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夏祭り

 駅前の巨大スタジアム。その周辺の広い敷地を目いっぱい使って、毎年8月の終わり頃に夏祭りが開かれている。

 規模だけでいえばそこそこ大きな祭りで、そこそこ有名なお笑い芸人やそこそこ有名な歌手が特別ゲストで来ることもそこそこある。

 屋台の数や花火の質も、そこそこだ。


 通称『そこそこ祭り』。

 これは僕しか使っていないのだが、いずれ広まってほしいものである。


 そんな祭りに僕はガラク一家と来ていた。いや、連れてこられた。

 そこそこ規模が大きい弊害として、この祭りはトラブルも起こりやすいのだ。三駅遠い辺りからから来た人とこの辺りの人のいがみ合いなんて、もはや祭りの正式なプログラムの一つなんじゃないかと疑うくらいの高頻度だ。


 面倒くさいことにはとにかく首を突っ込みたくないので、できれば行きたくなかった。解放感のある海よりも人の密集具合も大きいし。

 それでも僕がここに来たのは──


「あっ、いたいた。奈乃ー!」


 元気よく手を振りながら駆けていくルタ。いつもより歩きにくそうなのは、僕の母が昔着ていた浴衣に身を包んでいるからだ。

 少し濃い青地に白の花柄。普段のおバカ全開元気溌剌(はつらつ)な雰囲気も幾分か抑えられているように感じられる。もちろん、首元にはガラクがぶら下がっている。

 浴衣を着ていきたいと言い出した時はどうしようかと思ったが、祖父の家に綺麗なまま置いてあったのでよかった。


 同じく母のおさがりを着たヒスイも一緒に来ていたのだが、先ほどクラスの友達と遭遇してそのままそちらに付いて行った。

 仲良くやっているようで、何よりだ。


「ルタちゃん! うわぁ、すごく似合ってる!」


「でしょ~。そういう奈乃も綺麗だよ!」


「んふ、ありがとう。石海くん、こっちこっち」


 僕に気づき、陽だまりのような笑顔で手招きする五十嵐さん。

 桃色に近い赤を基調とした、色とりどりの花が咲いている浴衣。けどカラフルさはあまり感じなく、本人の雰囲気も相まって落ち着きがある。

 髪型は、お団子という奴だろうか。いつものさらっとした長髪が頭の上で丸く収まっている。


「……う、うん」


 返事が遅れたのは、何一つ言い訳などできないほどに見惚れていたからだ。

 普段とはまた違う、いつもより大人びたその姿に。


 慌てて駆け出す僕が今日ここに来たのは、彼女も来ていたからだ。多分。






 それは、スタジアムに到着する前のことだった。

 初見なので浴衣の着方がこれっぽっちも分からないルタとヒスイに、女の子に浴衣を着せてあげる勇気がない僕が家にいた。


 物理的に僕が着せてあげなくても、調べながらあれこれと教えてあげる方法もあった。だがいずれにしろ、それは僕が二人が着替えるところに同席することになってしまう。

 いくらもう家族同然の仲とはいえ、さすがにそれは憚られた。何だかガラクにも申し訳ないし。


 そこへ救世主のごとく現れたのは、メルラさんだった。なぜここにいるのか問う前に、僕は二人の着付けを頼んだ。

 女性同士なら問題ないし、何よりメルラさんは既に黒い浴衣をバッチリ着こなしていたからだ。


 祖父から譲り受けた藍色の浴衣を着た僕が一階のリビングで待っていると、引き戸をノックする音が聞こえた。


「失礼いたします」


 静かに戸が引かれ、凛とした表情のメルラさんが入ってきた。深緑の髪色がその浮世離れしたような大人っぽさを際立たせる。


「あれ? もう終わったの?」


 三人が隣の部屋に入ってからまだ数分程度しか経過していない。そんなに早く終わるものなのだろうか。


「先にヒスイ様にお着付けさせていただいたところ、ルタ様にはヒスイ様がお着付けなさるということでしたので」


「そっか……助かったよ、ありがとう。でも、どうしてここに?」


 僕よりも高い身長を縮めて正座した彼女は、射貫くように僕を真っ直ぐ見た。それだけで僕に用があると気づかせる力がある。


「本日私がこちらに赴いたのは、お仕事で来られない小城様の依頼でございます」


「こ、小城さん?」


 またあの人か。今度は何を考えているのやら。


「はい。今日一日、私が正義様のサポートをさせていただくことになりました」


 一切の感情を込めずに淡々と話すメルラさん。

 何もわからない。意味不明だ。


「どういうこと?」


「小城様の話によると、正義様は奈乃様とよりお近づきになられたいのだとか。そのお手伝いをお任された次第でございます」


「……んん!?」


 曲解だ。僕がいつそんな話をしただろうか。

 いやまあ確かに、一時期の本当に気まずかった時期を考えるとかなり関係は改善された。お互いに過去のしがらみを気にすることなく接することができている気がする……少なくとも僕は。

 その一助となってくれた小城さんに感謝もした。


 けど、別にこれ以上深い関係になろうという気はない。

 もっと親交を深めて仲良くなれればそれはとても良い事だけど、今のままでも大切な友達としては十分だし、それ以上の展開を望んではいないのだ。


「何かご不満がありましたか?」


「いやっ、うーん、僕にその気持ちが全くないわけじゃないけど……。なんて言うか、別に今のままでもいいんだよ。近づきすぎてお互い傷ついちゃうなんてこともあるかもしれないし……」


「なぜ、そう思われるのですか?」


 わずかに目を細めて、一縷の迷いなく僕に問う。

 この人の前では少しの言い訳も通用しなさそうだ。


「……では、仮に奈乃様がそうお望みだとしたらどうでしょう」


 五十嵐さんが、もっと僕との距離を縮めたい……。そんなことがあるだろうか。


 『あの時』の彼女とのいざこざは、客観的に見れば僕が一方的に悪いと言えるものだった。

 僕はもちろん罪悪感を抱いているが、僕のせいで彼女にも罪悪感を抱かせているかもしれない。実際、そう思わせるような場面も何度かあった。

 もしそうなら、関係を完全に修復させるためにあちらから動こうというのも一応納得がいく。


 でも、いくら人が良い五十嵐さんでも、そこまで思っているだろうか。

 僕の一方的な悪意を罪悪感に変換して僕ともっと仲良くなりたいだなんて、到底思えなかった。


「五十嵐さんもきっとそんなこと思ってないよ。だからやっぱり、今のままでいい」


 今度はしどろもどろせずに言い切った。

 するとメルラさんは目を閉じて、しばらく黙り込み──


「いえ、やはり今のままではいけません」


 より強い目付きできっぱりと僕に言い放った。

 理論を整理した上での結論にも、彼女自身の意地にも見えた。


「な、なんでそこまで……」


「それが正義様の本当のお気持ちだという確証が存在しないからです」


「本当の気持ちって、僕は今のままで……」


 そこまで言って、続きは出なかった。


 海に行ったあの日くらいからずっと心にモヤモヤした気持ちを抱えていて、でもそれが何に対するどういう種類の感情なのか全く分からずにいた。

 正体不明のそれこそが、メルラさんの言う「本当の気持ち」なのかもしれない。


 なら、僕はそれを自分で解明しなければいけない。

 そこに本心があるのだとしたら、自分の力で気づかないといけない。


「正直言って、僕もあんまり自分の気持ちが分かってない……みたい。それが自分の本当の気持ちに気づくきっかけになるって保障はないけど、お願いできるかな。僕のサポート」


 崩していた姿勢を正して、僕はメルラさんの瞳を負けじと真っ直ぐ見つめた。

 僕の言葉に彼女の頬がわずかに緩んだ気がした。きっと気のせいだけど。


「──かしこまりました。では、こちらを」


 そう言って彼女が僕に手渡したのは、片耳だけのワイヤレスイヤホンだった。僕が最終的に了承することを確信していたかのような準備の良さだ。

 右耳にするように言われて、グッと耳にはめ込んだ。


「そのイヤホンに適宜指示を送らせていただきます。奈乃様に気づかれないように、極力奈乃様の右側を歩いてくださいませ」


 渡されたイヤホンは最新型のかなり小型のものであり、耳にぴったりフィットしている。

 常に五十嵐さんの右側にいることを意識して、なおかつ僕の右側に回らせないようにすればバレることはないだろう。


 だが、そもそも。


「そもそも……五十嵐さんは祭りに来るの?」


「ご安心ください。小城様によってその手筈は整っております」


 あの人は本当に……。

 どういう風に誘い出したのか知らないけど、さすがと言うべきか何と言うべきか。


「はぁ……分かった。とにかく僕は五十嵐さんと……何をすればいいんだろう」


「二人きりで楽しんでいただきます。出来れば、正義様がエスコートする形で」


 ふっ、ふふふ二人きりですと!?

 しかも僕が主導権を!?


「お待たせ〜! 準備できたよ!」


 かっちりと浴衣に身を包んだルタとヒスイが部屋の戸を勢いよく開ける。それを確認したメルラさんはすぐさま立ち上がった。


「それでは参りましょうか」


 いやっ、えっ、ちょっと待ってくれぇぇええええ!

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