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穴の中:蜘蛛の巣

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 この身体にある知識からいくと――情報はそこまで確かなものでもないかもしれないが――今の状態で地表に出るのは難しそうだ。地表は放射線と熱で満ちているし、NPCのマシンに見つかれば現状の想像力では勝てないかもしれない。

 となると、このシェルターの中で地道に集中力と想像力を高めていき、少しでも自信を持ってから外に出るべきだ。

 あるいは環境を利用するか。

 シェルターの外に何体かマシンを所有している。しばらくそれは動きを止めて隠してあるが、いざとなれば使えないこともない。これで他のプレイヤーを探す手もある。ただ、マシンをハッキングされれば、ローカルネットワークからここのアドレスがバレてしまうリスクもある。

 しかし長期戦になりそうだな、と考える。

 椅子を立った後も脳に重力を感じている。これは時の流れが早い設定の証拠だろう。見てみると時間の進みは上の階層の300倍。システムも長期戦を予測して高速度の世界にしていた。

と、するとプレイヤー達への負担は大きい。普通にしていても、かなりの回転量で思考しているのだ。

脳の体力の保存が鍵かもしれない。キゴウはやっと思考を止めて椅子の後ろを向いた。そして固まる。

そこには大きな蜘蛛の糸が張り巡らされていた。知識によると生物は自分以外ここには入って来られないはずだった。で、あれば既に攻撃を受けているのだろうか。


警戒しつつ、蜘蛛の糸を払って奥の部屋へと入っていく。

積もった埃、乾いた機械の匂い。人の姿は見ないが、どことなく気配は感じる。


長く真っすぐな廊下。左右には均等に部屋が並んでいる。手前から、一つ一つ扉を開けていく。元々は別の居住者の部屋だ。いなくなった後、片付けることもないので、そこは生前とほとんど変わらぬまま残っていた。

第一の部屋、そこには光が浮いていた。プラネタリウムが再生されたまま、星々を回転させている。時折、白い線で光の点が繋がって星座の絵が浮かび上がる。赤く火が灯り、その中でサソリが燃えていた。

サソリの炎を中心に星が回り出し星巡りの歌がオルゴールで流れる。歌はのっていないが、頭の中で記憶されていた歌詞が自然と補完される



あかいめだまの さそり

ひろげた鷲の  つばさ

あをいめだまの 小いぬ、

ひかりのへびの とぐろ。


オリオンは高く うたひ

つゆとしもとを おとす、

アンドロメダの くもは

さかなのくちの かたち。


大ぐまのあしを きたに

五つのばした  ところ。

小熊のひたいの うへは

そらのめぐりの めあて。



 やがて音が止むと星々は全て黒い石炭袋に飲まれて消えていく。そしてまた、元の場所に浮かび上がった。


次の部屋も見る。

ここも変わりはない。寂しがり屋の小さい子供が住んでいた部屋。ベッドには人形が沢山置かれている。なんとなくその真ん中に空いたスペースが、彼の眠っていた痕跡を残していた。

カサッ……と乾いた音が聞こえてキゴウは振り返る。

風が外の廊下を吹き抜けていく。何かの気配はしたが何もいない。

その後、他の部屋の扉も開けたが、中に怪しいものは無かった。

最後の部屋。廊下の一番奥に階段があり、それは地下の食糧庫に繋がっている。


階段は下るほど上の階層の空調の音は遠ざかり、肌寒くなっていく。

息は白く手先が震えた。氷のように冷たいバルブをまわし、扉を開ける。


一層冷たい風が中から漏れ、暗がりに入っていった。

 食糧庫は霊安室と併用されていた。少し前までここで生きていた人達の遺体が安置されている。いざという時に非常食にも出来るように、その肉は腐らないよう管理されていた。

 現に一つの死体はもう大分食べ進められている。まだシェルターでは自動で栄養が生産されているので、これは食料に困って手を付けられたわけではない。生活にスパイスを求めて居住者たちが食べたのだ。

 キゴウは一つ一つ、死体を注意深く探ってみた。先ほど調べた部屋の主たちの、穏やかに固まった表情が見える。どの死体にも特におかしい所はなかった。


これで全ての部屋を見て回ったが、何も見つけることは出来なかった。

キゴウが扉から出ようとした時、顔に何かがまとわりついた。

それを払った掌をしばらく眺める。

蜘蛛の糸だ。糸は細すぎて光のようにキラキラと光って見えた。


ガサッ……と音がして振り返った。

死体たちが震えている。ビクビクと上下に揺れながらリズムを奏でていた。

25時だ。

電機が流されて、筋肉を痙攣させる時間だった。

そして、その音をかき消すようにクラシックピアノが部屋中で流れ出した。

子供が恐がらないように、いつしかそういう仕組みにした。

キゴウは部屋を出て、霊安室のバルブを閉める。


そして、監視室に戻って定位置に腰掛けた。再び、強い重力がグッと身体にかかる。

この環境、自分や柳は大丈夫だろうが、ケイにとっては辛いかもしれない。繊細なケイはなんとかメンタルを保つことができるだろうか?

そう思いつつ、キゴウは無防備に眠ることにした。

敵がここにいるとしても、心理戦は悪戯に消耗するだけだと諦めた。ケイも長くは持たなそうだし、出来れば事態を早く動かしたい。それならばいっそ仕掛けさせたほうがいい。眠りは認識が働かないので実は防御力も高い。相手に圧倒的有利に舞台を作り替えられてしまう恐れもあるが、それならそれでもよかった。

キゴウは何故か、どこか懐かしさのようなものを感じはじめていた。

それは、このバースの記憶からくるものだろうか。

良く分からないが、そのまま眠りについた。


仮想の中で、更なる夢を見る。少年がパズルを解いている。遺伝子の配列を組み替えるパズル。少年の指先の通り人形は形を変える。少年は自分の形を変えながらパズルを弄り続ける。 

 

キゴウは目を覚ました。

目前のスクリーンに緑の記号の羅列が浮かんでいる。

 膨大な暗号文だ。専用のマシンを用いて解読すると意味が現れる。

“ここに来てくれ 座標22654 33486 ケイ” 

 どうやらケイが助けを求めているらしい。

 キゴウは手の中で糸を作ってみる。指先から白い液が垂れて、それが地面に着いた時には粘着性の高い蜘蛛の糸になる。そして、それを手に絡めたあと、緑色に燃やす。

 眠りの後のぼやけた夢見心地がいいらしい。境界が曖昧なうちに認識を変える。どうやらイメージの調子も戻ってきた。この世界の思考スピードにも慣れてきているかもしれない。

 キゴウは外に出る準備をはじめる。

 宇宙服のようなものを着込む。外ではイメージの防御をせずに、極力脳体力は温存したい。


 廊下を出て出口に向かおうとすると、小さい死体の少年がそこに立っていた。

「もう行くの?」と見上げてくる。

 プレイヤーなのかNPCなのか。この世界に霊がいるかどうかは、この世界の知識でも曖昧な部分だった。

 どの道排除してもいい。ただ嫌な予感がして、手を出さなかった。

 嫌な予感がする。その時点で自滅効果を生んでいるからだ。戦っても勝てる可能性が低い。

 キゴウは「あぁ行くよ」と伝えた。

 子供は「ここにいて」とキゴウの手を掴む。「ずっといて。お父さん」

「他の人から救援が来たんだ。助けに行かないと」

「また嘘の信号だよ。外には誰もいないよ。もうここにはお父さんしかいないんだよ」

「確かめてみないと分からないだろ?」

「分かっているでしょ? お父さんは」

 話をしていても、事態は悪くなっていくように思われた。

 キゴウは「ごめんな」と言って、子供の脇を通り過ぎる。

「ここにいて」と子供が言う。「ログアウトもしないで、ずっとこの世界にいて」

 キゴウが振り返ると、子供の顔は笑顔で目前に迫っていた。

 キゴウは思わず蜘蛛の糸でその頭を掴んで天井につるした。子供は言う。

「どこでもいいんでしょ? なんでもいいんでしょ? どうでもいいんでしょ? じゃあここにいて。ここにいてくれればいいのに。 なんで なんで なんで?」

 子供は巣の中で、もがき苦しみながら泣いている。

 キゴウは緑の火を掌に灯して、糸に近づけた。


「呪いは解けないよ。これは夢から覚めない夢だから。

 目を覚ましても夢の中。

 なんど目を覚ましても夢の中。

 それに囚われたんだよ。

 夢から覚めない夢を見てしまった人は、もうそこから出られない。

 一生、永遠に。

 だってそう認識してしまったんだから。

だって、“夢から覚めない夢”だから」


 キゴウは糸に火をつけた。子供は緑の火達磨になっていく。

 泣き叫びながら「いつになったら僕を思い出すの? いつも思い返しているの?」と言った。

 キゴウはすぐに振り返り、そのままシェルターの梯子を上った。

 ハッチを開ける前に、ふと下を向くと真っ黒い子供が目前に来ていた。

「いつまでも、一緒にいるからね」

 そういうとソレは溶けて、地面へと落ちていった。


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