デッサン:アニメイト
7
3人並んで、古い木製の椅子に腰かけた。
サァサァと風がなびく草原の中で巨大な龍が凛々しく佇んでいた。
銀色の滑らかな鱗を連ねて、硬いような柔らかいような曲線を描きつつ、青空に続くまで体を大きく伸ばし、その首の中では青白い炎を宿している。
「作ったの?」と柳が聞いた。
「いや、素材にあった」
「で、これをどうするわけ?」
柳はケイが木炭と呼ぶものを器用にくるくる回して聞く。
キゴウを真ん中に挟んでケイが答える。
「描くんだよ」
ケイはそう言うと、白いものに炭をこすりつけて、塗り始めた。
「要はあれをここに映し出せばいいわけ?」
「要はそう。イメージとかズルはするなよ。ちゃんと手を使って描きなさい」
「本末転倒じゃん」と柳は言いつつも、紙に炭をあてた。
柳は案外大胆で躊躇なくシュッシュと線を引く。いつしか、あまり今まで見たことないような表情になって、竜を見上げることなく紙を真剣に覗き込んでいた。
「キゴウも描けよ」
ケイに促されキゴウも炭を乗せる。
何からすればいいのか。柳のように塗りだすことはできない。竜をこれで表す。大きさ、色、立体感、視点によって変わるうねり。それをどう固定すればよいのか。見れば見るほど静止している竜でも色を変え、形を変え、記憶する間もなく、新しい要素が浮き出てくる。竜の瞳は青い中に海のような暗い揺らぎがあり、それだけでも上手く形容しがたい。いくら観察しても理解できないように感じる。
「キゴウ。お前は恐がりすぎ。失敗してみろ」とケイにまた発破をかけられた。感情を前提に置いた自然主義者らしい言葉だ。キゴウは諦めて描き始めた。
黒は伸び想像の輪郭をなぞるが、朧気ですぐ形を失う。その度に竜を見上げ、しばらく記憶しながら、消しゴムをこすりつけ修正していく。時折、線が何かの形を掴んだように息をして、それ以上ずらせない手ごたえがある。ただ、別のところを描いているうちに、その線が間違ったものに変わってしまう。
結局、何度も何度も描き直した。
「できたか?」とケイに声をかけらえるまで、すっかり時間を忘れ作業にのめりこんでいた。
「じゃあ、勝負の結果を見てみるか」とケイ。
「えっ 勝負って聞いてないんだけど」とすぐに柳が反応する。
「いや、並んで絵を描くってそういうことだから」
「なにそれ」と柳は不満そうだ。
「じゃあ、俺のを見なさい」とケイが紙を広げる。
ケイが描いた線の集合体が現れる。
「さっきと変わってないじゃん」と柳はすぐに批評した。
「はぁ進化しただろう。ものの数分で」
「微妙にね」キゴウはそう言いつつも、いざ自分も描いた後にケイの絵を見ると、彼がかなり上手いのだと分かった。完璧ではないが大まかに形を捕まえている。
「じゃあキゴウは?」
う~んと唸るキゴウの脇から二人が紙を覗きこむ。
「何これ? 何描いたの」と柳が口を丸くする。
「抽象画?」とケイ。
「えぇ」とキゴウは適当にうなずく。
「絵自体は上手い気がするけど、なんでアレを見てこんな形が浮かんでくるんだろうな。やっぱ絶望的にセンスがないのか……」としんみりケイが言った。そして、ポンポンと肩を叩く。
柳は実物の竜と見比べながら「確かに……なんかそうと言われればそうなのかもしれない。印象的には近い。まぁうまいじゃん」とどこか励ます。
「おい柳、これは褒めてなんで俺のはけなすんだよ」とケイが噛みつく。
「じゃあ柳のは」とキゴウがすぐに話題を反らした。
柳はピクッと静止して自分の紙を隠そうとしたが、ケイがそれより前に「ブハー」と空気を噴出してつんのめっていた。
紙に覆いかぶさる柳を指さしながら、「なんかいた なんかいた」と苦しそうに息を吐きだす。
「えっなにが」とキゴウが気になる素振りをすると、柳は「チッ」と舌打ちする。
「生活にまったく必要のないスペックを入れてないだけ。ネイチャーの非合理な競争で煽られてもどうしようもない」と無表情で柳は言い放った。
「じゃあ見せてごらん。エリア2の人に恥ずかしさないんですよね~」とケイが紙を奪おうとすると
「なんか嫌だ」と柳は紙を抱き込む。
しかし、ケイは隙をついて腕の隙間から紙を奪うと、
「なんか なんか なんかいるー」と紙を広げ同じことを繰り返しながら、地面に転がってヒィヒィと腹を抑えた。
柳はついに「そりゃなんかはいるだろ」と開き直った。
紙の中には、一言でいえば化け物が描かれている。そうとしかキゴウの言葉では表せない。
「凄いな。アレを見てこれが出てくんの?」とキゴウも素直に感心した。
「それな! すげぇ! これが形……? はぁ……?」とケイが柳の真似をして爆笑した。ところで、彼は一気に炎に包まれた。
「消えろ」と柳がケイを丸焼きにしていた。
ケイは再ログインしてきたあと、さすがに反省したのか、真面目すぎる顔をしていた。
また、3人は並んで座り――ケイの椅子は燃えてしまったので、地面に正座していたが――「まぁいいものですよね。ネイチャーな遊びも」とケイが語りだした。
「あなた方は失敗のない日常にいますので、恥ずかしいとか、そういう気持ちを知らないのです。たまにはそういう感情を持つのもいいものですよね」
柳が即座に「いいえ」と否定する。
「それがないと生きられない時代があったってことなのです。もう今じゃ必要ないんだろうけど……」
「必要ないものは無くていいでしょ」
冷たい柳に、ケイはなんとか挽回しようと身振り手振りをつけて話す。「昔の人たちはこういうのを何万枚も書いてね。一枚一枚少しずつ時が進むように動かして、それを一枚一枚撮影して映像を作っていたのですよ」
「へぇ」とキゴウは関心を示すように言ってやる。
「アニメっていうけど……。一回見てほしいなぁ。ハヤオ! 凄いから」
「ハヤオってアニメ?」
「ハヤオは監督。アニメの監督」
「かんとく……」
「すげー数のスタッフで、日夜ひたすら絵をかいて、この紙にイメージを映して、映像の中に世界を作ったんだわ。何年もかけてね」
「生のために隷属してた時代ね」と柳。
「まぁ…。そうなんかな」とケイは微妙に首をかしげながら一応同意した。
「人間はなんで想像を形にするんだろうな。世界を作るんだろう?」
彼はまた、答えを求めない質問をしてくる。これは自然主義の一つの特徴だった。
柳が腰を上げた。「知らないけど、そうして作られたのが私たちってことでしょ」
そして手をあげると景色は暗転して、ガス状の淡い虹の煙が漂う宇宙空間に変わる。
「意味ない練習ばっかりしてもしょうがない。ちゃんとイメージクリエイトもやらないとね」
「俺はその練習をしてたつもりなんだけど」とケイはおずおず立ち上がる。
「ケイ、アニメってさ。このゲームにもそういう技があって」とキゴウは何か思い出したように言った。
「アニメイトって言って、要は自立して動くキャラクターを創造するんだけど」
「え、何ソレ」
「せっかくだから、さっきの竜でやってみようか。誰が一番、あの竜を上手くアニメイトできるか」
「いいね」と柳が珍しく最初に乗った。
「いいぜ」とケイも乗り気だ。
「恥をかかせてやるよ」とポツリと柳はつぶやいた。
3人は宇宙空間に立つ。
キゴウは空間に説明書のイメージを浮かべながら説明した。
「アニメイトは単純なイメージクリエイト(IC)とは違う。ICは常に想像をしていないといけないけど、アニメイトで想像された物はイメージがない状態でも自立して動く。つまり、そのキャラクターの行動システムまで想像して、創造しないといけない。
ちなみに簡単にアニメイトしてみようと言ったけど、システムのフォロー無しでこれをできる人はほぼいない。チートなしの抽象度が高いステージだとアニメイトが出現することはないね。この間の竜は多分ICだと思う。世界3位といえどあれをアニメイトするのは厳しいんじゃないかな」
「キゴウ……、お前大分オタク化してきたな。記憶戻ってんじゃないの?」とケイ。
「いや、調べてみただけ」
「まぁとにかくやってみようぜ。俺は3位を超える」
「はいはい」
3人がアニメイトを始めると、それぞれの形を成し始めた。
柳の前では薄い煙が少しずつ形を整えていき、ケイの前では虹色のラインが輪郭を描き、その間に色が埋まるように物体を作っていく。
キゴウの場合は空間が歪み、その中から物質が浮かび出る。
それぞれの竜が産まれて、3人を見下ろした。
「ケイのが一番きれいだな」とキゴウが見上げた。
ケイの竜はほぼ草原の竜の再現のように、美しく羽を広げている。
「これは凄いイメージだよ」とキゴウは感心を示す。ケイは「え、2位に褒められてる?」と信じられないような顔をした。「やはりセンスの化け物だったの? 俺」
「柳のも全然悪くないけど、やっぱり複雑な物質のイメージは苦手みたいだね」とキゴウがケイをスルーして言う。
「そんな細かいとこまでイメージできないな」と柳も今回は素直に負けを認めた。「キゴウのは……やっぱなんか変」
「うん、お前のはやっぱなんか変」とケイも続く。
キゴウの竜は、羽の代わりに足のようなものが背中から生えていて、瞳はぐにゃぐにゃと歪みながら大きく見開き、時折存在自体がグニャリと霞んだ。
「やっぱり一番センスないなぁ」とキゴウは自らぼやく。
「まぁ…なんていうか。君はゴリッゴリの肉弾戦タイプなんだろうな」
「ケイにそれ言われんのか」
「じゃあ誰のが一番強いか、外から観察してみない?」と柳。
「え こいつ戦わせるの? 俺ヤダよ。この子、育てる」とケイはすぐに竜の脚に寄り添った。
「戦えないとバトルで使えないでしょ」
「でも…。俺が生んだ子なのに」
「何その思想」
「そっか。お前らは母性もしらないのか。いわば愛だよ、愛」
「何その思想」と柳は涼し気に繰り返す。
「悲しいなぁ俺はお前らを愛しているのに……」
「じゃ出るよ」と柳は世界への干渉を外した。仕方なくケイも竜に「がんばれよ。ハヤオ」と告げて出る。
キゴウは自分の竜を見た。まったく静止していた竜は、その瞳の中に銀色の液体が伝うと中心にたまり、円を描いて、気づくとキゴウを睨むようだった。