第5話 怒りの矛先
それは村人たちにとっていつも通りの朝だった。
いつも通り朝ご飯を食べ、各々自分のすべきことを、ある人は店の経営をして、ある人は農場や畑の手入れをする。
そしてお昼ごろに尋ねてくる、気味の悪い黒髪少年を多人数でいたぶる、もとい獣人との関係を斬る余興...のはずだったのに...
「あれ?どうした?」
「な、なんなんだよお前!?」
その場には村人全てが地に伏せていて、傭兵だけが無理やり立たされていた、いや生き嬲りにされていた。
「どうしたのボロン?遊ぼうぜ?なあ...」
ボロンが俺から奪った鉄の剣、構えているその腕をまず切り落とした。
次に足を切り落とした、本来の俺ならこんなこと絶対にしないのに、何かに取り憑かれているみたいに。
村人たちは何が起こっているのかわかっていなかった。
大人子供関係なく一撃のもとに地に伏せさせられている。
誰もが腹部を押さえうめき声を出し、ただ目の前で起こるその状況に恐怖を抱いていた。
「うぐぁ!?..あ...や、やめてくれ!俺が悪かった!」
「そっか分かってくれたんだ?」
「ああ俺がすべて悪かった、だから!―」
「そうか―じゃあ一思いに死ねよ」
壊れてしまった結斗には人を殺すことにためらいなどなかった。
直線状に放った剣は確実にボロンの喉笛を掻っ切る。
鮮血が舞い、もらった布の服が紅に染まる。
声なき悲鳴を上げ、意識を失ったボロンを、結斗はまるで壊れたおもちゃを捨てるかのように投げ捨てた。
「本当にさぁ...なんなんだよお前ら...お前らがいなければあの子は死ななかったんだよ...」
あの子...名前のない少女との少ない日常の光景が今でも脳内にフラッシュバックする。
「どうすればお前ら、子供を生贄としてささげられるんだ?お前ら本当に人間なのかよ?なぁ」
怒り交じりに村人を足蹴にしつつ言うと、この村の若い男の長老が逆切れ交じりに叫んだ。
「...ふ、ふざけんな!俺らがどんな思いで子供を生贄にしてたと!...この状況なんだしかたないだろ!?」
「はぁ?苦悩があった、とでも言いたいのか?仕方なかったって?...なのにお前らそのかわいそうな子供と関わらないように虐待してたくせに?」
「.....ッ!?」
「孤児院ではさぁ...毎日子供たちが本当に酷い怪我をして帰ってくるんだ、村の近くで遊んでたって、それだけの理由で、全部お前らにな。どうすればそんな酷い事出来るんだ?.....ああそうか、同じ事してみればわかるのか?」
「お、同じこと?」
「魔物の素材は高く売れるよなぁ?魔物を捕まえて養殖...餌はほら、目の前にこんなにいっぱいいるじゃないか」
俺は手を広げて狂ったように、笑みを浮かべる。
「安心してくれ、しっかりと全員苦しめてから餌にしてやるから、ふはッ!...ふははははは!」
村人には目の前の壊れた悪魔からひたすら深いどろどろとした恐怖を感じた。
助けを求めるように、村人の視線は倒れている傭兵に向かう。
その視線を結斗は逃がさない。
「そうだな、その前にさぁ...俺と同じように希望を消さないとな」
倒れている傭兵のもとまで歩いていくと、右手に持つ憤怒の剣を上に掲げた。
「や、止めてくれ!!」
「あ?俺が止めてくれって言えば、子供たちを生贄に出さなかったのか?...」
俺の問い詰めるような言葉に大人たちはただ目をそらす、なにせそんなことは絶対にありえないからだ。
「本当、そろいもそろってゴミしかいない...」
結斗の目には既に人に見えていない。
ただの人の形をした紙くずと同様だ、斬ることに、命を絶つことに何のためらいもない。
「じゃあな...」
一言分からの言葉を告げて無慈悲にも剣を振り下ろした。
誰もが悲惨な光景を見るまいと目を閉じるが、耳に届いた音は生々しい肉の切れる音ではなく、鋭い金属音だった。
「なッ!?」
結斗が驚いたように声を上げ、すぐに自分を退けた人間を睨みつける。
だがそこにいた人物に、結斗は少し戸惑った声を上げた。
「...ミラ..なのか?」
ミラは金髪をはためかせていて、紫を基本とした色のドレス型の鎧を纏っていて、淡く光る白い剣を握って俺と敵対するようにその場に立っていた。
色々と気になることはある、どうして孤児の少女のはずのミラがそんな鎧を纏っているのか、どうして俺の行いを止めたのか。
質問をしようとして、村人の声にさえぎられる。
「せ、聖騎士様だ!聖騎士様があの化け物からこの村を救いに来てくださったぞ!」
「早く聖騎士様!この化け物をぶち殺し...ひィッ!?」
そんな都合のいいことばかり言う村人にミラは刃を向けた。
「私はあなた方を救いに来たわけではありません!あなた方から私の友達を救いに来たんです!」
「なッ!...」
「今まで散々虐待をしてきてやり返されたら、その態度...恥を知りなさい!!」
村人たちを脅した後、ゆっくりと剣を鞘に納め結人に笑いかける。
「結斗...もうこれ以上は止めましょう?こんなことをしても結斗が壊れていくだけです...そんなの...私は見てられません」
悲し気な瞳でそんなことを言われ若干手の力が緩む。
同じ怒りを、悲しみを持っているからこそ、つい言葉に従いそうになるが...ふと、口から言葉が漏れ出る。
「お前は...なに者なんだ?」
「私は...国ホワイトネクトの騎士であり貴族シルバー家の次女ミラ=シルバー...この村の実態の証拠を探っていたんです正確に罪を断罪して正義を全うするために」
それは何処か誇らしげなミラの言葉、それとは裏腹に結斗の瞳から光が消えた。
「お前は...騎士なんだよな?...強いのか?」
「まあ、今のあなたより多少は...」
「お前は知ってたのか?...この村の実態を...前から...」
「...ええ...知っていたから来たわけですし...」
少し自信なさげな言葉、それでも剣を払いのけられたのだから、獣人どもよりよほど強いのだろう、そして知っていたという話も事実なんだろうな...だからこそ怒りが湧き出てくる。
(なんだ...こいつも敵か...)
子供たちが死んだ一つの原因。
あの子が死んだ原因だ。
「つまりお前は...そのくだらない正義のために?子供たちを見殺しにし続けたってわけか?...」
「ッ!?...ま、待ってください、それは...仕方なかったんです!」
「仕方ない?...お前には子供を見殺しにすることが仕方なかった...で済むことなのかよ...何が正義だ、ふざけやがって」
「ですが、もし証拠を得られなかったらあなたはただの虐殺者になってしまうんですよ!?」
「お前はあの子供たちの命より、自分の汚名や疑いをかけられることの方が大事だったてことなんだろ?...疑いはあとでも晴らせるのに、今助けないと次はない命を見捨てたんだろ?2度と正義なんて口にするな!ただのエゴイストが!」
「ッ!...」
「結局お前もこいつらと大して変わらない...自分の事しか考えてないんだな...」
吐き捨てるようにそうつぶやくと、結斗は全てに嫌気がさしたようにミラから視線を外した。
「...まあいいか...お前にはいろいろと世話になった、怒りは収まらないが見逃してやるよ...だからそこをどけ」
憤怒の剣の閃光が紅くきらめき、真っすぐとミラを通り抜け、後ろで縮こまっている村人の首に向けられている。
結斗はこいつらを殺さないと気が済まない、殺さないと子供たちの無念を晴らせない。
「ごめんなさい...」
殺意をほとばしらせる俺に、ミラは憐れむような目でこちらを一瞥したのちに、深々と頭を下げた。
「確かに...助けなかったことは事実です...けどそれが、貴方の殺戮を止めないことにはなりません...はぁッ!」
鋭く地面を蹴ると、気迫と共に結斗に肉薄、そして一閃。
「ッ!?」
煌めく一撃が結斗を正確に襲う。
咄嗟に手に持つ剣で迎え撃つが、思いっきり遠くに弾き飛ばされた。
ミラは弾き飛ばした俺に向き直り、もう一度地面を蹴った。
向かってくる煌めく剣に、空中で生成した剣を真っすぐとこちらも剣を放った、が、ことごとく切り伏せられる。
「こいつらを殺して俺は救われてるんだよ!邪魔すんな!」
空中の剣じゃあ力が弱いらしい、剣を真っすぐと俺に本気で突いてくるミラに、咄嗟に両手に剣を生成しどうにか受け止める。
(お、重い...なんて力だ...)
けど殺ろうと思えば殺せ...
(違う!俺はミラを殺したいわけじゃない!このごみクズどもを殺したいんだ!)
このままじゃ押し切られる、だからミラの足元に剣を召喚、斬れないところで本気で叩きつけた。
「ッ!?」
その隙に思いっきりミラを弾き飛ばす。
よろめいた所に剣を複数召喚して、ミラにぶつけた。
「ぶっ飛べ!」
確実に防いでくるだろうと思って、剣をぶつけようとしたが、ミラは小さく笑って剣を構えなかった。
このままだと確実にミラに突き刺さって....殺してしま...
「ッ!?止まれ!」
冷や汗を垂らしながら、焦って剣を止めるとミラはその笑みのまま俺を見つめてくる。
まるで分っていたとでも言いたげな目が若干ムカつく。
次の瞬間ミラの姿が霞んで...
「ぐぁッ!?」
いつの間にか懐にいたミラは腹部を剣で思いきり殴りつけた、当然斬れてはいない。
ただ意識が飛びそうで呼吸ができない。
血と胃液が口元まで逆流してきそうだ。
(やばッ.い...意識..が..)
民家に叩きつけられて体から嫌な音が響くと、そのまま地面に体が倒れ落ちて、意識が沈んでいく...
「ふぅ...この者を慎重に捕縛し、王都に連行します、異論は...な..で」
そんな声を最後に結斗の意識は完全に、深く深くへと落ちて行った。
♯
結斗が壊れる少し前の事。
陽菜は男の人の後ろについていき玉座の間へと案内されていた。
案内されたそこは、なんていうか城だった。
陽菜も乙女である、昔はこんな夢のお城を思い描いていて、少し風味は違うがそれに似た感じだった。
目の前には玉座に、床はピカピカに磨かれた大理石...だと思う。
天井にはシャンデリアと、周りには敬礼のような構えをし続ける騎士たちが。
その奥、玉座には一人の女性が座っていた。
煌びやかなドレスに右手には杖を握っている。
頭の上には王女であることを表すかのようにティアラを乗せている。
その手前側、レッドカーペットの上には、ほかの勇者達と思われる人たちが横並びに並んでいる。
「左から、喜怒哀楽と順番に並んでくだされ勇者様方」
ここは兵士の言う通り横一列に並んでいく。
なんとなく見ると男女比率は二対二、均等だ。
「どうも、この度は召喚に応じてくださりありがとうございます勇者様方」
並び終えたとき王女は口を開く、声は少し高めに感じた。
「応じたって言うか無理やりなんだが?」
隣の怒の勇者、藍色の髪に眼鏡をかけた真面目そうな少年はそう女王に毒を吐いた。
この少年は不思議なことに、この四人の勇者の中で唯一日本人らしい格好をしていない。
何故だろうか?まるでこの異世界の服装に見える。
...まあ私も水着だから、変な服装とは言えないけど。
「それはすいませんでした、ですがこちらが困っているのも事実なのです、どうか力を貸していただけませんでしょうか?」
紫色の髪を揺らして、申し訳なさそうにしている...が、どこか上から目線に感じるのは私の勘違いなのだろうか?
(困ってるから、仕方ないで済ませられるのは...ちょっとどうかと思うなぁ...)
「つまりどういう事?どうして俺らはこの世界に来たわけ?」
そういったのは順番的に楽の勇者。
金髪の長髪の男勇者は、そうチャラ男のように言う、ちなみに服はどこかの学生服だと思う。
「この世界には魔王がいるのです」
「魔王?王道にも程があるな」
「ですね...」
眼鏡の人に陽菜は小さくうなずく。
魔王ものの物語は結構時間がかかったりするから止めてほしい。
私的にはさっさとラスボス倒して日本に帰りたいのに...
「で?その魔王は何処にいるんだ?」
「隣国ホワイトネクトの王として民衆を謀り戦争の道具としているのです」
「それは酷いな!...」
「民衆を騙して戦争の道具にするだなんて許せないわ!」
そういったのは楽の勇者と、哀の勇者。
哀の勇者は私と同じ女性で赤い髪で短髪だ。
「.....つまりなんだ?お前らは俺らにその王を暗殺して来いと?」
「違います、我らが起こす戦争に参加していただきたいのです」
戦争?その響きに若干私は嫌な顔をした。
だって、つまりそれは人殺しの道具になれって言ってるのと同じ事だから。
「ホワイトネクトは悪政ばかりを続け民衆を苦しめ続けているのです、そのような蛮行を我らは許すわけにはいきません、ですがホワイトネクトが強大な軍事力を持っているのもまだ事実、ですので我らは四国同盟を築くことにしました、商業国家アルセール、獣国フィフグリット同じく獣国ナクリリス、そして最後に我ら人類国グランタレス」
「それで?」
「今から二年後にこの四か国で戦争を挑みます、そして確実にホワイトネクトを潰したいのです」
潰す?それは国を?ってことなのかな?...
正直陽菜はこの王女を信じられていなかった。
(王を倒すのなら分かるけど...国を潰すって...)
ホワイトネクトの魔王が悪者だとするなら、国は潰さず国民に被害をなくすべきなんじゃないのだろうか?
本当に国民を助けたいだなんて思っているのだろうか?
「で?俺らはその戦争で何すんの?」
「勇者は二つの種類があるのです、一つはあなた様方喜怒哀楽の感情を司る勇者様、そしてもう一つは力、知恵、技の勇者がいるのです」
「...おおかたその勇者たちは相手の国にいるってところか?...」
「その通りです、その勇者様は異世界人ではないにしろ、貴方様達と同等の力を持っています」
「はいはい!俺らの力ってどんなもんなの!?」
「あなた様方の力は兵士一万人は下らないかと...」
「そんなにッ!?すげえ!」
「そのような者達が三人もホワイトネクトにいます、流石に相手をすることはできず勇者様方を召喚したしだいなのです」
理屈としてはあってるのかな?確かにそんな相手がいるなら伝説に頼るのも分かるけど...
流石に二年間もゆいちゃんに会えないのは...そもそも
(魔王を倒せば本当にあの世界に...ゆいちゃんにあえるのかな...)
陽菜にはそんな疑問が残る。
「明日からはその力を解放するためレベル上げをお願いします」
「ゲームみたいにレベル要素とかあんの?」
「?ゲーム?よくわかりませんが...レベルやステータスはありますよ?」
「ど、どうやってみるの!?」
楽の勇者がすごいつかかっている。
もしかしたらゲームが好きだったりするのかもしれない、その気持ちはよくわかる。
正直私も少し楽しみにしていた。
「それは.....また明日という事で」
さっと女王は窓の外を見る、既に空は暗い夜に差し掛かっている。
「話が長かったですね、今日はみなさんお疲れでしょう?ゆっくりお休みください」
「部屋へ案内いたします」
女王がそう言って左手で手をパンパンと叩くと、使用人がぞろぞろと出てきた。
そして案内されるがままに部屋に連れていかれる。
その時ふと思った。
(自己紹介...しなくてよかったのかな?)