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前半戦

 方向がブレないように意識しながら、カラーコーン地帯までじりじりと足を前に動かしていった。


「石海くん、そこでちょっとストップ!」


 と、十数歩進んだところで早速指示が入った。視覚情報は何もないので、自分が今どこにいるのかは全く判断できない。が、カラーコーン地帯が近く、もしくは目の前といったところだろう。


 しばらく五十嵐さんの声は聞こえなかったが、僕はピクリとも動かずに待機していた。そして……


「見つけた!」


「な、何を?」


 素直な疑問が思わず声に出てしまう。


「少しも前に進まないように、左に移動して!」


 前じゃなくて、横?

 疑問に思うが、僕は縦に並べていた足を横に並べて、カニ歩きの要領で左に進んだ。

 間もなく止まるよう指示が出たので、ピタッと静止した。


「ちょっと前に進んだら三角に三つのコーンが並んでるから、それを右側に抜けた後ですぐ正面に向き直して、少し斜め寄りに真っすぐ進んで!」


「わ、わかった!」


 言われた通り、僕は足を前に進ませる。すると、右足の親指がコツンと何かに当たる感触がした。ここが三角の頂点というわけか。

 そこで一旦立ち止まり、身体を右斜め45度くらいに捻ってから一歩。

 そして、角度を元に戻してから、斜め寄りの直進を始めた。


 五十嵐さんはそれ以上の指示を出してこない。


 正直、現在のペースはかなり遅い。他のチームはコーンに多少触れたり倒したりすることはあっても十秒ほどで抜けることがほとんどであった。コーンに全く触れることなく素早く抜け出したチームはエコー達くらいだ。

 僕もコーンにはほぼ触れていないが、このペースは少し時間がかかり過ぎではないのかと、そんな心配が頭に生まれ始めていた。


「おぉーっと! 方向転換した後、直進だけで第一関門を突破してしまいました! 抜け道を探り当てた、ナイスな指示です!」


 が、なんといつの間にか僕はカラーコーン地帯を抜け出していたらしい。

 僕の行動といえば、わずかな方向転換と直進だけだ。これは全チームにおいて最小限の動きだと、自信を持って言える。

 五十嵐さんが『見つけた』のは、無駄な動きを必要としないこのルートだったのか。


 ──どうやら、彼女を信じてもう少し堂々と動いてもよさそうだ。


 僕は方向への意識はそのままにしつつ、小走りで前進した。

 ……浮かれてしまっていたのだろう。五十嵐さんの停止命令を脳内で理解して身体で処理をするのに時間がかかり、気づいた時には足の裏のつぼを刺激されていた。


「つぉおおおおおっ……だああああっ!」


 全身が痺れるような痛み。解放されるために片方の足を上げれば、その分の体重がもう片方の足に乗っかる。その結果、痛みは倍増する。

 それを繰り返しているうちに正常な判断ができなくなり、自分が向かうべき方向も分からなくなる。

 そんなチームを何組も見てきたし、そうはなるまいと心に決めていた。


 しかしいざその場に立ってみると、ハチャメチャに痛い!

 対応する臓器が不調なほど痛むと聞いたことがあるので、僕は余程不健康なのかもしれない。


「石海くん! 痛いだろうけど、真っすぐ行けば『島』があるから! 方向だけは見失わないように!」


 五十嵐さんの言う『島』。それは足つぼマット地帯の中間辺りにある、マットが敷かれていないわずかな隙間の部分のことだ。

 指示に対する返事と自分を落ち着かせるため、両方の意味を込めて深く頷いた。そして、負担が集中しないように足を低く上げながら進んだ。


 やがて足の裏にさらさらとした砂の感覚が伝わってくる。

 どうやら『島』に辿り着けたようだ。刺激的な痛みから少しずつ解放されていくのを感じた。


 さあ、ここからどうしようか。

 とてもじゃないけど、エコーのように大ジャンプしながら行く勇気はない。

 跳び上がることは、それすなわちマットを踏むのではなく、マットの上に落ちることを意味する。跳躍する瞬間の踏切なんか、実に痛そうだ。


「痛いかもしれないけど、ゆっくりでいいから方向だけ見失わないように!」


 元気な声色の指示が飛んできた。やはりじっくり行くのが僕らしいかもしれない。

 僕は再びマットに足を踏み入れた。スローモーションのように静かに足裏を接地させると、じわりじわりと痛みが侵食する。

 五十嵐さんがひたすらに叫ぶ、『方向を見失わないこと』。それだけ大事なことなのだと感じ、脳のド真ん中に貼り付けた。


 考えてみろ。僕が今まで感じてきた痛みはこんなもんじゃなかっただろ。

 思い出してみろ。痛くても遅くても、僕は一つのゴールに辿り着けただろ。


「いい調子! もう少しだよ!」


 一歩、また一歩。ただ真っ直ぐに。

 それだけを意識していると、不思議とそれ以外のこの世の全てが何一つ大したことがないように思えた。

 照りつける日差しが身体を串刺しにする。頭から肩、右腕に滴る汗は、自分でつけた一本の傷を丁寧になぞってから地に落ちた。

 段々、感覚が研ぎ澄まされていく。聞き覚えのある声音が複数、いろんな方向から下手くそな弓矢のように飛んでくる。


 痛くても、遅くても、必ず闇の中から抜け出すことができる。あなたの声がそう教えてくれた。

 あなたが、僕を動かしてくれる。あなたのために、僕は頑張れる。


 ──あなたって、誰だ?


 痛みに慣れてきたのか、それとも痛みでおかしくなってしまったのか。

 閉じた世界の外側から響く喧騒が、わけのわからない思考から僕を解き放った。その瞬間、遮断されていた全ての感覚がふっと回復する。


「痛く……ない」


「堂々とした足取りで、ほとんど動じることなく第二関門を突き抜けていきましたーッ!」


 熱の入ったアナウンスとともに、団結力の感じられる歓声が上がる。

 完全に正気を取り戻した僕の足は、優しく砂に包まれていた。

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