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「バース」:巣造像

 2



教室でケイは流調に話した。

「一番悲劇的なのはこの地区の奴らだろ? 中途半端にシステムも魂も信じている。

これからはスピリチュアルケアが大事になるって先生が話していたよ。エリア2の多くの人間は気づかずとも魂というものに自己を確認し、精神の支柱にしていたからだと。

さっき街頭で演説している奴がいたけど、『この世界に生まれた人間には、この世界の魂が宿る、それを信じなさい』って。ネイチャーの考え方と何が違うんかね。まぁ実際そっちに走った奴らも結構いるみたいだな。山本っていたろ。アイツに至っては家族でアーミールに入ったらしい」

 ケイは少しいたずらな笑みを浮かべた。

「まぁ仕方ないわー。俺たちは実際中途半端で矛盾した所にいるよ。これを機に俺もメタバースしてみようかな。

仮想現実に依存すると感情を失うってさ、馬鹿みたいに言われて実際馬鹿にもしていたけど、家の婆ももうそんなこと言えないだろ、ここが仮想そのものなんだから。それとも、またなんか上手い理由を見つけて難癖つけてくんのかな。魂はここにあるのだから他の世界に入っては駄目です、とか言って」

 ケイは続ける。「結局理由なんて無いんだろ、怖いだけさ、理由は後付けだよ。でもここを作った世界はどんな所なんだろうな。こことあんまり変わらんのかな。それともまるっきり違うのかな」

「どうだろうね? ゲームの中では大抵どこの世界も似ているけど」

「まぁ確かにちょっと見栄えとルールが違うくらいかもな」

 ケイは「ふぁ」と欠伸を挟んだ。「しかし、そこからここに入って来てる人もいるんだろ。そいつらは今まで何喰わん顔で黙ってたんかね。それとも、話してもこの世界の奴らには認識できないのかね」

「どうだろうね」

「そいつらは知っているんだろうな。ここをどうにでも出来る“魔法の言語”を」

「うん」

「まぁ俺達も本当は知っているのか、その言語の計算結果なのだから。知っていても、どうすることは出来ないけど」

「うん」

「でも、わざわざこんな所を作って入って来るくらいだからリアルもあんまり面白くはねぇのかな」

「確かに。そうかも」

「しょうもないな。秩序は暴力で、平和は牢獄で、退屈は地獄。神様も地獄におられます」

「誰のセリフ?」

「俺のセリフ」

「かっこいい。さすが」

「馬鹿になって言っても、お前に馬鹿にされるとムカつくわー」ケイは鼻で笑った後「出来た、これでいいや」とスクリーンから手を離した。その中では廃墟のビルが森のように鬱蒼と立ち並び、風にフラフラと歪んで揺れていた。

「なんか暗そうな世界だね」

「たまにはホラーもな。今日夢で見たんだよ。こんなの」

「へぇ」

「また一つ世界を作ってしまったよ。この中の奴らから見たら俺が神様なわけだ。ただその俺の世界も、どこかの退屈で死にそうな神様が作ったのだ」ケイは自分の創造した世界を眺めながら言う。「で、キゴウのは?」

 キゴウがスクリーンを見せると、ケイは「君、やっぱセンス無い」と言い放った。彼の感想はいつもそれだけだ。

「帰ろう」

 スクリーンを閉じ、二人は席を立った。


 エレベーターに乗った時にケイが聞いた。「お前治療する前は強かったんだろ。もうやらんのか?」

「別に、どっちでもいいんだけど」

「やれよ」とケイは言う。「実はな。深層の方ではこんな噂が流れている。今度の巣造像の大会で優勝した奴は、現実に招待されるらしい」

「リアルに?」

「あぁ」

 エレベーターが開く。

「俺とお前で、狙ってみようぜ」

「ケイは現実に行きたいの?」

「いや、別に」ケイは笑って歩き出した。ほとんど霧のような僅かな雨が部屋の中に降っていた。

「正直どうでもいいけど、それくらいしかやることもないし。どうせやるんなら、お前とやるほうが楽しいしな」

 ケイはそういうことを恥ずかし気もなく言う人だった。

「夏休みはゲーム三昧かね」

「そうかね」

「じゃあ後で招待送るわ」

「うん」

「ついに仮想童貞卒業だぜ」

「初めての相手が私でいいのかい」

「申し分ないね」



 ▼



 卵にこもり銀河鉄道の夢を眺めている。

 細かくちぎれた布が台地の上に深々と振り注ぎ、空は赤く、台地は地平線まで平らな黒面以外何もない。

 その先で、棒のように白い人形が突っ立っている。

 布は身を避けて降り、宇宙の星がたまに青く変色する。

 キゴウも遠くの人形のように呆然としていると、ケイから招待の糸が流れて来た。その糸を伝い空間を越えて、久しぶりに“巣造像”にログインした。

目前が暗転し地面に青い閃光が走った。光は縦横に何本も伸びていき規則正しいマス目を描く。

 閃光は消えて、代わりに明かりが灯る。地面には黒いマス目が敷き詰められ、壁と天井が無い白色空間になる。そこにケイと柳が立っていた。

「柳もいたんだ」

「急にコイツから呼ばれた」と柳は気だるそうに、組んだ腕の指先でケイを指した。左ひじを右手で抱えながら、いつも通り涼し気に突っ立っている。

 しかし、何か妙な違和感もする。キゴウは不思議に思ってしばらく柳を眺めたが、結局その正体は掴めなかった。

 ケイはキョロキョロと落ち着きなく周りを見た。「こんな感じなんだな。いざ入ってみると」

「ちょっと味気ないね」キゴウは景色に手をかけた。取り囲む風景が歪んで海になる。宇宙、森、氷河、火山とさらに絶え間なく景色は変化して、ケイが慌てふためいて悲鳴を上げる。

最終的に青空の草原にした。景色が決まるとケイも少し落ち着いたようだった。

「お前、わざと無茶苦茶にやってるだろう」とケイは怒る。

「センスないから中々決まらなくて」と皮肉にキゴウは返した。

柳が「じゃあ、シミュレーションをやってみようか。えっと、まず、巣造像の一番の特徴であるイメージクリエイト、だね」と言った。

 すると、青空から虹色のボールが落ちてきて地面にバウンドした。


『キャッチボールしてください』

空間に巣造像のアナウンスが流れる。


「キャッチボール?」とケイは不思議そうにボールを拾い上げる。「どの辺がイメージクリエイトなんだよ」

ケイは不満を言いながらも少し安心したようにボールを掲げた。とりあえず三人で三角形を作ってキャッチボールを始めた。

 柳がボールを取りこぼすと「柳、野球やったことないだろう」とケイが大声で煽った。

「やる意味あるの? こんな原始的で野蛮な遊びを」

「なんでも意味を考えるのはお前の一番ダメな癖だ。意味を考える意味はなんだ?」とケイはどんどん調子が良くなっていく。

「これ何のゲーム? あっ俺のゲーム!?」ケイは仮想世界が思ったより身近なものだと思ったのか快活な大きい声を出した。

そこで『ボールの重さが変わります』とアナウンスが流れた。5kgというブロック体の文字が柳の投げたボールの下にポンと浮かぶ。

「5キロ?」と驚いた様子のケイ。両手で飛んできたボールを受けると、腰が沈んで尻もちをつく。

「危ねぇだろ」

「ゲームだよ」と柳。

「まぁそうだけど!」とケイは重そうにボールを肩でささえ、押し出すように投げた。

 キゴウも何とかキャッチした。明らかにそれまでのボールの重さと違って、ずっしりとくる。

ボールを投げ、柳がキャッチした後でまた重量の変更があった。

『次は20kgです』と表示されている。

「20キロ!?」ケイは驚いて声を上げた。

「ちょっと待て」というケイの言葉を意に介せず、柳は砲丸投げのようなフォームでケイにボールを投げた。

 ケイが咄嗟にそれを躱し、虹球は地面にドスンと落ちる。

「危ねぇだろう、死ぬぞ!」と騒ぐケイ。キゴウと柳が同時に「ゲームだよ」となだめた。

 ケイが地面に落ちているボールを拾うと次は「0.03g」と表示された。

「0.03g? かっる」

 ひょいとケイがボール投げる。ボールはそのまま遠くまで飛んでいってしまった。「あらー」とケイは行く先を眺めた。

 新しいボールが出てきて、またケイがそれを拾った。

『次からは重さを自分でイメージして投げてください』とゲームからアナウンスがある。

「重さをイメージして投げる? どういうことだよ」ケイは球を放る。

 キャッチする柳。

「こういうことでしょ」と柳は「5kg」と言いながらキゴウに投げた。

 キゴウがキャッチする。画面には4kgと表示された。

「おぉ凄い。確かにちょっと重かったな」

「自分がイメージした重さになるってことか」とケイ。「ていうか、お前は何で今更感心してんだよ、キゴウ」

「治療で記憶のこってないから」

「これ初歩なんでしょ。こっから覚えてないの?」

「覚えてない」

「おいおい大丈夫かー。優勝厳しいぞー」

「ハナから無理だろ。ケイと組んでいる時点で」

 キゴウはそのまま「10kg」とケイに投げつけた。ケイは両手で抱えるように受け取ると、腰を持っていかれて地面に転がる。

「ヤバ、重いなぁ。もっとお前、1kgとかでもいいじゃねぇか」と情けの無いことを言う。

 巣造像のアナウンス画面には10kgと表示された。

「お、完璧。やるね」と柳が手を叩く。

「うっし、じゃあ」ケイは勢いよく立ち上がり、したり顔で「2トン」と言って投げてきた。キゴウがキャッチすると画面には200gと表示された。

「そもそも2トンもあったら投げられないでしょ」

「そうだよな、なるほど、そういうことも考えなくちゃいけないのか」とケイ。

「20キロ」とかなり重たそうにキゴウが投げる。柳は軽々とそれをキャッチする。画面には20KGという表示。

「まただ。やっぱりセンスが凄いな」と柳。

「いや、お前もよくとれたな、柳」とケイはびっくりしたように見ている。

「捕れるイメージを持っていれば捕れるってこと。つまり投げるほうも一緒」

 柳は球を肩に乗せ深く腰を落とす。そして、胸で呼吸する。その仕草がかなり入り込んでいてボールの重量を感じさせた。

「おいおい、何キロだよ」とケイ。

「凄いな」とキゴウも声をあげた。

 柳の足元から地面がひび割れ始める。

「おい何キロだよ!」とケイは慌てて叫んだ。

「200トン」

柳はそのボールをケイに投げつけた。

 

ケイは悲鳴をあげて飛び退いた。ボールは地面に落ちるとけたたましい音を立てめり込む。地面にはヒビが入り、数値画面に320000kgと表示されている。

「危ねぇだろう! 死ねってことですかぁーーー!?」と倒れながらケイが叫んだ。

「今のは危ないよ」とさすがにキゴウもぼやいた。

「実際は20kgくらいの気持ちで投げたんだけどね。大地はお遊びで」と柳。

「何だよ大地はお遊びでって、神々しかそんな遊びしねぇよ」とケイは尻餅をついたまま、不満そうに声を震わせた。「320トンだってよ」と青ざめた顔で表示された数値を見る。

『重さは、それを観測している人間のイメージ総和から計算されます』とアナウンスが流れた。

「あぁなるほど。柳が20kgだと思って投げても、私やケイがかなり重いと想像したせいで重たくなったんだ」

「そういうことか」

「面白いね」と柳。

「柳、プレイした事無いの?」

「うん、見たことあるくらい」

「それであれか」とケイは目を丸くする。「おいキゴウ、お前がてんでダメでも、これは優勝狙えるぜ」

 柳は鼻で笑った。「こんなんじゃ、ちゃんとやっている人の相手にならないよ。それに…」

「それに?」

 柳は一瞬キゴウのことを見ると、意味深に微笑んで、「この人は全然別の次元にいるから」と言った。

 ゲームのアナウンスが流れる。

『守備側が恐怖や不安などの負のイメージを持つことによって、攻撃側のイメージをより強くしてしまうことがあります。これを〝自滅効果(:ネイジー)”といいます。守備側は自滅効果を生まないように相手の攻撃を弱くイメージすることが大事です』

「なるほどね、ネイジーか」とケイ。彼は何故か腕をぶんぶんと振り回し始め、「おぉぉ」と獣の様な唸り声をあげる。そして拳を強く握りしめ空に掲げたあと、「ヴ…ヴぅ…ヴォォぉぉぉ」と歯を食いしばり鬼気迫る表情で叫んだ。

「この一球に全てを賭ける! 一球入魂。200トンだ。死ねぇ」と柳に向かってケイはボールを投げつけた。

しかし、柳は素手でポンとキャッチした。画面には2gと表示される。

「過剰演出なんだよ。逆に冷めたわ、原始猿がよ」と柳。

「自分の運動性能が身に染みているから、それを逸脱したものはイメージするのに大分訓練が必要そうだね」とキゴウが冷たく解説した。

「嫌なゲームだ」とケイは吐き捨てた。



 すると軽快なBGMが流れて、柳が持っているボールが消えた。

『ステップ2』というブロックが3人の間に浮かびあがり、アナウンスが流れる。

「イメージクリエイト―― 目を瞑り、右手に白いボールを持っているイメージをしてください」

 辺りに静かなヒーリング系のBGMが流れだした。

「イメージクリエイト、本題か。なんか催眠にかけられてるみたいだな」とケイ。

 とりあえず三人は目を瞑ってアナウンス通りにイメージしてみた。

 

 キゴウは白いボールを思い描けたと感じて目を開いた。手には何となく球体の煙があったが、すぐに溶けるように消えてしまった。

ケイの手の上には煙すらない。ただ柳だけが完璧な虹色のボールを持っていた。

「何それ、柳がやったの?」とケイ。

「他に誰がいる?」

「嘘つかないでいいよ。目を瞑ってる間に転がってんの持ってきたんだろ?」

「違うよ、バカ」

「見栄っ張り!」

「ちょっとやってみて」とキゴウが柳に頼んだ。

 柳は瞼を閉じた。すると左手に少しずつ淡い煙が集まって、球体が出来てくる。

「おぉ凄ぇな」とケイがこぼした時には、柳の手にはボールがしっかり握られていた。

「どうやった?」

「どうやったって。想像するだけだよ」

「俺らだってそうしてたんだけど……」

 再度、挑戦してもやはりキゴウとケイはボールを作ることは出来なかった。

「正確なイメージって実は難しくて、案外出来ないものなんだ。脳が大分曖昧なものでも認識できるから気づかないけどね」と柳が言うと、「出たよ、ドヤ顔解説」とケイが小さくぼやいた。

 しばらく訓練していると、キゴウもそれなりの形が作れるようになった。

「お、それなりだね」と肩を叩いてくるケイ。その手には相変わらず何もない。

「なんか俺ログイン方法間違ってんじゃねぇかな……」

「まぁ仮想に慣れてないと難しいよ」とキゴウは一応フォローした。



『ステップ3 マジッククリエイト』



「イメージは何にでも応用できます。炎でも、水でも、現実世界にないものでも。好きなものを創造して、自分だけの魔法を作ってください」

「これは面白そうだな」と煙すら作れていないケイは張り切った。

 それから、3人共しばらくイメージクリエイトで遊んでいた。訓練の内、キゴウは何となく炎は作れるようになった。柳は大抵のものは出来た。ケイはいくらやってもボールすら出来ず、結局霧らしきものが手から出るようになったくらいだった。


「一応、全員魔法“らしき”ものは作れるようになったね」とほほ笑む柳。

「まぁ、そうだな」と遠い目をしながら呟くケイ。

「一度、対戦に入ってみる?」と柳が提案する。

「ふっ 対戦か」ケイは鼻で笑った後、何故かカッコつけた渋い顔をしている。

「まぁ、せっかくだし」とキゴウ。「とりあえず逃げ回ってれば、初心者でもそんなにひどいことにならないでしょ」

「仕方ねぇ。じゃあちょっとやってみるか」渋々とケイは了解した。

「行きますか」と柳。

 風景が溶けだし始めた。歪んで消えていく中で「殴られても大丈夫だよな。痛くないよなぁ?」とケイがこぼしているのが聞こえた。

 青い彗星が暗闇を突き抜け目前に銀河が広がる。それと同時に、煌びやかだが、どこか静かな音楽も広がった。

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