第2話 理解
「...どこだよ...ここ?」
目が覚めて見えたのは、木々の隙間から見える青空。
起き上がるために手を地面に着くと芝生の感触、既に理解が追い付いていない。
「なんで俺はこんなところに...スマホ...」
ポケットにそっと手を伸ばして、今更気づく海パン姿に黒のラッシュガード...荷物がすべてない。
「...そうだ俺...」
思い出されるのは海での出来事、時間が止まり、陽菜が扉に吸い込まれて...それで...俺も...
「そうだ陽菜!」
もしあの扉が原因でこんな所に来てしまったのだとしたら、確実に陽菜もこの場所のどこかにいるはずだ。
慌てて立ち上がるが、ここがどこなのか、いやそれよりもまず―
「まず陽菜を見つけないと...」
見た所この辺りにはいない。
全くどこの山奥か知らないが、着崩れしたラッシュガードを整えて、一先ずなんとなく近くに置いてあった木の棒を地面に突き立てて左に倒れたので、左に行くことにした。
木の棒の言う通りに行ってみると、小さな川が流れている。
(確か川をたどってくと街に出やすいって聞いたことが...あったような?)
そこで川をたどるように右に曲がってみる。
しばらく、疲れを我慢して歩き続けていく、その途中ふと考える、どうしてこんなところに来てしまったのかを。
(...ん~...これが神隠しってやつなのかな?)
結斗にはこの現象がいまだに理解が出来ていなかった。
いや、理解ができるはずもないのだが...いきなり山奥に居て、陽菜がいなくて、混乱するに決まってる。
(これって...自慢できる事かな?)
なんてお気楽なことを考えていたその時だった、凄く変なものを見た、そう神隠しなんて出来事が一瞬忘れてしまうほどに...
(な、なんだあれ?...)
小川沿いで緑色の全身タイツで変な顔の骨格をしている人?がいて、さらには原始人っぽい格好に、焚火ををしている。
近くには赤い液体の付着した、むき出しの斧と槍が...日本でこんなリアルな武器初めて見た。
(こういうのをゴブリンっていうんだよな...再現度高すぎだろ)
熱心すぎるオタクがいるもんだ、とだけとらえてそっと後ろを通り過ぎようとすると、ゴブリンオタク共がこちらを指さしてきた。
「ぐが!ぐぎぎぐ!」
「ぐな!ぐみりぐ!」
なんて喚いて近くに置いてある血濡れの斧と槍を手に持つ。
「え、えーと?何か御用でしょうか?」
「.....」
「あの?無言で近づかれると困ッ!?」
それは反射的な反応で咄嗟の事だった、結斗が後ろに体を傾けたおかげか振るわれた斧が横なぎに結斗の腹部をかすめた。
「いきなり何を!?うおッ!?」
槍を突かれたが比較的遅い、流石にコスプレオタクじゃ大した力は無いようだ。
「いきなり何すんだ!?」
腹部から血が垂れて命の危険を感じたのか、つい、木の棒を相手の脳天めがけて振り下ろしてしまった。
(あ...やってしまった...)
擬似ゴブリンが後ろに倒れてしまってから、後悔する。
これ裁判沙汰じゃないか?...という事に、てかこれ大学行けるだろうか?辺境の地でゴブリンオタクと暴力事件とか恥にも程があるし、陽菜と約束した大学へ進学できないかもしれない。
そんなことになったら、今までの苦しみしかなかった勉強がすべて無駄になる。
「え、あの、せ、正当防衛ですから!」
それだけは言う。
てか言わないと捕まる!
もう片方のゴブリンオタクが倒れたゴブリンオタクに駆け寄っている。
(死んでは...ない、よね?)
いやいや、ただ頭を木で殴りつけただけだし。
酷くても脳振頭くらいでしょ、と思ったその時、首がだらんと横に落ちてしまった。
(え?え?え?嘘だろ?どんだけ脆い首してんだよ!?)
そんな俺の疑問と焦りも知らず、もう片方のゴブリンオタクは倒れた疑似ゴブリン...いや、疑似なんて失礼だろうか?もうここまでの熱意があったら本物だと認めてやるのが優しさかもしれない。
まあ、ともかくゴブリンは一瞬親の仇のような目で結斗を鋭く睨みつけ、威嚇のように歯を鳴らし口に指を突っ込み、「ピー!!」と甲高い音を鳴らす。
「え?何?」
嫌な予感がして周りを見渡すと、走りかけてくるような雑音が響く。
「う、嘘だろ?おい」
大量のゴブリンが完全に周りを包囲していた。
「どれだけの人数でゴブリンの変装してるんですか!?」
ゴブリンオタクの会合でもやってたのかもしれない、それはどれだけコアな会合何だろうか。
身の危険を感じた俺は近くに落ちてた斧を手に取る。
正直な所、周りのゴブリン達の目つき的に殺される気がした。
もしかしたらなりきるあまり、心までゴブリンに...もうそれは一種の洗脳にしか見えてこない。
日本のアニメ文化にここまでの影響力があるとは...怖すぎる。
(.ッ...どうすれば...)
周りに隙はない、徐々に川まで追い込まれて...
(あ、俺泳げる)
自ら川に飛び込んだ。
そのまま川を横断して、反対側の陸地に登る。
この時ほど水着でよかったと思ったことはない。
「はぁ...良かった、流石にあの変装状態じゃ水の中は無理...」
そんな訳もなく、ゴブリンは川に飛び込み追ってきた。
「嘘だろ!?色ハゲちゃいますよ!?」
と思ったが、水から出てきたゴブリンの色がハゲていない。
(防水塗料だと!?ッ!)
意地になって森の奥まで走り抜けた。
このままだと殺される気がする。
何十分も森の中を走り抜けてきたが、一向に撒ける気配がない。
(クッソ!...体力がもたない!)
必死に呼吸をしながら走り抜けていくと、木の隙間から何やら人達が見えた。
その人達は頭に獣耳を生やし槍などの武器を持っている。
(...獣人コスプレイヤーまで!?)
なんなんだこれは?異世界ものの劇の中なのか?もしそうならなんか、あれは冒険者っぽい。
「おーい!!助けてくれ!!」
必死に呼びかけてみると、こちらを振り向いてくれた。
(よしッ!これで助かった!)
と、思ったその時、その人達はまっすぐと弓を...俺に向けた。
(なッ!?)
驚くと同時に、矢の雨が降り注ぐ。
やばい!と、ゴブリンも獣人もいない方向に逃げ出すが、
「いッ!?ぐぅぁッ!!」
足に深々と矢が突き刺さる。
痛みに頭がどうかしそうだ。
ただ、その生々しい痛みが結斗のふざけた思考を吹き飛ばしてくれて...分かった。
(...なんで...あんなタイミングで...)
ゴブリンオタクの会合?違うあれはまじのゴブリンだ。
多分あれは獣人、人と共存する生き物、のはずだが...何故か敵対されている。
そして平然と人を殺そうとする事実から、導き出されるのは...
(...異世界召喚なんて!...)
そんなふざけた事実だった。
だけど今はそんなこと気にしてられない、ここままだと普通に死ぬ。
(...ともかく..逃げないと!)
後ろから撃たれる矢から逃げるようにゴブリンがいない方向へと足を引きずりながら、走った。
痛みを堪えながら走り抜けた。
その様はまさに死に物狂い、腹痛に、足の痛みに、喉の血の味。
全て気にしていられなかった、どんなに苦しくても走り続けなくてはいけなった、じゃないと、殺されるから...
気づけば既に夜だ。
辺りは暗くなり、目の前が何も見えない。
(やば...い...体力が..もう...)
そこで結斗の体は力なくその場に倒れこんだ。
結斗はもう動けない、目がおぼろげになり意識が混濁すると...その場に力尽きてしまった。
♯
陽菜が目を覚ましてまず始めに視界にとらえたのは、白い天井と窓の外から見える沈みかけの太陽だった。
少しまぶしそうにしながら体を起こすとフカフカのベッドに、見知らぬ部屋。
(ここは?何処...)
起き上がってみると体がスースーする、服が何故か水着のままで、乾ききっていない。
(あれ?私ゆいちゃんと...海で...)
そこで思い出す、自分が海で溺れた事を...
確かゆいちゃんが助けに来てくれた、そこまでしか覚えていない...ただ...
(これ...ゆいちゃんの...)
結斗の少し長い髪を私が面白半分で結んだ時に使ったヘアゴムを、何故か私は握りしめていた。
「起きられましたか喜の勇者様」
部屋の扉が開き少し低めの声が部屋に響く、見てみると白いローブに身を包んだ青年がいて、その青年はそう、漫画やアニメでありがちなセリフを私にいったのだ。
「はい?」
話を聞いてみると、なんとなく分かった。
詰まる所私は勇者召喚でこの異世界に召喚された。
で勇者には、それぞれ喜怒哀楽の感情を司る4人の勇者がいるらしく、それぞれ特殊な力を持っているとの事。
それで私は喜、まあ、性格が喜怒哀楽というわけではなく、能力がそれに関係するのだとか。
喜は人々を笑顔にする力、怒は人類の敵を殲滅する力、哀は人々を率い共感する力、楽は相手を楽にする力...らしい、最後だけなんか違う気がするけどまあいいや。
喜の勇者がどうやら私らしい。
てか、別にそんなのどうでもいいから私はゆいちゃんに会いたい。
異世界召喚は確かに憧れてたけど...今は異世界なんかよりもゆいちゃんが大事だし。
「元の世界に帰らせてください」
「申し訳ありませんが、それは出来かねます」
「何故でしょう?」
「勇者様がたが帰るにはこの世界の悪を、魔王を滅ぼすほかないかと...」
「ふーん...」
(まあ、王道って言えば王道なのかなぁ?....)
けど、正直私今は興味ないかな、ゆいちゃんしか興味ない。
(けど帰れないしなぁ〜...)
そもそも本当なのか、若干怪しい。
帰ってもらっては困るから、嘘をついているだけかもしれない。
疑いの目で目の前の青年を睨んでいると、突如背筋に悪寒が走った。
ゾクゾクっと肩が震える。
「な、なに今の?」
「ああ、申し訳ありません、今本物の勇者様であるか確認の魔法を唱えさせていただきました...」
「魔法...」
やっぱり異世界、当然魔法だってあるか。
だったらスキルとかもありそう、ゆいちゃんと一緒だったら楽しいのに...
「ですが良かったですよ...しっかりと喜の勇者様だったようで...」
「?まるで偽物の勇者がいるみたいな口ぶりですね?」
「このような話、すべきではないのでしょうが.....勇者様方は喜怒哀楽と4っつの感情を司っています、ですがまれに5人目の勇者が現れるのです」
「5人目...」
5人目.....ゆいちゃん、もしかしてこの世界に来てたりしないかな...
「その名は、殺意の勇者」
「殺意...」
「殺意とは感情ではあるが故に、全ての感情を持っています、喜びであり、怒りであり、悲しみであり、楽しみである」
「楽しみって...喜びって」
「楽しくて人を殺す者もいるでしょう?殺すことが出来て喜ぶ者もいるでしょう?」
「...確かに」
そんな快楽殺人鬼が日本にもいた気がする。
「ですが、それの何か困るんですか?」
「その勇者は...我等の国では敵です、もしも見つけたら即座に抹殺を命じられています...」
「...なんでそんなひどいことを...」
「いずれ勇者様方の邪魔になるからですよ、もし見つけたら躊躇なく殺してください、それがこの世界の為なのです」
もしかしたら、この世界に結斗も私に巻き込まれて...とかあるかななんて思ったけど。
出来ることなら来ないでほしい、こういう時の結斗の運の悪さを陽菜は十分に知っているから...
(もし、まきこまれてるなら...どうか何の力もありませんように...)
結斗の事が心配で、どうかと心の中で祈った。
「無駄話が過ぎましたね、ではこちらへ、女王がお待ちです」
連れられるがままに、その男の人に一先ず陽菜はついて行った。