天の儀と天気
コンコン。
「母上。カエラレウスです。」
「どうぞ。入って。」
とても優しい声音だ。
「失礼します。」
僕の母親の名はマリアナ。
フルネームはマリアナ・マーテル・サンクトム。
つまり俺はカエラレウス・サンクトム。
ちょっとばかし語呂が悪い。
「来ましたね。カエラレウス、今日は天の儀について話す為に呼びました。」
「天の儀…ですか?」
疑問形に聞いたものの、実はそれが何か僕は知っている。
「はい。天の儀とは、天からの贈り物を授かる儀式。すなわち、加護を授かる儀式です。」
そう、天の儀とは、天上の世界にいる神々から加護を授かる事である。しかし、
「加護ですか?」
僕はもう加護を授かっている。
「はい。しかし、どの神の加護も授かれない人も当然います。必ずしもあなたが加護を得られるわけではないのです。」
だが、母上は知らない。
僕が教えてないからだ。
何故か。一重にそれが大変な事だからだ。
加護とは天の儀によって天界と一時的に繋がる事で十人に一人くらいの割合で授かる事ができるものだ。
だが、僕は生まれながらに加護を得ていた。
何故か。それは神様の方から加護を与えたからだ。
授かるのと与えられるのは似て非なる事だ。
まず、その加護の力の大きさに圧倒的な差が出る。
授かるとは言っているが、これはおそらく神様とほんの小さな繋がりができる程度の話。相性の良い神様の放つ力に刺激されて、人の身体に宿る可能性が開花するのだ。
だから、同じ神様の加護を授かっても得られる結果は人によって変わる。その人の持つ可能性によって変化するからだ。
では、与えられた場合どうなるのか。
得られる力は神の権能の一部だ。
それが完全記憶、智恵の神の権能。
それがどんな力であれ、与えられた加護は強力無比。
完全記憶は戦闘系ではないが、使いこなせればおそらく世界中の情報を知る事が出来る。
ちなみに過去にこの加護を与えられた人間はこの国の初代聖王だけらしい。
やってくれたよ。
第十三王子とはいえ、こんな加護を与えられてしまえば担ぎ上げられて次期聖王にされてしまう。
するとどうなるか、現在次期聖王とされている第一王子に狙われる。本人はどうか分からないが、その周りの人達に確実に命を狙われる。
それを防ぐ術すべは今・の・僕にはない。
全くありがた迷惑というもの…
「…エル!こら、カエル!聞いているの?」
「あっ、えっ、すみません。何ですか?」
「全く、あなたはすぐ考え込んでしまうから。困っちゃうわ。」
「すいません…。で、何でしたっけ。」
「天の儀は明日の朝取り行います。今日は早く寝て、明日しっかりと起きてくださいね。」
「はい!」
「よろしい。じゃあ、もう行っていいわよ。」
「はい、失礼しました。」
母上…すぐ素が出るのはどうかと思います…。
◇◆◇
「まったく、ほんと六歳児の話し方じゃないんだから。」
「ええ、カエル様は賢才であらせますから。」
「いいえ、サリア。六歳で敬語を使いこなす事を賢いとは言いません!」
「いえ…十分賢い行為だと思いますが…」
「子供は子供らしくあるべきです。」
マリアナ様の意見も理解はできる。
カエル様は少々賢すぎる。
母親としてはやはりこの親子関係に思う所があるのでしょうか。
「それは確かにそうかも知れませんが…」
「私はもっとあの子に甘えて欲しい!」
ああ、これがマリアナ様の本音だ。間違いない。
お生まれになってから五年が経ってすぐの頃、カエル様は聖王国の言葉をマスターしました。
ちゃんと話せるようになった、などというレベルではなく、古語も敬語も数多の諺ことわざも完璧に覚えていらっしゃいました。
おそらくもう言語を教える専属教師を付ける必要などない程に。
それからすぐカエル様は奥様に甘えるような態度を潜めていきました。
その急変ぶりを奥様も寂しく思うのでしょう。
かく言う私も寂しいのですから。
「奥様、子の成長とはお早いものです。」
「嘘よ、ミラの子は同じ六歳でまだまだ彼女に甘えているわ。」
ミラ様は聖王様の四番目の奥様、第四王妃様です。
マリアナ様の後に後宮に入った妃様でマリアナ様とほとんと同時期に懐妊なされて、色々と励まし合ったとか。
王様の子を授かるというのは思っているよりプレッシャーがかかるらしい。
流産などという事になっても、まさか罰に処される事はないはずですが、やはり産めないかもしれないという不安は付き纏うのでしょう。
独り身の私には分かり得ない事だと思います。
「ミラ様のお子様は女の子です、マリアナ様。男の子のカエル様とはまた勝手が違うのでしょう。」
「そうだけど、やっぱりもっと甘えて欲しいのよ。」
はぁ。私に聞かれても…。
私もいつか自らの子を育む時がくれば分かるのでしょうか。




