第4話 憤怒
ここに来てからニ週間が経っていた。
俺は傭兵が出かけるタイミングを見てから村に侵入するようにしたのだが、当然村人たちに暴力を振るわれる、だがそれでもやり返すことはできない。
そんな事を1週間続けた今日、暴力はさらに悪化し、ついには右腕と指を何本か折られた。
「私言ったよね?あんな奴らに関わっちゃダメだって...」
最近ではミラとよくいる事が多くなっていた。
それはまるで女の子の穴を埋めているようでどこか自分がダメな奴な気がしてきた。
それでよく忠告を受けていた。
「絶対に村に近づかないで」
と、それでも結斗は村に行った。
その為だいぶミラはご立腹な様子だ。
「それでも...少しでもここにお金を入れないと、皆の生活のためにも...」
「そんなことしなくたって.....ここはそんないい施設じゃ...」
「ん?ごめんなんて言ったの?」
ミラの小さな言葉が聞こえず聞き返すが、ミラは何も答えてくれなかった。
「...仕方ないですね...腕、出して」
「え、うん」
折れた方の腕をミラに差し出すと、ミラは何か小さく唱え始めた。
「ミラ=シルバーの名のもとに命じる、彼の者を癒せ『ハイヒール』」
結斗の腕が薄緑色の光に包まれると.....何も起こらない。
ただ痛みが引いて行った。
「動かしてみてください」
「え?...凄い!これ魔法!?」
痛くて動かすこともできなかった腕を恐る恐る動かすと、なにも痛みを感じなくて振り回せるほどだ。
「ちょ!声が大きいわよ!...はぁ..皆には言わないでよ?」
「うん、分かった...けど隠す必要ある?」
「目立ちたくないのよ...」
「そうなんだ?」
(やっぱ異世界だし...魔法があるのか...)
だったらあのクソどもを...
(って、何考えてるんだ俺は...)
密かな葛藤が起こる。
あれだけ散々な目にあったのに、それでも生かすべきなのだろうか...なんて思ってしまう。
そんな時、声をかけられた。
「兄ちゃん!」
声をかけてきたのは何故か正装を着ている赤髪の少年だ。
「ん?どうした?」
「ばあちゃんが呼んでるぜ!」
「ああ分かったよ...ありがとねミラさん」
お礼を告げて、少年と一緒に一階に下りて行った。
下の階に行くとおばあさんが食堂の椅子に座り笑顔で待っている。
その笑顔は最初の時にも見た違和感を感じる笑顔で、そのおばあさんの隣には4,5人の見知った子供たちに呼びに来た子が並んでいた。
どの子たちも確かおばあさんが言っていたこの世界に置いたの正装を纏っている。
「悪いんだけどねぼく?この子達をその地図の場所まで連れてってくれないかね?」
いまだにおばあさんは名前を呼んでくれない、いつまでたってもぼく、と呼ばれている。
「はい、いいですけど...」
「ありがとう、里親が見つかったのはいいんだが、腰を痛めてしまってねぇ...」
「分かりました、行ってきますよ」
「ありがとうね、ぼく」
そう言って出て行った俺をおばあさんは手を振って見送った。
その様子を二階から見ていたミラは冷や汗を垂らして、自分の部屋の窓から飛び降りると、真っ先にミラは自分の為の隠し倉庫へと向かった。
(私は...これ以上は見過ごせません、お父様!)
叱責を受ける覚悟を決めたミラだった。
地図に指し示されていた場所は平原を少し行ったところにある、要塞のようなところだった。
太い木を横に建てて、上を鋭く侵入を拒むようにしてあった。
そのうちの一つのところだけが開いていて、甲冑を被り槍を持っている獣人がそこには居た。
(獣人かよ...会いたくないなぁ...)
初日にいきなり敵対されて足を射抜かれたことを思い出してしまう。
あれは本当に痛かった、日本では味わう事のない痛みだった。
意を決して近づくと声をかけた。
「あの...里親の方がこの中にいると思うのですが?」
「ん?人間の子供...里親?...ふひッ...ああ里親ね、分かった付いてきな」
門番に尋ねると、小さく笑みを漏らし中に案内された。
中には獣人の町、とまではいかないが相当な人数の獣人がいて集落のようなものだ。
そのど真ん中、王のように骨でできた椅子にふんぞり返る豚の獣人の目の前まで歩かされる、何故か後ろの獣人が槍を子供たちに構えていて怯えているので「大丈夫だよ」と声をかけておいた。
「ここに座れ」
槍を持った狼型の獣人に槍を向けられて座るように促される、なので申し訳程度に惹かれた藁の上に腰を下ろした。
「よく来たな、俺がお前らの里親のブルータール様だ」
予想より低い音が耳に届く。
そんな自己紹介をして、ブルータールはすぐ隣の鐘を鳴らした。
すると周りからぞろぞろと獣人が出てくる。
「では早速だが...やれ」
その言葉にブルータールの隣の獣人が斧を振り縄を斬った―その瞬間。
「ッ!?」
上から鳥かごのような鉄の柵が落下してきた、酷い音を響かせて砂ぼこりが舞う。
それはまるで俺らを閉じ込めているかのようだ。
「...いきなりなんなんだこれは!あんた里親だろ!」
俺がそう叫ぶと、周りの獣人たちはせせら笑う。
「まだ里親だなんて思ってんのかよお笑い草だなおい!ぶひッひッ!」
豚の笑う声に同調するように「哀れ」「脳みそ入ってんのかよ」などという罵倒も飛んでくる。
「あ?それはどういう意味だ」
敵対心むき出しで、そう問いかける。
もともといきなり矢で射られた時点でこいつらと仲良くしようとする気はなかった。
そんな俺を憐れむように豚は告げた。
「お前らはな、あの婆に売られたのさ!」
「.....は?何言ってるんだ?」
「嘘じゃねえよ、あの婆はな捨て子を拾い、育てて俺らに売るのが仕事なんだよ」
そんなわけがない、売るために育てているんなら、食べ物を恵んでやる必要性がないそれに儲かりも減るはずだ。
「分かるぜ、お前の疑問、食料は俺達が無料で提供してんだよ、栄養ない奴は不味いからな」
「は?不味い?...」
不味いって何が?...
「知らなかったのか?俺ら獣人にとってお前ら人間は食料なんだぜ?栄養ないと若干苦いからな」
(こいつは...何を言ってるんだ?...)
心の中の言葉とは裏腹に頭の中では冷静に証拠を探していた。
あの時獣人は俺を殺そうとしていたのか?...食べ物だから?
だから...おばあさんは誰一人として名前を憶えていなかったのか?どうせすぐに喰われるんだから...
「証拠はまだあるぜ?お前らがどうして村の連中に嫌われているのか?そりゃ食料人間なんか気味が悪いだろうさ」
「うる...さい」
「それにほら横見てみろよ、知ってる正装が並んでるだろ?」
「うるさい!!」
俺は怒鳴りつけていた。
隣の子供たちは絶望に顔を歪ませ、涙を零して震えている。
もう確定的だった、おばあさんは俺らの敵だった、村の人間も敵だった。
こいつらはつまり俺らを差し出して、自分たちだけ助かろうとしているんだ。
それなのにあの態度で、絶対に自分たちと関わらせないようにして...
何人の子供が村人に虐待まがいの暴力をされたか、何人の子供が子の獣人たちに食われたか...
その時嫌なことを思い出してしまった、栗色の髪の女の子を...
「...お...おい」
震えそうな声で俺は訪ねていた。
「なんだ食料?」
「栗色の髪をした女の子は...まだいるか?」
「栗色の女?....あーあ、あいつか...妙に肝の据わったガキだったな...昨日喰っちまった」
突如頭が痛みだす、胸の中でどす黒い感情が暴れだす。
(.......なんで...)
「実によかったぜあの女、あいつはさ体を全く傷つけずに生かしたまま脳を食べたんだ、発狂したり、いきなり笑ったり、狂いだして涙を流したり実に面白かったぜ!!ぶひひひひ!!」
「確かにありゃ最高だったぜ!」
「本当、人間て何処までも醜いわよね!」
ごみ共の言葉に口から血が漏れた、歯から歪な音が漏れて、目が凄く熱い。
「そうだなぁ...お、あったあった、ほれ」
鳥かごの外、目の前に投げ捨てられたのは血に濡れた翡翠のペンダントだった。
「あ...あぁぁぁぁぁぁあ!!」
絶望に足を地面に着くと手を伸ばして必死に、翡翠のペンダントに手を伸ばしていた。
「あまりに面白かったから、とっといたんだった」
豚の声が耳に入ってこない...ただ目から涙が零れ落ちる。
「なんで!?ッ...どうして!...どうしてなんだよ!」
「どうして?お前らが食料で、馬鹿で愚かだからだぜ?」
豚はその場から立ち上がると、必死に伸ばす俺の目の前で翡翠のペンダントを踏み潰した。
翡翠の結晶が目の前で散る。
「..あ....あ...」
「食料が夢見てんじゃねえよ!ぶひッひッひッ!」
豚の笑い声に周りからも俺をあざ笑う声が響いてくる...
頭が真っ白に染まって、女の子との記憶が浮かんでは消えてしまって...もう手は届かない。
(...クソが!...クソクソクソクソクソ...クソがぁッ!!)
俺は今どんな顔をしてるのだろうか、多分人に見せてはいけない程ぶちぎれていた...唇を強く噛みすぎて血が垂れて拳からもちが垂れる、そして涙も零れ落ちた。
怒りに自分がどうにかなってしまいそうだった。
(...なんで...俺は勇者なのに!力が...力が無いんだよ!...俺にもし...クズどもを殺す力があったら!)
その時右目が目が黒く染まって視界が消えて...そこにはある文字が浮かんだ。
それはスキル一覧の表示で「**勇者」が拡大されて表示されると...*が燃えるように消えて、血のような真紅の色の文字がそこに刻まれた。
『殺意』
揺ら揺らと揺らめくその文字が消えると、スキル一覧を無視してある文字が浮かびあがった。
その文字はついには左目にまで侵食して、消えては浮かび上がり、消えては浮かび上がり、脳裏を焼き尽くす程の文字が浮かび上がった。
『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』
(ああ...そうだ...)
目の中いっぱいに広がるその文字に頷いた、その瞬間だった。
黒く染まっていない左目にある文字が浮かび上がる。
【『≪憤怒≫殺戮の剣』殺意と怒りを実体化させ無数の剣を作り出す】
それは望んでいた力だった。
だけど、同時に自分が滑稽に見えてきた。
(今更...なんなんだよ...ふざけんなよ!)
「ふ...ふはははは!!」
クソな獣人どもの笑い声に混じってつい自分も、自分自身に向けて笑ってしまった、自分の道化ぶりに。
(もう..いいや...全部殺そう)
この気持ちに、スキルに身を任せ両手を広げると、無数の禍々しい剣が円状に召喚され、結斗の意思に比例するように鉄の柵をまるで豆腐のように細切れにしてしまう。
「なッ!?てめぇ!?何処にそんな力が!?」
驚く豚に結斗はまるで亡霊のような死んだ瞳で睨み口が裂けたように笑った。
「豚はさぁ...」
「あ?」
「細切れにして生姜焼きだろ?」
豚に向けて右手を向けると、豚に向けた殺意がすべて剣として具現化。
無数の剣が豚を取り囲み、もはや姿が見えない。
「なッ!?なんだこれ!?」
慌てるような豚の息の根を真っ先に止めたくて...
ぐっと拳を握り締めると、剣が一斉に豚に刃を向け、突き刺さった。
「うぐぁぁぁぁぁあ!?」
「貫き」
剣が豚の体をそのまま貫き、悲鳴が上がる。
「切り裂け」
「ぐぎゃぁぁぁあ!!あ...あ...」
竜巻のごとき高速剣が豚をひき肉に変えた。
「あーあ...これじゃあ生姜焼きにできないよ...なぁ?そこで見てるごみ共?」
周りの獣人に脅迫するようにして、さらなる殺意による剣の追加に獣人たちは顔が青ざめる。
「次はちゃんと細切れにしないと...陽菜に怒られちゃうよ...」
それは昔の記憶、陽菜の料理を手伝ったときに「豚を細かく斬って」と言われたからめちゃくちゃ細かくして怒られた記憶。
懐かしい、もう一度陽菜に会いたいよ。
もうこんな世界にいたくないよ...もう俺は...だめかもしれないよ陽菜...
「死ね!化け物!」
「何なの?お前ら」
獣人の男が後ろから忍び寄り剣を振り下ろすが、突如出現した剣に受け止められる。
驚いた様子の狼に黒く染まった目で結斗は睨むと、口をふっと綻ばせた。
「ははは.....もう、死ねよ...」
振り下ろされた剣ごとミンチに変える。
そして次に考えたこと、この剣は俺の思い描く通りになる、ならば...
「全員の首取って来いよ」
親指で首を斬る動作をすると、剣は呼応するように獣人どもを狩り始めた。
それはただの虐殺で、そのアジトのようなところからは、悲鳴と涙を流した少年の高笑いが響きわたっていて。
それを見ていた少女は、ただ羨望の眼差しで見ていた。
(なんて力を持っているの?.....こんなの人の力を超えてる!)
それと同時に憐れみと悲しみの視線を向けた。
昨日まで仲良くしていた少年が壊れてしまったかもしれないことに...
既に辺りは暗くなっていた。
孤児院では寝静まった子供たち、もうとっくに寝ていてもおかしくないがおばあさんは食堂でひたすら待っていた、来るべきはずの獣人を。
「ったく!遅いねぇ!いつになったら報酬を持ってくるんだい!あんな奴隷どもといつまで楽しんでるんだか!!」
それは子供たちがもう寝ているから言えるおばあさんの本音だった。
結局子供たちのことを奴隷くらいにしか思ってないのだ。
と、その時ギ―と鈍い音を響かせて木製のドアが開く。
「おおやっときたのかい!さっさと報酬...をッ!?」
そこに立っていたのは血まみれの少年だった。
咄嗟にいつもの嘘くさい演技に戻る。
「お、おやどうしたんだいぼく!そんな血まみれで!」
どうやって逃げてきたんだ?という疑問をおばあさんはすぐに払しょくする。
そんな考えがあってはいつものおばあさんになれないからだ。
「ねえ...おばあさん」
「なんだい?どうかしたのかい?」
「俺の名前教えてよ」
それはいきなりの質問だった。
「は?え...えーと」
「俺じゃなくてもいいよ?誰か一人でも答えてよ?」
「ぼ、ぼく?今はそんなことよりも...」
「聞こえなかった?教えろって言ってんだよ」
「.....」
答えられなかった、おばあさんにとって子供たちはただの餌であり金でしかなかったから、人間としてみたことなんて一度もなかったから。
「そりゃあそうだよね、食料の名前なんて覚えてないか」
「あんたッ!?...く..くくくく!それが何だってんだい!?獣人どもから命からがら逃げてきて!説教でもしに来たのかい!?馬鹿だねぇ!私にはこの笛でいつでも獣人を呼び出せるのさ!!」
おばあさんは思いっきり角でできた笛を吹く、それは耳のいい獣人なら絶対に聞こえていつもならすぐ駆けつけてくるのに...
「ど、どうして獣人どもは来ないんだい!?まさか酒で酔って...」
「獣人って...これの事?」
担いできた袋を置き、中を開けるとそこから出てきたのは獣人どもの生首。
ゴロゴロと転がっておばあさんの足元に落ちていき。
「ひッ!?...嘘だろう?....」
そこで気が付く、目の前の少年から感じる溢れんばかりの殺気に。
「ち、違うんだ!私は獣人どもに脅されてただけ..で!グあッあ!?」
おばあさんの首を結斗は右手で握りしめて壁に叩きつけるようにして持ち上げる。
その瞳をのぞき込むようにして、言った。
「お前さぁ...マジで救いようがねえよ」
「嫌..だッ...死にたく...な...」
「けど、ありがとう、貴方のおかげでこの世界の事がよくわかってきました...」
殺戮の剣がゆっくりとおばあさんに近づいていき、無情にも脳天を刺し貫いた。
「ぅぎゃぁぁぁぁあ!?...あッ!...あッ!...ぁ...」
「この世界は信じたら負けなんですね」
それがこの残酷な世界の理なんだと結斗はしっかりと理解して、性格と思考が変わってしまった瞬間だった。
おばあさんを殺した後、結斗は一人夜空を見上げた。
思い出すのは少女の言葉。
『優しくてカッコイイお兄ちゃんが大好きだったよ!』
その言葉を思い出すと目からまた涙がこぼれる。
「ごめんね...俺はもう...おかしくなっちゃったみたいだ」
殺人を行い血で汚れてしまった自分の手を見て、もうこの殺意と怒りは引き返すことが出来ないことを感じていた。