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一刀両断

 スピード感はあまりないかもしれないが、ここまではほぼノーミスで、着実に進めていた。僕自身も、予想以上の順調さに驚いている。

 ていうか、このまま何事もなく無事にゴールできるのではないかと、もはや安堵すら感じていた。


 挑戦前、一番懸念していたのはやはり足つぼだ。これまでの人生でそんなものに足を触れさせたことが無かったし、テレビの企画なんかで使われる度にお笑い芸人たちが悲鳴を上げているのを見ると、自然と「痛そう」という印象を抱いてしまう。

 だが知らんふりをするように別のことに全ての意識を集中させたところ、気づけば足つぼ地帯は終わっていた。最初に感じた痛みも今思えば、そうでもなかった。


 そうして、後はパンを食べてスイカを割ればいいだけだ。


 パンを食べればいいだけ、なのだが、それが難しい。

 吊るされてあるパンから一つ選んで食べる。本当にただそれだけだから、指示の出しようが無い。

 これがただのパンなら何も問題はない。が、ここでただのパンを出してくるわけがない。


 つまり、全ては運というわけだ。


「そこでストップ!」


 足つぼの終わりごろから途絶えていた指示が届く。今僕の前には、いくつかのパンが海風に揺られてふらふらとしているのだろう。

 複数のパンの中に、当たりは一つだけ。あとは全部ハズレ。

 考えても仕方ないと悟り、適当に手を伸ばして触れたものを食べようと決めた、その時だった。


「左から二番目のパン! 目の前にあるのを食べて!」


 まさかまさかの指示。

 外見は全て同じなので、食べてみるまで味の判断をすることはできないはずだ。それとも、これまでの挑戦から何か隠された法則でも見つけたのだろうか。


「根拠は?」


 僕達で最後なので、皆の前でタネを明かしてしまっても問題はないだろう。

 かなり距離が離れたであろう五十嵐さんに、僕は大きめの声で問いかけた。


「ない! 女の勘!」


「ないのかよ!」


 今度はズッコケる間もなく、声が先に出た。


「ごめん! けど、個人的にそれが一番美味しそうだから……!」


 しかしまあ、妙に自信があるようだし、五十嵐さんの勘なら信じて損はないかもしれない。


「……わかったよ」


 小さく了承の返事を呟き、真正面にグッと手を伸ばした。

「それそれ!」と五十嵐さんのどこかワクワクした声。買ってもらったおもちゃを早く開けたがっている子どものようだ。


「いただきます……」


 手に取った丸いパン。頂点の辺りが心地よいザラザラとした手触りで、よく焼けているんだなあ、などとどうでもいいことを思う。

 そして、意を決して口に運び、一気に詰め込む──。


 ふわっともさくっとも言い難い、絶妙な固さの生地。

 うん、食感は素晴らしいぞ。さて、問題は味なのだが……。


 噛んだことにより決壊し、中のクリームが舌に触れた瞬間、口全体に広がったのは──


「……苦い」


 今すぐにでも吐き出したくなるほどの苦味だった。そうしてしまったら失格になるらしいので、なんとか耐える。が、


「うへぇ……ぉおえっ、にっが……」


 なんだこの苦さ!

 気をしっかり保ってないと、いろんな物と一緒に砂浜にぶちまけてしまいそうだよ!


 世の中にはいろいろ苦い物がある。焼き魚の内蔵とか、ゴーヤとか。だがそれらは食べられるし、美味しいと感じる人だってたくさんいる。

 それがどうだ。このパンにはおよそ生物に何かを食べさせようという真心のようなものが微塵も感じられない。「良薬は口に苦し」と言うが、完全に悪意で満ちている。


 とにかく、何か飲みたい。


「うぇっ……」


 口から溢れ出そうになるのを何とか抑えつつも、思わずその場に膝をついてしまう。

 と同時に、思い出した。五十嵐さんの料理の腕を。


 確かに、彼女の味覚に従った場合、このパンは美味しいと感じられたのかもしれないな。


 このクリームの主成分が何なのかは知らないが、身体に力が入らない。

 気のせいかもしれないが、何だか眠たくなってきた。

 座ってしまえば、身体が安心して疲労感も一気に押し寄せてくる。


 思えば、家にこもりがちな僕が海まで来て、スイカ割りにまで挑戦したのだ。それまでを考えると、随分な進歩じゃないか。

 もう、十分じゃないか。


「正義いぃぃぃぃぃっ! 頑張れえええええっ!」


 あまりの苦さに心が折れ、諦めかけていたら、よく通る元気な声が僕の背中を押した。


「ルタか……」


 簡単に言うけどな、本当によくこんなもの作れたなってくらい苦いんだぞ?

 そりゃ応援は嬉しいけど、けど、もうなんか……。


「先輩! 立ってください!」


「正義様! スイカは目前でございます!」


「うちのカレーの味を思い出すんだ!」


「甘いスイカが待ってますよ、正義さん!」


「そんな所でくたばったら、承知しねえぞ!」


 ──皆の声が、胸に響き渡る。すうっと染み込んで、折れた心をいとも簡単に修復、補強してくれる。

 いいのか?

 僕はこんな悪意にまみれたパンに負けてしまっていいのか?

 皆の声が火種となって燃え始めた心の炎が、そんなマイナス思考を焼き尽くした。


「いいわけ……ないだろ!」


 ああ、苦い。確かに死ぬほど苦いさ。けど、こんなものは所詮、苦い思いをさせようという意図のもと作られた、偽物の苦さだ。

 美味しいものを食べさせようという完全なる善意で作られた結果の、本物の苦さには勝てない。その苦さも、想いの強さも!


 棒を支えにして僕は立ち上がり、口の中に蔓延る悪意の塊をごくりと一気に飲み込んだ。

 それを待っていたかのように。僕が立ち上がると信じていたかのように、五十嵐さんは意気揚々と、おそらく最後であろう指示を出す。


「身体の向きはそのまま! 大股で10歩! そこで、思いっ切り棒を振り下ろして!!」


「……了解!」


 気づけば僕は満身創痍だった。足の裏は痛いし、口の中は苦いし、喉だってカラカラ。この暑さもあって、体力もかなり消耗しただろう。

 正直、早く日陰で休みたい。


「10!」


 けど、それ以上に強く、スイカを割ってやりたいと思っていた。

 震えるほどに、心からそう望んでいた。


「9!」


 最初は乗り気じゃなかった。

 もともとこういうことは嫌いだったし、苦手だった。


「8!」


 人は人、自分は自分。そんな言葉があるように、僕は自分が早く死ぬからといって、この世の全ての物事を自分には関係のないものだと諦めていた。


「7!」


 必要最低限だけ残して、あとは諦めという名の刃で全部叩き切った。だから、叩き切られた側からすり寄られても、僕にはどうすることもできなかった。


「6!」


 しかし、人生というのは思い通りにいかないものだ。

 小さな光と出会って、文字通り日常が一変して、たくさんの出会いと別れを経験した。


「5!」


 仲間が出来て、失って、また仲間が出来たと思ったら裏切られて、でも心は確かに繋がっていて……。

 その度に自分に決められた時間を思い出しては諦めて、繋がりとか絆とかを叩き切ってきた。


「4!」


 そして、心の支えを全て失ったと思い、また叩き切ろうとした時、気づいた。もう叩き切ることができないことに。

 びくともしないほどに接着してしまい、僕はもう逃げられなくなった。


「3!」


 逃げる必要もなくなった。だから、僕はかけがえのない宝物を二度と離さず、抱きしめることにした。

 最初から、諦めてなんかいなかったんだ。ただ怖がっていただけだったんだ。


「2!」


 今日、僕は今まで怖がっていたものに飛び込んでみた。

 一人なら、絶対にここには立っていない。今ここに立っているのは、皆がいるからだ。


「1!」


 足の裏に付着した砂とブルーシートのザラザラ感が混じった、独特の感覚が伝わってくる。

 僕が歩く度にその声が増えていった歩数のカウント。体中が熱くなって、世界は今だけ僕を中心に回っているんじゃないかと思うくらいに気持ちが高ぶる。

 ガラスセイバーで必殺技を繰り出す時と同じくらい、強く棒を両手で握りしめた。


「「いけえええええええええええええぇぇぇッ!!!」」


 その場にいた全員が面白いくらい息ピッタリに絶叫する。

 それをトリガーに、僕は棒を正面にグッと構える。


 大きく腕を振り上げて、全身の筋肉をフル稼働させながら渾身の力を込めて──


「0……一刀両断ッ!!」


 カーン、という金属同士をぶつけたような音が聞こえた気がした。気がしただけで、本当はもっともさっとした鈍い音だ。

 だけど、本当にそんな音が聞こえた気がしたんだ。それほどの手応え。


 何より、この大歓声が結果の全てを物語っていた。


「やった! やったよ、石海くん!」


 かなり近くでそう聞こえた。棒を振ったら目隠しは取っていいルールなのでそれに従うと、五十嵐さんはもうブルーシートの中にいた。

 太陽光と、彼女のはちきれんばかりの笑顔に目を細める。


 五十嵐さんは非常に満足げな表情で、右腕をこちらに差し伸べてきた。

 口角の上がり方がどこか意味ありげだ。


「どうだった?」


 ──そうか、すっかり忘れていた。そういえばそんな話をしていたな。

 夢中になって、それ以外の何もかもを忘れてしまって、そしてやっぱりふわっとしていた。でも、気になっていた小さなごみを除去できたかのような、清々しい気持ちだ。


 芸術的なほど綺麗に真っ二つとなったスイカを背に、僕は彼女の手を取って、負けないくらい最高の勝利の笑顔を見せつけた。


「楽しかった!」

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