筋肉
「うわああああああぁぁぁぁぁっ!!! なんて綺麗なんですか、海って!!」
海岸線を走る三列シートの大きな車。
全開の窓から漂う潮の香りが、如何とも形容し難い「夏」という存在そのものをぶつけてくる。
遠くに見える煌めく水しぶき、ソーダのように爽やかな波は、日頃の喧騒に疲れた人々の心を広く出迎えてくれているようだった。
「ほらヒスイ、あんまり窓から顔を出すと危ないぞ」
そう注意しても、ガードレールを挟んで左手に見える青の世界から彼女は決して目を離そうとしない。
無理もないか、人生初の海だもんな。
隣に座る五十嵐さんと目を合わせて、お互いに少し笑った。
「いやぁ~、いい天気だ! 絶好の海日和だな!!」
「本当、晴れて良かったですよね。一時は雨の予報も出てましたし」
一列目の助手席で空を眺めているのは小城さん。
いつものスーツとは違い、アロハシャツに短パンという南国気分120%の服装だ。
その隣で運転を担当しているのは、小城さんが言っていた後輩、蓮秋大和さん。
大胆不敵な小城さんの後輩とは思えないほどの、物腰柔らかな優しい人である。
二列目には左からヒスイ、僕、五十嵐さん。
三列目には味田親子、そしてエコーが乗っている。
人数制限の問題でルタとメルラさんはジュエライザーの状態に変化している。そんなことなど知らない大和さんには、後でもう二人現地で合流すると伝えた。
『我もこの封印さえ解ければ人数に数えられているのだが……』
『ドンマイだよ、ガラクくん!』
僕の脳内で、ガラクが悔しそうにそう嘆き、ルタが励ました。意外とお前も遊びたいんだな……。
いつか完全に封印が解けたら、僕が連れて行ってやるよ。
「くそぅ、もう少し早く分かってればダイエットのひとつやふたつ……」
「少し痩せたからって、誰もお父さんのことなんか見てないよ」
「ひどいっ! 娘よ、それは余りにも辛辣だと思わないか!」
後ろでそんないつものやり取りが繰り広げられている。
その横でエコーは左手で頬杖をついていた。手首にはジュエライザー。メルラさんに外の景色を見せているのだろうか。
そんな賑やかなメンバーを連れた車は坂を下り、目線が水平線の高さまで近づいて行った。
それに連れて車の数も増えていき、海水浴が夏の定番イベントとしてどれだけの人気を誇るのかをまざまざと見せつけられた。
「うわぁ、予想はしてたけどやっぱり人多いね」
五十嵐さんの感嘆とも呆然とも取れる言葉。僕は同調するように頷く。
渋滞を耐え抜いて駐車場に到着した頃には、もう昼が来ようとしていた。
ほとんど満車であったが何とか駐車することができ、僕達はようやく全身で海の空気を感じることができた。
「さて、皆そろそろお腹が空いてきた頃だろ? 着替えたら海の家に集合だ。そこで飯にしよう」
小城さんの一声で一時解散となり、着替えのために男女に分かれてロッカールームへ向かった。
その際、僕とエコーはこっそり女性陣にジュエライザーを預けた。
ちなみにガラクは、ルタが人間態に戻らない限りジュエライザーから分離することはできない。
故に彼は女子のロッカールームに入らざるを得ないのだ。
一応、ルタが人間態に戻ったら一旦バッグの中に入れられることになっている。
女子更衣室に男子が入るのだから、当然の措置だ。
しかし、何と言うか、仕方のないことであるが、不憫な扱いだ。
そんな憐れみを抱きつつ、むさ苦しい熱気が漂う男子のロッカールームで我々男性陣はパパっと着替えを済ませた。僕も引っ張り出してきた短パンサイズの水着に下半身を包む。
ふと、隣で着替えるエコーに目が行く。
彼はそれほど背は高くないが、身体はちょうどいい具合に引き締まっている。つい、自分の貧相な身体と見比べてしまった。
「何ジロジロ見てんだよ」
その目線を捉えられてしまったようだ。鋭い視線がこちらに投げかけられる。
「いや……鍛えてるんだなって。腹筋バキバキだし」
「別に何もしてねえよ。男ならこのくらい当たり前じゃねえのか?」
煽るでも何でもない、純粋なその確認に僕は閉口してしまった。
当たり前、男なら当たり前なのか……。
一人見ると全員のが気になってしまい、続いて小城さんの腹部を観察する。高身長で細身だが、意外と腹だけはドプッと出ていた。
「あっ、あんまり見るなよ正義ちゃん! 大将ほどじゃねえが俺も気にしてるんだぜ、ビールっ腹」
「ははは、龍は酒なら俺以上に飲むからな。そのうちお前も俺みたいに──」
「一緒にすんな、デブ」
「ンだとお前! 出禁にしてやってもいいんだぜ!? あと、こないだのツケはいつ払ってくれるのかなぁ?」
金銭の話となると途端に立場が弱くなるようで、小城さんは大将さんから気まずそうに無言で目を逸らした。
そんな二人は置いといて、最後に大和さんを見る。
僕の謎に熱い視線に気づいた大和さんは、謎に少し照れた。
「そ、そんなに見られると、恥ずかしいな……」
全体的に筋肉量は少ないが、逆に言えば無駄のない、いわゆる細マッチョと呼ばれる体型だった。
研究の結果は、僕は何の特徴もない貧弱な身体だということが、身に染みて分かっただけだった。
恨めしくなって、腹の皮を少しつまんでみる。
「正義ちゃんが気になってるのは、俺達の体つきなんかじゃないだろ?」
落胆する僕に、小城さんがそう投げかけた。質問の意図が理解できず、何も答えることができない。
「ど、どういうことですか?」
「──奈乃ちゃん」
「……なっ! 何言ってるんですか! そっ、そんなこと…………!」
具体的なことは言わずに名前だけを出して、後は僕の方で勝手に想像させる。
その巧妙な罠に気づいた時には、僕の顔と脳内はもう赤く燃えていた。まんまと引っかかってしまったわけだ。
「……別にこれっぽっちも興味ないですから」
平静を装うも、本人は楽しそうにケラケラと笑っている。
こっ、子どもをあんまりからかうもんじゃありません!





