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最初の戦い

3


 キゴウが目を開くと、随分古臭いモニターが目前に置いてある。手はボコボコとした黒い板に乗っていて、モニター内では何やら意味不明な文字の羅列が浮かんでいる。

 部屋はカタカタと音が溢れ、トゥルルトゥルルと警報のような音がひっきりなしに響く。意味までは聞き取れないが、笑い声や、怒声、切羽詰まったような声、誰かを呼ぶ声など、様々な声がそこかしこから聞こえた。

――乱雑で整理のついていない空間だ。

 目につく人々は、バグジーのように頬が歪んでいたり、頭皮が透けていたりする。

どの顔も傷のような線が走り、パーツの形が左右非対称。そして齢差とセクシャリティが強く表れている。

唇が赤い人は胸が膨らみ、足が開いたスカートを履いていた。一方、筋肉質で四角い体の者たちは一様に黒い服を身にまとい、首から三角の紐を下げ髪は短く設定している。

ここにいるNPC達は大分古い自然主義者がモデルだろうか。

何故か顔をモニターの傍まで近づけ、目を細めてぶつぶつと囁く人。その前に唸るようにため息をついて頭を掻きむしる人。部屋の入口の前では、楽しそうにケラケラと笑いながら頭をペコペコと下げる人。

全く混沌としていた。バグジーみたいにバグった空間だった。

 柳とケイはどこにいるだろうか。バトル開始までは彼等もこの世界のアバターに見えるのかもしれない。しかし隣に座っている人間がそうなのか、それとも全く別の所に飛ばされているのかは分からない。

そもそもこの部屋にキゴウ以外のプレイヤーはいるのか、全てがNPCなのでは?

目に入るもの全ては未知でキゴウには判断しようがなかった。

ただ、別世界のプレイヤーがいれば自分と同じようにまず周りの様子を探るはずだ。それならあえて動いてみようか。

キゴウはそう思い立ち、しばらく観察していた人々にならって液体が出てくる機材に並んだ。机に肩ひじをついて寄りかかりボタンを押す。ゴォォと唸り声がして泡立った黒い液体が出てくる。これがもし現実であったら口はつけない。液体が入るまでの時間、暇を持て余しているふりをしながら部屋全体を眺める。

 大きく開けた窓の外、雲一つない青空に高いビルがそびえている。ここはかなり高層の部屋なのだろう。部屋には200人以上いるだろうか。全員を見極めるのは至難だ。

液体を取って席に戻る。怪しいと思ったのは4人。その中でも、一人はかなり確信めいたものがある。

 それとなく疑いの人物を監視する。キゴウの斜め前にいる。パチパチと機材を叩きながら箱を眺めている。ふと急に動作が固まったかと思うと、その人は右腕を上げた。指鉄砲の形を作り人差し指が正面に伸びる。親指が空気をひっかけるように折り曲がり「カチリ」と歯が鳴った。

「パン」と唇が弾けると共に、人差し指が跳ね上がった。


同時に、頭の中でサイレンが鳴り響く。

ゲーム開始の合図だろうか?


突然、背後から猛烈な突風が吹いた。 

身体が浮き上がり、気づくと吹き飛ばされて、バラバラに倒れた机やモニターと地面に転がっていた。

無意識に“その人”が示していた指の先を見ると、壁は大きな穴に変わり、ガラスが粉々に宙に舞っている。その奥で、遠く向こうの高層ビルが折れて落下していく。

 煩わしい空間は一瞬時が緩やかに遅くなった。が、唐突に騒がしくなり、獣の鳴き声のような悲鳴が響きわたる。騒ぎに紛れ、NPCに潜むように机の影に隠れて攻撃者を観察する。

 恐怖を浮かべた人間の群れの中で、ソレだけは表情が無かった。アバターが剥がれて均一でシンメトリーな顔面が現れる。そして、またソレは親指を折り曲げ、次の弾丸を装填する。

 あの攻撃レベルから察するに分が悪い。このままNPCに紛れてやり過ごせないだろうか。何とか指先がこちらに向かないことを願いながら、キゴウが出口に走ろうとした時だった。

敵が指さす先に、見知った顔があることに気付いた。

彼は馬鹿なことに手を上げて「ストップ」と叫んでいる。手の周りに少しだけ煙が発生していて、一応必死の抵抗が伺える。

キゴウは咄嗟に飛び出した。適当なイメージで空気を掴んで、ケイを撃とうとしている人間に投げた。しかしまともなイメージになるはずもなく、白い球が頬をかすめただけだった。

ソレはキゴウを見た。最初は色のない表情だったが、匂いをかぐように鼻をクンクンとすると、少し眼球を大きくして不思議そうに首を傾げた。

キゴウはその先を見ることはなかった。ケイの脇腹に突進し、窓からビルの外へ飛び出そうとした。瞬間、背中に強い衝撃を受け、赤い閃光がチリチリと飛び散った。吹き飛ばされ窓枠に激しくぶつかったが、勢いは止まらず体は空中に放り出される。

赤く燃え上がる部屋をしり目にビルから落ちていく。時間はまたゆっくりとなり、自分の危機的状況よりも、あの部屋で最後に何が起こったのかを考える。

 ふと何かが腰に巻き付いていることに気付く。視線を下げると、ケイが必死に抱き着いて、口をパクパクさせている。

 重力に引きずられて、頭が自然と胴体の下になった。

地面に落ちるまでの猶予はどのくらいあるだろうか。暴風で塞がれる瞼を何とか開いてみるが、予想はある意味裏切られた。

ビルの谷間はいつまでも伸びている。地面はなく底が見えない。

この先はどうなっている。落ち続けたら――と考えた所で、すぐその思考を振りはらった。想像は自滅効果に繋がりかねない。

ただ、帯同者は露骨に不安を抱いてしまったようだ。ビルの色は枯れ、景色の色調が褪せていき、灰色の世界に黒いビル影だけが残る。巨大なシルエットは風になびくように歪み、地面は暗闇にズーズーと呑み込まれていく。

ケイが研究室で作っていた世界と似ている。

彼はキゴウになんとかしがみつきながら目は呆然と暗い底を追っている。深層に何があるのか、彼は分かっているのだろうか。

しかしケイの想像が景色をここまで変えたならば、彼は今、脳が活性化してゾーンに入っているということだ。

キゴウはケイの耳元で「ケイ、見ろ。アレを見ろ」と叫びながら、暗い地面に赤い光を想い描く。はっきりとしたイメージは出来ないが、ぼんやりわずかに発光する球体が見えるようになる。

「ケイ見ろ。ステージの外れに来た。もうすぐ爆発する」

当然、何の根拠もない戯言だった。ケイの呆然とした表情は変わらない。ただ目を細めて一瞬キゴウを見た。暴音の中で言葉が聞こえたのかは分からない。もう一度耳元で叫ぶ。

「爆発するぞ」

 そうして出来る限り、向こうに漂っている靄を強く光らせた。キゴウの力で、爆発を起こすのは難しい。しかし、ケイの“自滅効果”に頼れば……

「風が来るぞ。堪えろ」

 叫んだ時、キゴウが産んだ光は消えた。辺りは灰色すら失せて、白と黒の2種類だけ、物体の輪郭線だけが浮かびあがる。風の音も失せて、無音。向こうで黒い電気のようなものが、消えかけの花火のように散った。その瞬間は時が止まったように感じたが、おそらく0.1秒にも満たなかったろう。

 辺りが歪んで、身を切り裂くような激しい爆発が深層から吹きあがった。

 キゴウはケイの頭を抱え視界を覆った。

あきらかにやりすぎだ。ケイの想像力は一体どれほど強いのか。

 轟音と、濁流。体の自由は全く聞かず、ただ目を伏せ渦巻く波に押し流されていく。考える余裕はない。風に切り裂かれそうな筋肉を硬直させる。せめてイメージを、ケイを守る、穏やかに、ベールのイメージを。

 風の音が静かになった時、ようやく目を開いた。

 体の周りを包む薄いガラスのような緑色の球体、それが晴れていく。なんとなくイメージしていたバリアが、たまたま上手くいったようだ。緑のガラスはそのまま背中に張り付き、凧のように広がった。

 体が浮かび上がる、ビルの谷間を昇っていく。風が渦を巻いて湧き上がる。

「おいケイ、飛んでるぞ」

 キゴウは目を瞑っているケイの耳元でまた叫んだ。耳の遠いバグジーにたまにするように。

「ケイ、見てみろ」

 ケイは目を開き、口をあんぐり開ける。

「風に乗った。ケイ、飛んでるぞ」

次第にケイもいいイメージを持ったのか。さらに体は軽くなって、空気は自由を奪うものでは無くなった。

飛行のイメージが湧いてきた。空気は足先から身体の輪郭を撫で、前方に吹き流れていく。その行く先を曲げれば体もそちらに傾く。キゴウ達はビルの合間を思うように浮かんだ。

「夢みたいだ」とケイは呟いた後、顔を上げて同じ言葉をキゴウに向かってに叫んだ。「夢みたいだ!」

「ゲームだよ」とキゴウが返すと、ケイは「そうだった」と大笑いした。

「おわー」と楽しそうにケイは両腕を広げて叫ぶ。

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