射的
というわけで、僕は五十嵐さんの右隣をそわそわしながら歩いていた。
ルタは道中で『彼氏いない組』に捕まって僕達と離れ、メルラさんは後ろからこっそり尾行している。
「ここ何年か来てなかったから、屋台の並びとか、いろいろ懐かしいな。石海くんはどう?」
「そ、そうだね。僕も小学生ぶりかな」
「あぁー、私もあの頃は毎年行ってた。お小遣い使いすぎて、お母さんに怒られたなぁ」
スタジアムの外縁に沿って並ぶ二列の屋台。右を見ても左を見ても活気に溢れていて、空気も熱を帯びている。
屋台同士に挟まれた緩やかにカーブした道の真ん中をゆったりと歩いていた。
『沈黙が5秒以上続いています。次の話題をお早めに』
そして、耳を震わせるメルラさんからの指示。
分かっている。さっきから全然会話の主導権を掴めてないことは分かっているんだ。
どういうわけか、今日は僕が五十嵐さんをエスコートしなければいけないらしい。必死で頭をこねくり回しているものの、そのイメージは全く湧いてこない。
上手く話を広げるスキルなど持ってないので、せっかく会話しても単発的なものに終わってしまう。本当にどうすればいいのだろう。
『前方右斜めの方向に射的がございます。あちらはいかがでしょうか』
言われて視線を右に寄せる。
すると少し遠くに、アニメのキャラクターのお面をつけた子どもが身を乗り出して楽しそうに引き金を引いていた。
なるほど、遊びに興じればいいんだな。
ふわふわした楽しい時間の中なら、難しく考えなくても自然とこちらから会話を弾ませることができそうだ。
僕は溜まった唾を飲み込み、できる限り自然な感じで射的の方を指さした。
「あれ、なんか楽しそうじゃない?」
作り笑顔を浮かべながらも五十嵐さんの顔色を窺っていた。
文法はおかしくないか、声のトーンは大丈夫か、ちゃんと自然体を装えてるか。重箱の隅を何とやらという奴だ。
「本当だ。やったことないから上手くできるか分からないけど……まあ、行ってみよっか」
柔和な笑みに「快諾」の二文字がよく似合う。
僕から誘った感じがあまりない気もするが、良しとしよう。
数人が並ぶ列の最後尾について、奥を覗き込む。コルクが銃口から飛び出していく小気味よい音がしている。
弾数は最大五発だが、景品の前に置いてある的に当ててゲットできればその数だけ追加で撃てるらしい。これは頑張ってやらねば。
『正義様。狙いはもちろんお分かりですね?』
何だか徐々に教官の如き厳しさを帯びていくメルラさんの口調。
当然分かるはずもなく、小さく首を横に振る。
『上段左端にクマのぬいぐるみがございます。あれのみに照準を定めて、倒すことができたら奈乃様にプレゼントなさってください』
仰せの方向に目をやると、確かに愛らしいシロクマがちょこんと座っていた。
もらって嫌ではないだろうが、それで本当に五十嵐さんとの距離を縮められるのか……?
『なるべく弾数は少ない方がいいですね。正義様がクマに異常な執念をお持ちだと勘違いされかねませんので』
確かに、景品の中には流行りのゲームだったり、それ以外にも男性が狙いそうなものはたくさんある。
その中でクマのぬいぐるみのみを狙い続けるというのは、ちょっと不自然というか違和感があるかもしれない。
こそこそと作戦会議をしているうちに、前に並んでいた子どもがキャラクターのフィギュアをゲットして母親のもとへ駆けて行った。
いよいよ僕の番だ。カッコいいところを見せるぞ!
「いらっしゃい! 弾は五発までね!」
気前の良さそうな白髪の男性に銃と五発のコルク弾を渡される。小銭を払ってから早速銃口に装填した。
「頑張って、石海くん!」
その声に黙って頷いた僕は、腰くらいの高さの台に身を乗り出す。
狙いは上段左端。少し高さはあるが、あまり上を狙い過ぎても身体がブレて、かえって変な方向に行ってしまうかもしれない。
ここは下の景品のてっぺん辺りを狙うくらいでいいだろう。
そんな作戦を立てながら発砲していくが……これがまあ当たらない。
正直、そこまで難しいものでもないだろうと高を括っていたのだが、一向に的を得られなかった。
結局、僕はどこに掠ることもなく弾切れとなって終わりだ。
「あらぁ、意外と難しいんだね」
五十嵐さんは僕が思っていたことをそのまま口にした。
流れるように交代し、次は彼女の番に。
「どうしようかな。試しにあのクマさんを……」
呟いた五十嵐さんは僕と同じように照準を上段左端に。
細い指が引き金を引くと、空気に押し出される形でコルクは勢いよく銃口に別れを告げ──
「おっ! おめでとう、クマのぬいぐるみゲットだね!」
そのまま、的にクリーンヒットしたのだった。
僕はおろか、本人もそれに驚いている。
ていうか、本来は僕が当ててプレゼントするはずだったのにな……。
「凄いね……一発で当てちゃうなんて」
『正義様、大変情けのうございます』
メルラさんから丁寧に罵倒されつつ、次も当てようと意気込む五十嵐さんをそっと見守っていた。
普段は長髪で隠れている首元が、今日ははっきりと見えている。
背中に続いていくすらっとした美しいうなじに、思わず目を奪われてしまう。
普段とは違う彼女の姿に心臓を高鳴らせて、ふと改めて認識すること──彼女はとても美人だ。
彼女の元々の人の良さが外見にまで良い影響を与えているのか、はたまた精微に整った御顔を持つからこそその人柄も素晴らしいのか。
それはもう鶏が先か卵が先かみたいな問題だ。
彼女の人間としての美しさに変わりはないのだから。
五十嵐さんと一緒にいていいのだろうかと、時々思う。
彼女はいつだって僕を光のある方へ導いてくれた、本当に大切な友達だ。
だけど、彼女を一人の女性として見る度に。
僕の主観的なフィルターを取っ払って見る度に。
僕と彼女は不釣り合いなんじゃないか。
本当は僕なんかといたくないんじゃないか。
そんな劣等感と不安に苛まれる。
「──石海くん、これ」
考えこんでいる間に全弾撃ち終えたようで、五十嵐さんは僕のもとへ駆けよって来る。
その手には、紙製の箱に入った小さな指輪が。
「ごめんね。本当はゲーム機を狙ってたんだけど、全然当たらなくて……」
前方に目をやる。少し奥まったところにゲーム機の的はあり、そのすぐ下にこの指輪の的があった。罠のように置かれたハズレ枠ということか。
「そ、そうなんだ。けど、なんで僕に?」
苦笑する彼女を前に僕は首をかしげる。
結果は失敗に終わったが、僕が彼女にプレゼントするのには、より距離を縮めるためという目的があった。
逆に、彼女が僕に渡す理由なんて──
「うーん、なんでって言われても……あげたいと思ったから、かな?」
──本当に、理由はなかったみたいだ。
「あげたい、から?」
「うん。私が石海くんにあげたいから。ああっ、別にいらないからとかじゃないよ!」
勘違いされぬように両手を振る五十嵐さん。僕も焦って頷く。
「ひょっとして、クマさんの方がよかった?」
困り顔から、手に持ったぬいぐるみを掲げて少しいじわるな顔へ。表情の変化が豊かだ。
「クマはちょっと……。指輪、ありがたく受け取っておくよ」
手渡された指輪はプラスチックか何かでできている、高価な感じも変哲もないものだ。
けど、どこか特別に見えてしまう。大切にしよう。
「じゃあ次、行こっか」
……ふと、提灯の光がぼやけて、世界の全てをあやふやにさせる。
その中に五十嵐さんの嬉しそうな笑顔だけが僕の目にはっきりと映っていた。
なぜか息が苦しくなる。胸が痛む。
頬の辺りに弱い電流のような、よくわからないヒリヒリとした感覚が走る。
僕は五十嵐さんを見ると不調を来す病気にでも罹っているのだろうか。
「ん、どうしたの?」
そう声をかけられたことで、目の前の景色が鮮明さを取り戻していく。
──今は、彼女と良い時間を過ごすことだけに集中するんだ。
頭を振った僕は、掴みきれない自分の気持ちを誤魔化しながら彼女のもとへ駆け寄った。





