その幼馴染みは魔術オタクなるモノ
空気と同じ。
古江家をあとにし、次の目的地へと足を運ぶ。
「はぁ、忘れてた。俺、あの人苦手だったわ」
お使いを安易に引き受けたことを、終わってから後悔する。
後の祭り、ということわざを身を以て体験した。
収穫と言えば、
「美波さんの連絡先を入手したことくらいか。は、別に人妻が良いと思った事なんてないけど。あんな美人奥さんの連絡先を持ってるってのは、一種のステ—タスってやつか?」
そんなこんな、愚痴に嬉しさを混ぜ、微妙な味になったタイミングで次の目的地へと辿り着いた。
「おお、でっかい本屋。射火にあるのとは大違いだ」
射火とは剱の住む市の名前で、今いるのは星川市。
先日、この星川に大型の新しい本屋が出来たと聞いてやってきたのだが。
「さてと、中をグルグルと何周かして帰りますか」
本を買うことが目的では無く、本屋独特の雰囲気、匂いを味わい、たまに適当な本を手に取りパラパラと捲る。
それが剱の唯一の趣味なのだ。
早速、大型本屋に入場。
構造は、三階建てで、最上階ではカフェも開店している。
剱はまず、エレベ—タ—に乗り二階からの散策を試みる。
客は互いが邪魔と感じないほどの人数。いや、場所が広いだけで、視界に映る人数だけでもかなり多い。
「どの本棚から見るかなぁ」
いつもは足に任せて歩くのだが、ベテランの剱でもこれだけ大規模の本屋は初めてなので、今回は慎重に順路を決める。
「――よし、あの本棚から」
「あれ、あんた。なんでこんな所にいるの――?」
体感十秒の決断だったが、現実では十分と時間が経っていた。
「ん?」
いざ、右足を前に出そうと軽く持ち上げた直後。
聞きすぎた、見なくても判る嫌な声がした。
声がした右方に、まずは視線だけをやる。
「――――」
ああ、やっぱりだ。と言いたげな表情に顔を歪ませる。
「なに、その顔。子供が新しいおもちゃ買ってもらったけど、夕飯でピ—マンが出たみたいな……何とも言えない顔」
その表現が適切なのか判らないが、恐らくはとんでもなくシュ—ルな顔をしているのだろう。
「はぁ、逆にお前はすっごい嬉しそうだけど」
「そうかな? 知り合いを見つけたら話しかけるモンじゃない?」
「俺は無視するけど」
「そんなこと言わない! ……で、何してるの?」
出会ったのは、幼稚園からの腐れ縁。
所謂、幼馴染みというヤツの陽導齊花、ピチピチの女子高生だ。
――と言いたいのだが。
塩がしょっぱくないぐらいに、コイツは現役女子高生っぽくない。
恐らく、髪の手入れや肌の手入れなどもしたことは無いのだろう。それをしなければ女子高生では無いという極論では無いが、コイツの場合はそれに興味を少しでも傾けた方が良いと思うのだ。
まぁそんなことせずとも、元がいいので関係ないだろう。
長い黒髪は撫でたくなるくらいに輝いているし、お目々もクリックリ。
スタイルも良く、頭もそこそこ良い。
絵に描いた様な完璧美少女と、表面上はそう思うが、いやそう思いたい。
つまりは―――性格に難有りと言った所だ。
「別に、お前の方こそ――ああ。制服着てるって事は学校帰りか」
「うん。まあね似合うでしょ?」
「とっても」
膝がすっぽりと隠れるくらいの長いスカ—トは、ヒラッと一回転しただけでめくれることは無い。
それに、この会話も既に何回目だろうか。
剱が適当に促すのも合点がいく。
「で、土曜日に学校に行ってきたお偉いさんは何のご用で?」
「あぁそれは、え――。あ――、――少しね」
「何だそれ。誤魔化さないといけないこと?」
「……あんたねぇ。そう思うなら、普通は聞かないのが人情ってモンでしょ」
「ふ——ん」
意味ありげに、口角を上げる。
「な、なな、何よ?」
「いや、お前はアレ以外に興味が無いモノだとばかり――」
そうやって、意味ありげな口調で煽ってみる。
「後ろに隠してるソレ、なに?」
「ギクッ——」
「へー斎花、料理に興味があるんだ? てっきり魔術以外に興味がないとばかり」
「あぁ! また言った! 失礼しちゃう、私だって魔術しかないと――……何でもない」
齊花は言葉を濁す。
いつもなら勢いのまま、まくし立てて来る筈なのだが、今日はいやに塩らしい。
「……まぁ、いいや。それじゃ」
何かと判りやすいヤツだ。恐らくは何か有るのだろうが……それを知りたいとは微塵も思わない。
齊花とは幼稚園から中学までの付き合いだが、これまでに何度も「何かあった?」と言う具合に気遣ってきたが、一度も本音を言ってくれたことが無い。
つまりは、まぁ。一緒に居る時間は長いが、それだけの関係という事だろう。
「う——ん。あ、やっぱり……待って」
けれど、今回は違った。
見定めた本棚に足の向きを向けていたが、剱はわざわざ齊花の方へと向き直る。
「あのさ、お昼ご飯食べた?」
「はい?」
あまりにも突拍子もない質問だった。
「だから、お昼ご飯! もう食べたの?」
「え、いや家に帰ってから食べるつもりだけど……」
「じゃあさ、私と一緒にどっかで食べない?」
またも、唐突な提案だった。