誕生と短所
聖歴210年、聖王国王城の一室にて。
部屋にはベッドが一つ。そこに寝ている女性が一人。
そして周りには次女と思しき人たちが数人。
「ああ、お生まれになったわ!」
「男の子です!第十三王子のご誕生です!」
侍女達は盛大に喜んだ。
「この子が…私とあの人の子…。」
そしてここに史上初めて呼ばれる。
「あなたの名前は…カエラレウス。」
聖暦始まって以来の最強の男の名。
◇◆◇
「カエル様ーー!」
僕はカエラレアス。
断じて蛙の土地神のような類ではない。
いや分かっている。誰もそんな意味で呼んでいるわけではないのは。
アクセントは違うし、そもこの国に蛙という言葉はない。
じゃあなんで僕が知っているかって?
そりゃもちろん僕が天才だからだ。
蛙というのは東方の極地にある鎖国状態の国の言葉だ。
なんで鎖国状態の国の言葉を知っているかって?
そりゃもちろん僕が天才だからだ。
というのは冗談で。
それは僕が全知の加護を得ているからだ。
御大層な名前だろう?
それは実際に御大層な存在の加護だからだ。
「おーい!カエル様ってばー!」
…。
如何なる存在の加護か、その答えは大神サピエンティア、智恵の神である。
この加護の内容は単純明快。
完全記憶。一度覚えた情報を一度足りとも忘れられなくなるという能力。
そう、これは覚えられる力ではない、忘れられなくなる力だ。
僕はそう考える。何故なら嫌な事まで絶対に覚えているから。
忘れたい記憶が絶対に消えない。
そうそう都合の良い加護はないという事だろう。
忘れたい記憶は確かにある。
例えば搾乳。例えばおねしょ。
今の僕は六歳だ。
まだまだ母上と暮らしていくわけだが、これからずっと母親の乳のあれこれを覚えているのは気まずい。
とても、それはもう気まずい。
今はまだ良いが、覚えているという事実が僕を苦しめる。
そしておねしょ。これは子供が一度は通る道だと知っている。けれどそれでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
すぐにでも忘れたい。
しかし、僕はこの忘れたいという願望が不可能である事を知ってしまった。
意識すればそれはもう鮮明に思い出せてしまう。
全知の加護のなんと嫌らしい事だろう。
思い出しただけで必ず頭の中に映像で感覚的に鮮明に再現される。
その時の五感全てが思い出される。
端的に言って地獄だ。思い出すたびに僕はこの加護に辱められる。
屈辱ではあるが、それ以上に役立っているから仕方がない。
そうそこで先程の話に戻る。
何故、僕がそんな東方の極地のそれも鎖国状態にある国の一つの単語を知っているのか。
その理由はまさしく僕が王子だからに他ならない。
僕が暮らしている王城の資料室には聖歴以前から今までの数多の遍く情報がある。
そこには鎖国状態になる前のその国の情報もある。
鎖国状態の国、その名を倭国。色葉語というこの国の周辺国とは全く違う言語体系の言葉を使う国だ。
そして、僕はもう色葉語をマスターしている。
というより、資料室にあった資料に書かれていた言語は全て読めるようにした。智恵の加護があればそれほど難しくもなかったな。
智恵の加護は完全記憶の力を与えてくれたが、それ以外にも思考力や読解力、表現力、想像力といった力も補助してくれているようだ。
「カーエールーサーマー!何処なんですかー!」
はぁ。王城でそんなに叫ぶかな普通。
「サリア。分かったから。そう叫ばないでくれ。耳が痛い。」
彼女の名前はサリア。母上専属の侍女だ、元気だけが取り柄の。
「あっ!カエル様!そんな所にいたんですか!早く降りてきてください!」
ちなみに今僕は王城の庭にある大木の上にいる。
「分かったから。叫ぶのはやめてくれ。」
智恵の加護はなんと五感も鋭くなる。
だから、近くで叫ばれると中々に不快だ。
「カエル様、マリアナ様がお呼びです。」
「やっぱり、母上か。」
呼ばれた理由は、まぁ十中八九あれだろうなぁ。