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 6



 火山口の中に柳とキゴウは潜っている。

 黒い石に貼りつくハイライト。暗がりの中で血流のような鈍い低音が呻る。溶岩の泉はぼんやりと赤く発光し、ドロドロと黄色やオレンジも混ぜ合わせながら、光が蠢く。

 熱い空気の中だと吐き出される息は冷たく鼻先を撫でる。時折緑の水蒸気が何かを溶かしてプシュゥと上がると、ツンと硫黄の匂いがした。

 柳が光の玉を持ち上げた。岩壁面も露わになる。色を塗られたように鮮やかな色彩。赤と黄色の間を無作為にグラデーションして紫や緑も曲線を描き、自然と模様が浮き上がっている。それが滝のように火口まで昇っていた。

「じゃあ、入ってみるかな」と柳は光の玉を消した。

 溶岩の光が足元から柳をぼんやり照らす。

 影は滑るように動き、やがて足元がマグマの間近についた。

 素足の白い指先がそっと赤いドロドロに触れようとする。

 その瞬間、ひらひらとベールのような羽が駆け上がり、柳の体は一瞬で炎に包まれた。呑まれるようドロドロの中へ沈没していく。しばらくそれは溶岩の中で異質に炎を揺らしていたが、やがて音も無くなり消化されていった。

ゴォとまた静かな重低音だけが空間を支配する。溶岩は相変わらず鈍く輝いていた。

「うん、大丈夫だね」と背後から声がした。

再ログインしてきた柳が、少し火照った顔で立っている。

「熱いけど、物理ルールが無ければダメージもなさそう」

「そっか、じゃあルール無しでやっておこうか」

「うん」

 柳はまた靴を脱いでマグマに近づく。

何故わざわざ脱ぐんだろう、とキゴウは疑問に思いつつも特に聞かない。

 白い指先が溶岩につきまた炎に包まれるが、今度は淡い紫色の光に変わった。やがて溶岩の中から真っ白い肩と額をちょこんとだす。柳はマグマに浸かって言った。

「変な感じ。悪くないかも」

「へぇ」

「キゴウも試してみれば?」

「いいよ別に。でも温泉ってこんな感じなのかな?」

「温泉?」

「昔の人間はこうやって湯の中に入ってたんだよ。裸で」

「なんで?」

「清潔にするため」

「逆効果じゃない?」

「しかも大勢の人間で同じ湯に入る」

「うわっ。ケイでも無理じゃない? そんなの」

「どうだろ?」

「存在したのがこの時代でよかったって、そういう話聞くと思うよ」

「その時代の人間だったら、柳だって気にならないだろ」

「そうかな」柳はクスッと笑って腕を伸ばした。

 服は燃え尽きているので細い肩が露わになり、その根元には性差を示す胸の膨らみが見える。

 柳は伸びをしたあと「やっぱ入ってみなよ」と言う。


結局キゴウも柳と同じようにマグマに浸かった。柳がリラックスしている様子を見るとダメージの想像は起こらなかった。キゴウにもまた、少し熱いくらいの温度だ。

 実は温泉とは違うが湯につかった経験はある。

 バグじいの家で、ありえないほど汚い水の中に……

その時はさすがに辛かった。

 久しぶりに嫌悪の感覚(記憶も)を消そうかなとも思った。

ただ、嫌なものは嫌だが、済んでしまえば感覚自体は消える。キゴウの精神調整は何かを足すことはしているが、何かを消すことはほとんど無かった。

「キゴウって自然主義に詳しいよね」

「まぁケイと一緒にいるから。それに前にいたこともあるし」

「そうなんだ」

「あんまり覚えてないけど」

「生まれは交配? それとも配合」

「さぁ確認してないな。見てみようか?」

柳は首を振った。「いいよ。そこまでは」

 背後の岩に首を乗せて、柳は上の穴を見る。

 火口からは月が覗いていた。

「私は交配なんだ」

「そうなんだ」

「うん。赤子の時の記憶を見ると胎道を通る時の感覚がある。お腹の中はさ、ちょうどこんな音がしていた」

「柳の両親もネイチャーだったの?」

「いや。私が生まれて家族はそれぞれエリア1に移動した。両親は見たことがない」

「そっか」

 そこから二人に会話は無くなった。


 しばらく、ぼんやりとマグマに浸かっていたあと、「これだけ馴染めば、もう火系の攻撃は大丈夫でしょ」と柳は溶岩を出た。

「それじゃあアイツの様子も見に行くか」とキゴウを振り返る。

 キゴウも立ち上がった。

 まったく性差の無いキゴウの身体は、液体の中を滑るように抜けていった。




つやつやに光る木目で出来た箱。

“ログハウス”と呼ばれるココは、バグ爺の家を100憶倍清潔にしたような所だ。その壁が1側面切り抜かれて、目前に草原が広がっている。

 白く薄い長方形の物質が木材に立てかけられている。ケイはその前に座り、棒を白へこすりつけ、黒い跡を引いている。

「何してんの?」と柳が聞くと、「絵を書いてんだよ」と彼はぶっきらぼうに答えた。

ケイは草原に佇んでいる大きな竜を見上げ深いため息をつき、白い物質を今度は白く柔軟性のある立方体でゴシゴシとこすった。黒線はかすれていき、カスになって散らばる。

「お前らデッサンも知らねぇだろ」とケイは言う。

 知る、知らないということは、その瞬間にシステムで調べればいいのであまり大したことではない。ただケイの口から聞く方が面白いので、わざわざ調べもしない。そして、たいていケイの言うことは適当で正確ではない。

「こうやって対象をじっくり観察して、木炭で描いていくんだよ」

「へぇ」とキゴウが関心を示すように振舞うと「そうじゃなくて」と柳が言う。

「どうしてそんな意味が分からないことしてるの。イメージクリエイトの練習は?」

「その練習だよ」

「はぁ?」

「何もなしにいきなり想像しようにもフワフワして形になんないでしょ。だからこうやって訓練してるの!」

「形になる?」柳はケイの描いたものを覗きこむ。「これが形……? はぁ……?」

「うるせぇよ。難しいんだから。柳もやってみろよ」

「いや、私はそんなことしなくても出来るので」


 柳は目をつむり、うつむく。目の前に煙が溜まりモコモコと形を変えていく。

しかし、竜の立体は中々定まらない。

「アレ?」と目を開けた柳はその完成物を見て、意外そうにした。

「ほら出来ないじゃん」とケイは嬉しそうにはしゃいだ。

「複雑な構造を再現するのは柳でも難しいんだね」とキゴウ。

「お前は?」とケイがすぐにキゴウにも振る。

「無理。柳より想像力弱いし……」

「そうなの? 2位なのに」

「2位じゃないけど」

「3位といい勝負したから2位だろ」

「意味わかんないな、せめて4位でしょ」

「まぁどっちでもいいじゃん。ほら、じゃあ君たちも俺式で練習しろよ」

 ケイは立ち上がり、リビングのテーブルの椅子を引っ張ってきて、自席の隣に並べる。

「仮想の中でも振る舞いがネイチャーなんだよな」とキゴウ。

「おサルさんだから」と柳。

「いいから。ほら、紙と鉛筆」とケイは白い物質と木炭を渡してくる。

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