竜の戦い
8
3人は上空から竜達を見下ろした。
「竜に宇宙っていうのも、なんか味気ねぇな」とケイが言った。「ステージを変えていいか?」
「いいよ」
「よし」
ケイがいじりだすと、地面から草原と切り立った白色の石壁が出てきた。そして巨大な街を形成したかと思うと、すぐに壁がボロボロと崩れ落ちはじめ灰色にくすみ、地面の草原にのまれていった。宇宙から青い空に切り替わった上空は、波紋を何度か流すうちに紫と赤のグラデーションを浮かべ、厚ぼったい夕景となった。
「やっぱ古戦場なんだよなぁー。竜は」
「なんかの引用?」
「忘れたけど、多分なんかの引用」とケイ。
「よし、じゃあ私たちのイメージも完全に切るよ」と柳が設定を変更した。
途端に竜たちは朧気に溶けていき、それぞれ液体になったり、そのまま透明になったりした。
「ハ ハヤオぉ…」とケイが悲しそうに喘ぐ。
「アニメイトっていうのは普通こうなる。物質が自立して動く構造を創造するっているのは、その一つ一つの器官や機能までイメージできてないと成り立たないからね。そもそも膨大な知識も必要なんだ」
「臓器とか何から何まで?」
「本来はね」
「それは無理だな~」
「そう。まぁでも」
キゴウはそういうと設定を開いて、ステージ内の時間を巻き戻した。
消えていったそれぞれの竜が逆再生で現れだして、またステージ内に固定される。
「システムのフォローを入れて、自立で動くようにするよ」
すると、また竜たちはそれぞれ蠢きだす。
「ハヤオ…」とケイは嬉しいのか、悲しいのか、ふざけているのか、よくわからないトーンで喘いだ。
突然、柳の竜が唸り声をあげてバンと地面を蹴った。
羽を開くことなく、首をねじらせケイの竜のほうに突進する。
勢いはすごいが動きは定まらない。古戦場の壁に四肢をぶつけながら頭が体を引きずるような突進だ。黒い草原には、体の爪痕がくっきりと引かれていく。
ギュウと風の音が吹き飛んだ。
「なんだあの動き」とケイが恐怖に叫ぶ。
柳は動作までイメージしきれなかったのだろう。しかし闘争本能だけはしっかりと埋め込まれているようだ。
壁を壊しつつ、柳の竜はケイの白銀の竜に迫った。
「ハヤオ!」とケイは叫び、柳は「食え」とつぶやいた。
その時、ケイの竜は身を屈め、背中の翼を開くと、天井へ向かって体を伸ばした。すぅと空気をつかむように鮮やかな軌道で、銀の羽を反射させながら空へ上がっていく。
凄まじい風を体に巻き込みながら、みるみるうちに遥か上空に立ち、優雅に旋回した。
「ハヤオが! ハヤオがとんだ! クララぁ~」とケイは尋常じゃないはしゃぎかたで飛び跳ねた。
「見たか! ヤナギ! キゴウ!」
煌びやかな銀の反射を伴う、ケイの竜の飛行は美しかった。
古戦場の赤い空の中を彗星のように美しく伸びていく。
柳の竜は上空を睨みながら首をぐにゃぐにゃと伸ばしたが、飛べない竜はもう決して獲物を捕らえることが出来なかった。
「降りて戦えよ。鶏が」と柳が顔をしかめながら悪態をつく、「親と一緒で逃げのセンスだけはあるらしいな」
確かにバトルになっていないが、ケイはまるで勝ち誇ったようなドヤ顔で
「これが“才”というものか。浮き彫りになるものだな……」と腕を組んで頷いた。
空の獲物を諦めたのか、柳の龍はまた地平に頭を伏せて、匂いを嗅ぐようにギョロギョロと辺りを見渡した。
その瞳が遠くで蹲っているキゴウの龍を捕らえる。
黒い草原の中で、微動だにしない保護色の黒い身体は存在を忘れられていた。
柳の龍は、今度はヘビのようにニョロニョロと獲物に這って行った。まだ危険性が認識できないのか、恐る恐る慎重に近づいていく。
キゴウの龍は背中の辺りが少しふくらみ、しぼみ、呼吸をしているのは分かる。後はたまに背中から生えている足のようなものがカサカサと動く。
徐々に近づいてくる柳の龍に対して、赤い瞳はそちらに気づいたようだが、まだその場を動く気配はない。
目があった柳の龍もそこで一旦静止した。
「食おうとしてるのかな」と柳が言う。
元々は柳のイメージから産まれた竜なので、本人がそう言うならそうだろう。
奇妙な間があり、ケイがごくりと唾を呑む音がする。
サワサワと動く草原の音と、わずかにリュウたちの呼吸も聞こえてくる。
キゴウの龍が痙攣するようにピクリと動きを見せた瞬間、ヘビの龍はバネのように首を伸ばして喰らいついた。キゴウの龍は何も抵抗することなく、ダラリと引きずられるようにして、すぐに肉を引きちぎられていく。
ゴリゴリと骨がかみ砕かれる音が響く。神経も途切れたのか、背中に生えている足は重力のまま落ちた。
「グロいなぁ」とケイが漏らした。「キゴウと一緒でまったくヤル気が感じられない」
キゴウも「そうだね」と同意するしかなかった。
「ケイのは逃げるばっかりだし、最終的にアニメイトで1番使えるのは私のじゃん」と柳は流し目でドヤ顔を決めた。。
ケイは「はぁ~?」と不服そうだ。
「リュウの再現度が一番高いのはケイ。バトルに活きそうなのは柳のだね。まぁ公式戦ではここまでシステムのフォローは多分入らないから、実際には今の力じゃ全員無理だと思う。でも、もしかしたらケイは訓練を積めば実践投入できるレベルになるかもしれない」
「マジ?」とケイは嬉しそうに目を輝かせた。
「私や柳は、ゲノム編集である程度脳のスペックが決まっているけど、多分こういう方向には費やさなかったんだと思う。ケイのスペックは未知だからね」
「ちょっと調べてみる?」と柳がケイの頭を指さしながら、頭蓋骨をパカッと開く動作をした。
「いやいやいや、大丈夫大丈夫」とケイは手を振る。
「まだ夢を見ていたいらしいよ」と柳はキゴウに言う。
「でも君たちだったら後から脳みそも編集ができるでしょ?」とケイ。
「出来るけど、後天的な調整は公式戦だとチート扱いになって反映されなくなるみたい」
「なるほど。それじゃあ生まれる前にこのゲーム用にスペックを調整した子供とかはいるんかな?」
「いてもおかしくないね。人間の脳の限界値は守られていると思うけど」
「強そうだなぁそうなやつがいたら。ゴーストはソレだったりして?」
「さぁ? そもそもこの世界の人なのかな」
「どうだろうなー、どうやら別バースからプレイしている人もいるみたいだし」
ケイは「うーっ」と唸り声をあげ伸びをした。
キゴウの龍はもうすっかり柳の龍に丸のみにされてしまっている。
「じゃあ今日はこの辺にして飲みにいきますか~」とケイ。
「じゃあココを閉じよう」とキゴウが言うと、「ちょっと待って」とケイは慌てた。
「この世界はStayしましょ? 俺、あの子を育てていきたい」と上空のハヤオを指さす。
「うわ」と柳は引いたように言う。
「いいでしょ? キゴウ」と何故かケイはキゴウの腕にすがる。
「いや、別にいいけど」
「やったぁ ママ。お父さん飼っていいって」と今度は柳にすがる。
柳は腹にパンチを入れて、ケイはうっと離れた。
「じゃ…あ…ハヤオ。また見に来るからな」
ケイは不干渉の状態のまま、竜の頭を撫でにいった。
「移動しよう」
キゴウが世界を移そうとした時、小刻みに震えている柳の龍に気づいた。
その竜は、不干渉で見えないはずのこちらを見上げ、瞳は赤く変わっていた。