02 最近のコンビニは便利ですよね
勇太たちと別れた交差点から家までは、およそ十分ほどである。道中には田んぼや一軒家など、のどかな風景が広がっている。
その中で唯一、賑わっているところといえば、最近できたコンビニぐらいである。田舎とはいえ、二十四時間営業で、夜でもとても明るい。ちょっとお菓子を買いたいとき、ちょっとだけ散歩に行きたいとき、そんなときにはとてもちょうどよい。
さて今日も、帰ってから食べるものを買うかと思い、コンビニの前までやってくると、見知った顔がいた。
「ひーくん!」
あちらも俺に気付いたようである。
俺を『ひーくん』と呼ぶ彼女の名前は、柳井彩という。俺の幼馴染二号かつ同級生である。勇太と同じく家が近所で、みな家族ぐるみの付き合いだ。ちなみにこの『ひーくん』というあだ名は、俺の名前である『真弘』の『ひ』をとったものである。
彩は店先で立ち尽くしていた。
「どうしたんだ彩、先に帰ってなかったか?」
「いやあ、今日傘忘れて、友達に入れてもらっていたんだけどね。その友達が、彼氏を迎えに行くために学校に戻っちゃったの」
「あとちょっとのところだから、ついでに行ってもらえればよかったのにな」
「あはは……」
彩はほほを掻きながら、照れ臭そうに笑った。
「ねえひーくん、せっかくだし一緒に帰ろうよ」
「ん?まあ折り畳み傘持っているし、それでよければ」
そう言って俺はカバンの中から、黒い折り畳み傘を取り出した。
「いや、そういうんじゃないんだけど……」
彩は小声でつぶやきながら受け取った。
「こっちの大きい傘の方がよかったか?」
「別にぃ」
長年の付き合いにも関わらず、彩の考えはよくわからないことが多い。
傘を開いた彩が歩き始めたので、俺は慌てて後を追いかけた。
しばらくの間、俺たちは黙って歩いていた。昔はよく、勇太も含めた三人で帰っていたものだが、中学生になって部活が始まったり、お互い同性の友達と遊ぶようになったりして、彩とは話す機会が減っていった。
ちなみに言うと、俺の初恋の相手は彩だ。小学5年の時、移動教室で班が同じになったことがあった。二泊三日、一緒に行動したことで、彩の優しさやかわいさを知ることができた。さらにキャンプファイヤーで男女ペアになって踊ったときに、彩の方からペアになることを申し込んできた。炎の明かりに照らされた彩の笑顔は、当時の俺を惚れさせるには十分すぎるもので、それは今でも忘れられない。
ただ、俺のマイナス思考が働いて、結局告白することはなかった。まあ今でもこうして普通に話すことができているのだから、それはそれでよかったのかもしれない。
「ねぇ、そういえばさ」
不意に彩が話を切り出した。
「『恋愛相談部』って知ってる?」
「ふぁ?」
変な声が出てしまった。
「何その反応」
「いや、まさか彩の口からその単語が出てくるとは思っていなかったから」
ムッとした顔をする彩を見て、俺は苦笑をした。
「で、知ってるの?」
「まあ知っているといえば知ってるよ」
まだ一週間とはいえ、実際その部活に入っているわけだし。
「ほんと⁉」
彩の顔がぱぁっと明るくなった。
「それがどうしたんだ?」
「あの、まあ、ね。その部活の場所ってどこでやってるか知ってる?」
「図書準備室」
「げっ、あの端っこの教室じゃん……」
俺も最初に、勇太から場所を聞いた時には遠いとは思ったが、行ってみると意外とそう遠く感じることはなかった。きっと彩も同じ反応をするだろう。
と、そんなことを思っているときに俺は大事なことを思い出した。
「あ、お菓子買い忘れた」
彩とコンビニの入り口で出会ってそのまま一緒に帰ってきたから、中に寄ることを忘れていた。どうしようかと迷ったが、やはり何かつまむものが欲しい。
「悪い彩、コンビニへ行ってくるから、先に帰っていてくれ」
「え、あ、うん……」
「傘はまた今度返してくれればいいから」
「おっけー」
彩の表情は、一瞬暗くなったがすぐにまた笑顔に戻った。
俺は回れ右をして、コンビニの方へと歩き始めた。
「ひーくん」
彩が声をかけてきたので、俺は後ろを振り返った。
「傘、ありがと」
「おう、また明日」
「また明日」
さて、何のお菓子を買おうかな。俺はそんなことを考えていた。