでなく、この惑星プロネウス上のどこにもいない生物なんだが、魔王の呪いによってこんな姿にされてしまった」
ナマケモノが話しかけてきた。
「ジュリアン、久しいのう。相変わらずやっとるか?」
ぶら下がっている枝にクイクイっと腰を使って見せる。
「父上……なのですか?」
ジュリアンは崩れ落ちて床に手をついた。
「いやあ、オスカーにレベルを強化してもらって、国王自ら魔王に挑んだまではよかったが、呪いをかけられてしまってな。正確には呪いを返されたんじゃが……」
国王は呪術に長けたアークウィザードで、600を超えるレベルでアメリアに挑んだが呪い返しを受けたそうだ。
「怠け者の魔王を誅するつもりが、ナマケモノになる呪いに変換されて返されたというわけじゃ。敵ながらに面白い娘じゃったのう」
国王はカッカッカと高らかに笑う。
「それでも、わしとてかつては鳴らした呪術師よ。1500もあったあやつのレベルを三分の一に落とす呪いをかけて一矢報いてやったわい」
「なぜそんな危険なことをしたんですか! 父上にもしものことがあったら……」
ジュリアンの問いに国王は真顔になる。
「ジェイコブにいろいろと乗っ取られてしまってな。魔王討伐のために子を作り、実験台のようにして強い勇者を作るなどとほざきおった。そんなろくでもない計画をやめさせるには、わし自ら魔王を討ってしまえばよいと思ったんじゃ。それにしても強くて可愛い娘じゃったのう」
フォッフォッフォと、呑気に笑う国王だった。