出場
指定の時間になり、僕と五十嵐さんは海辺から少し離れた砂浜に来ていた。ギャラリーだか参加者だか分からないが、それなりに人は集まっていて、意外と盛り上がっている。
「私たちは一番最後か……他の人たちをよく見て、しっかり対策しておかないとね」
五十嵐さんが手元の番号札を見つめる。
先ほど出場順の抽選が行われ、僕達は9番目となった。トリを飾ることになったが、全員の挑戦を見ながら対策が練られる点では有利だろう。
会場を見回すと、人が密集しているこの辺りの向こう側に、少し大きなブルーシートが発見できる。
その手前には予想以上にスペースが取られていて、スタッフと思わしき人たちがせっせと準備を進めていた。一体どんな障害物があるのだろうか。
ふと群衆に目を向けると、エコーやルタの姿があり、取材中の二人以外は皆集まっているようだった。
五十嵐さんが伝えて、皆で応援にでも来てくれたのだろうか。
それ以外にも、ボディビルダーのような体型の二人組やラブラブなカップルなど、個性豊かな面々が揃っていた。
スイカを割ってスイカをもらうだけなのに、人気あるんだなこの大会。
むしろ、それがウリか。スイカだけに。
「本日はお集まりいただき誠にありがとうございまーす! 只今よりルール説明をさせていただきます!」
心中でくだらないギャグをかましていると、上半身裸の若い男性の元気な声がマイクを通して響き渡った。全員の意識がそちらに傾き、自然と会場のボルテージが上がる。
「まずは割り役から。割り役の皆さんには、目隠しをした状態で3つの障害物を超えた先にあるスイカを割ってもらいます! 滞りなくスイカまで辿り着けたか、そしてどれだけスイカを美しく割ることができたかを採点します!」
なるほど、僕は綺麗にスイカを割るだけじゃなくて、障害物も華麗に突破しないといけないわけか。なかなかに大変そうだ。
「しかし、目隠ししている状態では何も分かりません。そこで重要なのが指示役の皆さんです! 指示役の皆さんがどれだけ的確に割り役を導けたかも、採点対象となっております!」
男性は指をぴんと立てて説明を続けた。
「任せて!」
五十嵐さんが顔の前に握り拳を持ってくる。
妙な自信を感じ取って、不安が少し和らいだ。
「採点は三人の審査員が行います。本日採点していただくのは、近所にお住いの佐藤さん、鈴木さん、田中さんです! 一人最大5点なので、15点満点目指して頑張ってください!」
海と向かい合う形で建てられたテントの下に目をやると、三人の老人が孫の戯れでも見るかのような、のほほんとした表情で座っていた。
人選が謎すぎる。ちゃんと採点してくれるのか、いささか不安である。
「それでは、会場の準備も整ったようなので早速始めていきましょう!」
男性のひと際大きなその一言で、辺りはさらに熱気を帯びた。自然と僕の身体も熱くなっていく気がした。それとともに、若干の緊張も感じていた。
こんなに多くの人に、何より皆に見られるのだから、醜態を晒すようなことになってはいけない。入念に準備運動をしなければ。
「1組目、チーム『俺はスイカを割るために生まれてきた男だ』のお二人、お願いします!」
屈伸をしようとして、盛大にズッコケた。
スタート地点には、目隠しをしたエコーとサングラスをかけたメルラさんが堂々と立っていたのだ。
──出るのかよ!!
「メルラー! 頑張ってー!」
遠くでルタが満面の笑みで手を振っていた。メルラさんはそちらへ顔を向けないまま、左手の親指を立てた。
あのまま軍帽を被ってパイプでも咥えようものなら、もはや本物の指揮官だ。
「いよっしゃ行くぜえええっ!!」
エコーは棒を振り回しながら勢いよく飛び出していった。遠目からでも楽しそうなのが分かる。
スタート直後には、最初の関門と言わんばかりにカラーコーンがバラバラに置かれている。縦横無尽かつその間隔も不規則なので、触れずに通過するのはかなり難しそうだ。
「エコー様! 左55度、右72度にお曲がりください!」
「よし来た! こうだな!」
しかし、メルラさんの口からあまりにも正確な指示が出され、エコーもそれに従って上手く身体を捻らせた。
正確性と野生の勘が魅せる連係プレイに、会場からも思わずどよめきの声が上がる。
「すっ、すごい……!」
舞い踊るような動きに、五十嵐さんまでもが目を見開いている。そんな中、初っ端から上がりまくったハードルに僕は人知れずビクビクしていた。
難なくカラーコーン地帯を抜けたエコーを待っていたのは、健康に良さそうな色とりどりの棘たち。
第二の関門は、足つぼマットであった。
隙間なく、かなり広範囲に敷き詰められている。
その全てを回避することは、とてもじゃないが無理だろう。
慎重に行けばじわじわと痛みが続く。逆に下手に突き進んでも、耐え難い激痛が襲い来るだろう。
さあ、どうする。
「足の裏に思い切り力を入れ、直進することだけを意識して、三歩の助走の後にお跳びください!」
助走の間隔まで把握した細かな指示がエコーのもとに飛んでいく。やはり、メルラさんは突っ切っていく方針を選んだか。
指示通り、エコーは幅跳び選手顔負けの大跳躍を決め、マットの中央辺りにずんと力強く着地した。ギャラリーからは、悲鳴のような声が上がる。
自分が同じ状況に置かれた場合を想像してしまったんだ、きっと。
「どぅっ……おおっ……へっ、いい痛みだ!」
そんな心配など知らぬエコーは、むしろその痛みを歓迎しているように見えた。
まあ、あいつは至って健康そうだから、あまり効果が無かったのかもしれない。
その後、数回のジャンプで彼はあっという間に足つぼゾーンを突破してしまった。わずかに立ち止まりはしても、のたうち回ったりすることはなく、もはや我々は感想の言葉を失っていた。
ここまでは非常に順調だ。審査員にとっても、文句の付け所がないだろう。
さて、最後の関門は──パン。
5個くらいのパンが棒にぶら下がっていた。
一同が困惑していると、先ほどの男性が再びマイクを手に取った。
「最後の障害はパンです! 当たりは一つだけで、残りは辛かったり酸っぱかったり、とにかくひどい味になっております!」
それ、指示の出しようが無いですよね!!?
二人の協力プレイなのに、最後の最後で完全当てずっぽうの運ゲーとは思いもしなかった。
「メルラ! どうすればいい!」
「……御自分を信じてください」
これにはさすがのメルラさんも匙を投げざるを得ないようだ。
意を決したエコーは天を仰ぐと大口を開けて、最初に触れたパンを棒から引きちぎると同時に一気にかぶりついた。
一体何味なのか。全員が固唾を呑んで見守る。
「…………ぬおおおおおおおおおっっ!!! 鼻が!! 鼻がもげる!!」
「おぉーっと! どうやらわさびたっぷりクリームパンを食べてしまったようです!」
エコーは顔を真っ赤にしながら、辺りを全力かつ高速で走り回った。
わさびの辛いところは、ただ辛いだけじゃなくツンとした刺激が鼻を襲う点だろう。あの感覚に耐えろというのは酷な話だ。
「クッソおおおおおおおっ!! 辛ええええええええ!!」
辛さを打ち消すように、手に持っていた棒をやたらめったら振り回している。
どれだけ大量のわさびが入っていたのだろう。考えただけでゾッとする。
「エコー様! その場でご停止くださいませ!」
突然メルラさんはそう指示を出す。
さっきよりも迫力があるその声に、悶え苦しむエコーも一瞬で静止した。
「その直線上にスイカがございます。真っすぐ10歩進み、叩き割りくださいませ!!」
本当だ。エコーは今、偶然にもスイカと向き合う形で立ち止まっている。その距離もメルラさんの指示通り。変に角度もついてなく狙いやすい、良好なポイントを見つけたわけだ。
「よし……真っすぐだな……?」
エコーは今一度息を整えると、棒を正面に構えたままじりじりとスイカとの距離を詰めていった。
わさびに苦しむ彼の姿に腹を抱えていた観衆も、いつの間にか息をひそめて、祈るように眺めていた。
そして、エコーはスイカのもとにたどり着く。
その腕を思い切り振り上げ、目指すはスイカの頂点!
……の、はずだったが
「手応えが……ねぇ……」
「あぁーっと! まさかの空振りという結果に終わりました! うーん、残念!」
位置をわずかに計り間違え、エコーの持っていた棒は虚しくブルーシートをパサッと叩いた。
中盤まではお手本のように順調だっただけに、何とも微妙な結果に終わってしまったな……。
「くっそぉぉぉぉっ! 俺はスイカを食べるために生まれてきた男なんだぞ!」
怒りを顕にしながら、彼は力任せに棒を叩きつけ、荒っぽく目隠しを取った。しかし──
「さあ、採点に参りま……ぇぇえっ!!? スイカが綺麗に……真っ二つに割れております!!」
「えっ?」
間抜けな声を上げたのはエコーだけではなかった。
怒りのままに地面をしばいたはずだったが、なんと偶然にもスイカを叩き割っていたのだ。
皆が口をぽかんと開き、そして次の瞬間にはその口から地鳴りのような歓声が飛び出した。
「なんだ? この状況」
他人事のようにエコーは首を傾げた。
それはこっちのセリフだ。





