9組目
ルタとヒスイ。ハチャメチャな母とおっちょこちょいな娘による挑戦は、それはもう目も当てられないくらいに酷いものだった。
ルタに細かな指示は無理だと判断したのか、ヒスイが指示役となったが、そこはさすが親子である。複雑な行動が求められるカラーコーン地帯にて、指示はまさかの「右」と「左」だけだった。申し訳程度の指示を少しも行動に反映させようとせず、ただ自身の感覚に従って突き進むルタもルタだ。
続く足つぼ地帯でも、ルタはまともに指示を聞かずにカラフルな足つぼへ堂々と踏み入って行った。
それまでの挑戦者の様子を見ても、あの足つぼがかなりの苦痛を与えてくるものであることは容易に想像できた。
だが、彼女はなぜか笑っていた。
足の裏にクイっと食い込むたびに、なぜか笑っていたのだ。
足裏のつぼを刺激されると、笑ってしまう体質なのだろうか。愉快な笑い声を上げながらもずんずんと進んでいく母に「知ったことか!」と言わんばかりの、娘のとんちんかんな指示も続いていた。
「少しは落ち着け……」
そんなガラクのため息が聞こえてきそうなものだ。
しかし、おそらく僕くらいしか気づいていないが、二人が他のチームよりも確実に有利な点が一つだけある。
そう、何を隠そう、ルタには味覚がない。それ故に、食べたパンが当たりだろうがハズレだろうが関係ないのだ。
まあ、本人的には味が分からないことを喜ばしいことだとは思ってないだろうし、他人があまりそれを喜ぶべきでもないだろう。
ただ、今この場では、確実に強みになることは間違いない。
「んにゃ、なんかクリーム入ってるんだろうけど……よくわかんないや」
実際、彼女は左から3番目のパンを口に咥えた後、何の問題もなくスイカのもとまで走って行った。スタッフと思しき人達が少しザワついていたので、少なくとも当たりではなかったのだろう。
そして肝心のスイカだが、ヒスイの指示がここに来て正確なものとなり、ルタの位置取りは完璧だった。
「おりゃああ、おっとと、あれっ……いだっ!」
にもかかわらず、あろうことかルタは足を滑らせ、スイカに思い切り頭突きをしてしまったのだ。
「痛あああ……ふぇっ、どうなったの?」
「おかあ……ル、ルタさん、大丈夫ですか!?」
スイカは割れるというよりも砕け散り、食べにくそうな歪な形になってしまっている。呼び方に気を遣いながら、ヒスイはルタに駆け寄って行った。
「得点は……2点、3点、1点! 合計7点、暫定で最下位です! しかし、何故でしょう! 審査員、スタッフ、会場の皆様、全員何だか幸せそうです!」
実況の男性の言う通り、分かりやすい残念そうな表情を浮かべる二人をよそに、その場にいたほぼ全員が笑顔になっていた。
それは「面白い」という意味もあっただろうが、僕には「微笑ましい」という意味も強く感じられた。
ドジばかりだけどとても楽しそうだった二人の雰囲気が、見ていた人達までも包み込んだのだ。
初めての海だと言うのに、何一つ余計なことを考えずに、彼女たちは心から楽しんでいた。
僕もあんな風に──。
できればいいなと思った、心から。
「石海くん」
ふいに五十嵐さんに呼ばれる。また返事が遅れてしまった。
「うん?」
「楽しむことが一番だけど……やっぱりやるからには、優勝目指して頑張ろうね!」
五十嵐さんはそっと微笑みかけ、僕にその手を伸ばした。
「どこまでできるか分からないけど、全力で楽しんでみるよ。だから……よろしく」
考えててもしょうがない。そう決意した僕が伸ばした手を掴んだ五十嵐さんは、さらに笑顔を向けた。
もしかしたら、太陽よりも眩しいかもしれない。
「さて、いよいよラストの挑戦となりました! トリを飾るのはチーム『ストーンマリン・フィフティーストーム』です! チーム名がかっこいい!」
ふっふっふ。僕が考案したチーム名だ。
お互いの名字を英語に直訳しただけなんだけど。
観衆は何とも言いづらい微妙な雰囲気を醸し出してるし、当の五十嵐さんも苦笑いだけど、気にしない気にしない。
スタート地点に赴くと、スタッフの男性が手ぬぐいと1メートルほどの長さの棒を僕に手渡した。
背後に設置された赤の丸い台の上に立つ五十嵐さんを一瞥してお互いに頷き合った後、手ぬぐいで視界をシャットアウトし、外れて失格にならないようにしっかりと頭の後ろで結んだ。
布なので完全に視界が塞がれているわけではなく、若干明るい。だが、得られる情報はそれだけだ。具体的に何が見えるとか、そういうことは全くわからなかった。
なるほど、何も見えなくなることで精神を不安にさせる効果もあるらしい。
スタッフに誘導されてスタートラインの手前に僕は立つ。あまり緊張しすぎても動きが硬くなると思い、身体をリラックスさせようと手足をぶらぶらさせてみた。
──ダメだ! 緊張するなと言う方が無理だよこれ!
ただでさえ多くの人が見てるのに、僕達は最後だし、やっぱり目立つよなぁ。
情けない醜態を晒したりしたら、五十嵐さんにも恥をかかせてしまうことになる。ああ、どうしよう。息が詰まる。心臓が口から飛び出しそうだ。
「──大丈夫」
ふいに肩に温かな感触が乗った。確かな強さを秘めたその一言とともに、五十嵐さんの小さな手の平が、僕の全身を包んでくれたような気がした。
どうして、どうしてこんなにも心が落ち着くのだろう。
擦り切れたようにありふれた言葉であろうと、彼女に言われるとすっと染み込んでいく。不思議な安心感に満たされていく。
ゆっくりと息を吐いた瞬間、辺り一帯に甲高いホイッスルの音が鳴り響き、ついに戦いの火蓋が切って落とされた。





