Relationship.2 -遭遇しろ! その敵-
『いやーごめんね。でもおかげで助かったよ』
放課後、街をブラブラしている途中でルタは平謝りしてきた。
なんだ、僕と同じでやっぱり美味しいってのは嘘だったんだな。あんな味なんだ、仕方ないよ。
『う、うん、そうだね……』
ルタはらしくないどこか気落ちしたような声を出した。まあ、これ以上悪く言うのも失礼だしこの話はここらで終わりにしよう。
ところで話は変わるけど、結局この前のあの二人は何者だったんだろうな。カラットなのは間違いないんだろうけど。
『私もいろいろ考えてみたんだけど、オパルみたいに意識を支配されてる感じじゃないのは確かだと思うよ。あの二人の中にもカラットの血は感じられたけどオパルほどではなかった。たぶん、元の人格とカラットの人格が混ざってるんじゃないかな』
確かに操られてるってより自分の意思に基づいて行動してるって感じだったな。ていうか、前から気になってたけどカラットの血って何なんだ?
『なんか私、人間の身体からカラットの血を感じることができるみたいで』
カラットの血を感じる? なんだそりゃ。
『人間の血液が黒、カラットの血液が赤のイメージで見えるんだよね。ただ、ある程度の量がないとダメみたい。なんで人間の身体にカラットの血が混ざってるのかはわからないけど、カラットの復活に関係しているのは間違いないと思う』
カラット……倒さなきゃいけないのに聞けば聞くほど謎が深まる存在だな。復活って言っても、以前いつどこで何をしていたんだろう。うーん、まだまだわからないことだらけだ。
いつもは何周も歩き回る通りを今日は通り過ぎてそのまま駅へと向かった。2駅先にある両親の住む実家へと帰るためだ。ただたまには帰らなきゃなと思っただけで、特にこれといった理由があるわけではない。
『正義のお父さんとお母さんってどんな人なの?』
どんなって言っても……普通だよ。共働きであんまり家にいないけど、特に厳しかったりするわけでもないし。まあ、悪い人じゃないよ。
へぇ、と無感情でルタは呟いた。お前、自分で聞いときながら……。
もともと家に僕一人でいることも多く、余命宣告を受けてからは祖父の家で過ごすことが増えてきたのでここ数年はあまり話すこともなくなった。
決して仲が悪くなったわけではないし、通院費とかも払ってもらっているので感謝している。ただ、少しずつ両親との精神的な距離は離れていき、微妙な関係になってしまった。
駅に近づくほど巨大なビルや電器店が増えていき、行き交う人々の波も大きくなっていった。この辺りはいつまでもうるさくてあまり好きじゃない。ルタは物珍しいのか感嘆の声を上げながら興味深そうにしていたが。
駅前でひときわ目を引く巨大モニターは夕方のニュースを映していた。若い女性が何者かに次々と殺されている事件だ。計画性はなく共通点は若い女性、目撃情報は一切ないらしい……まさかな。
「カラットの仕業かって?」
耳元で何かに悦びを感じているような声がぞわっと響く。身体がビクッと震えて思わず肩を上下させた。この余裕たっぷりの聞き覚えのある声……。
恐る恐る振り向くとやはり声の主はエコーだった。「よお」と手を上げフランクな挨拶をかましてくる。情けないが怖くて声が出ない。
「そんなに怯えるなよ。俺は駅前を散歩するために生まれてきた男だ、今はお前と戦ったりしねえよ」
街並みを眺めながら渋い表情で語るエコー。パーカーのポケットに手を突っ込んでいるのがなぜか妙に絵になる。少し拍子抜けしたが、戦うつもりはないみたいで安心した。
「俺も正直よくわかってねえんだよ、この状況。急に変な力が手に入ったと思ったらあのメガネ野郎、アメジストに一緒に来るように言われてよ」
エコーは何かを確かめるように両手を握ったり開いたりしている。力を手に入れた……ルタの言った通り、やっぱりオパルとはちょっと違うみたいだ。
「けど、今はすごく楽しいぜ。持て余してたエネルギーを爆発させられるからな。それに——」
そこまで言うとエコーは僕の左手首を掴んだ。ギラギラした鋭い眼差しでジュエライザーを見つめている。
きっと彼はそこまで力を入れてはいない。けど、振りほどこうと思っても全く力が入らない。
おいおい、戦わないって言ったよな!?
「お前という存在に巡り会えたからな。お前との戦い、楽しみにしてるぜ」
パッと僕の腕を離したエコーは獲物を狙う獣のような目つきをしていた。その目を見ればはっきりとわかる。本当は今すぐにでも僕と戦いたくて仕方ないんだろう。全く、とんでもない奴に目をつけられたもんだ。
「お、お前たちの目的って何なんだよ」
ようやく声を出すことができた僕はそれでも少し怯えながら疑問を口にした。エコーは顎に手を当ててじっと考え出した。……なんか、掴みどころがあるのかないのかよくわからないな、こいつ。
「ざっくり言えば人間を殺しまくるんだと思うぜ。アメジストのやつも結構やってるみたいだしな。まあ俺には関係ない。お前と戦えればそれでいい」
愉悦に浸るエコーは不穏なことを口にした。殺しまくるって、ざっくり言って物騒すぎないか。
「おっと散歩の続きだ、じゃあな。その中のやつにもよろしく言っといてくれよ。……お前、彼女とかいるなら気を付けた方がいいぜ」
彼はジュエライザーに一瞬目を向けると、駅とは反対の方向に去っていった。残念ながらいないんだよなあ。
ていうかあいつ、ルタの存在にも気づいていたのか。緊張状態から解放され一気に脱力感が押し寄せてきた。はあ、疲れた……。
『エコーの血液は人間のとカラットので半分ずつくらいだったから、どうやらカラットの力を自分のものにしたと見て間違いないみたいだね』
こっそりエコーの血液を解析していたルタがそう教えてくれた。自我を飲み込まれなかったってことか。なるほど、あんなに自信満々なわけだ。正直、あいつめちゃくちゃ強いからもう戦いたくないんだけどな。
最終的に自分で決めてクリスタルライザーになったとはいえ、これからいろいろと面倒くさいことが起こりそうだなあ。
敵が出ては倒して敵が出ては倒して、最後の一人を倒した時に僕はどうなっているんだろう。世界はどうなっているんだろう。そもそもラスボス的存在と対峙するまで僕は生きているのかな。
ヒーローといえば仲間だけど……それは僕にはできないかもな。社交性はほとんどないし、五十嵐さんとも未だに拗れたままだし。まあ、自分で決めた道なんだ。人に頼らずに一人でやり抜こう。
ごちゃごちゃ考えているうちに本来の目的を忘れかけていた僕は、夕陽が傾き始める中、足早に駅へと向かう。そして、もう少しで出発しようとしていた電車に急いで乗り込んだ。