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Trust.21 -和解 これからもどうぞよろしく-

 後日、僕は実家に別れを告げて再び祖父の家に戻ることにした。両親と一緒に毎日を過ごすのは苦ではないし、むしろというか当然に居心地は良かった。


 だが、なんとなく僕はあの少し古臭い家に戻らなきゃいけないような気がしていた。実家から祖父の家に戻るというのも変な話ではあるが。


 僕は、再びクリスタルライザーとして戦う決意を固めたことを、誠心誠意両親に告げた。

 痛々しい自傷行為までしておいて結局そうなるのか、と言いたくなることだろう。

 あらかじめ怒られる覚悟はしておいた。


「それが自分で決めたことなら、最後までやり抜きなさい。ただ、身体には気をつけるのよ? 絶対に」


「今はもう、それがお前のやりたいことなんだろ? だったら、父さんも母さんも全力で応援するさ! なに、辛くなったらいつでもここに帰ってこい」


 しかし終わってみれば、そんな必要は全くなかった。

 二人とも、僕が多くを語らずとも、いろいろなことを察してくれたみたいだ。


 そして、そんなワガママで親不孝な僕を受け入れてくれた。本当に、この二人のもとに生まれ落ちて良かった。


「これからもたくさん心配と迷惑をかけちゃうかもしれないけど……本当にありがとう」


 そうして、数ヶ月ぶりに戻ってきた祖父の家。

 特に何も変わってはおらず、それは家主も例外ではなかった。久しぶりということもあり、少し緊張していた僕に、祖父は相変わらずドライな対応だった。


「学校、サボるんじゃないぞ」


 かわいい孫が自分なりに成長したつもりで帰ってきたのに、その一言で終了である。

 まあ、らしいと言えばらしい。そんなおじいちゃんが好きだったんだと、改めて再認識した。


 だが、実はそんな祖父をほんの少しだけ驚かすことに成功した。

 この家に帰ってきたのは僕だけじゃないということを、()()()伝えたからだ。


「今日からここが……私の家なんですね!」


 ルタ、ガラク、ヒスイの三人家族。

 僕とルタも何とか和解したので、五十嵐さんが引き止めでもしない限りはもう彼女の家にルタがいる理由はなくなった。

 それに、やっぱり家族なんだから、一緒に暮らすべきだ。

 彼らにそう熱弁した結果、僕のもとで生活することになったのだ。


「両親と離れて暮らすお前がそれを言うか」


 ガラクには意地悪にそう(たしな)められてしまった。くぅ……ぐうの音も出ない。


 そんなこんなで僕の新しい生活が始まった頃には、もう5月も終わりが見えており、熱を帯びた空気が徐々に近づいていた。

 そうか……もう半年が経過したんだな。

 振り返ってみるとあっという間だったけど、とてつもなく濃い時間を僕は過ごしてきたんだ。


 半年前の僕に言っても信じてくれないんだろうなあ。

 ヒーローになってバケモノと戦って、その中で出会いや別れを繰り返しながら、気づいたらたくさんの大切なものを手にしてるんだって。


 これまでの軌跡に深い感慨を覚えながら、僕は学校から帰宅した。

 身体のことも考えて、最近は放課後はなるべく真っ直ぐ家に帰るようにしている。それでも少し寄り道してしまうのは、まだその癖が抜けてない証拠だ。


 ヒスイは確か、最近できた友達と遊んでから帰るって言ってたな。いろいろあったけど、あいつも学校生活を楽しんでいるみたいで良かった。


 2階の自室に入ると、僕が帰ってきたことに驚いたようにルタが分かりやすく慌てていた。

 学習机の椅子に座っていたようで、何やら散らかっている。何やってんだか。


「おかえり。は、早かったね」


「う、うん、まあ。……あれ、ガラクは?」


 ふとルタの首元に目がいき、いつもぶら下がってるクリスタルが無いことに気づいた。


「ガラクくんなら、下でおじいさんとお話してるよ。すごくお久しぶりなんだってね」


 指を下に向けてそう示したルタ。

 そうか、実に60年ぶりの再会になるわけだ。積もる話もあることだろう。

 祖父が僕にジュエライザーを渡して以降のことをガラクは知らないから、それを聞いているのかもしれない。


 その時、ふいに机から何かがドサッと床にずり落ちた。かなりの反応速度でルタはそれを拾い上げ、赤子でも分かるような不気味な作り笑いを僕に見せた。

 何かを隠そうと、あるいは誤魔化そうとしているのは明らかだ。


「まったく、不自然極まりないな……その後ろ手に持ってる物はなんだ?」


「こ、これは奈乃から貰ったお菓子で……」


 あくまで隠し通そうという気か。なら、これでもくらえ!


「おっ、おい! 見ろ、あの窓の外! なんか変なのが!」


 近年は子どもにすら通じないと誰かが言っていたこの技。

 単純明快な彼女は案の定、「どこどこ!?」と言いながらクルっと後ろを向いてくれた。

 初夏の夕陽しか見えないことに気づく前に、僕はその手に持っていた物を取り上げた。


「あっ! ちょっと正義!」


「さてさて、何を隠して……これは……」


 ルタが必死に僕に隠していたもの。

 それは一冊の本だった。

 名前は『思いやりの心を持つ10の方法』。よくわからないが、いわゆる自己啓発本の一種だろう。


「なんでこんな物……まさか、お前……」


 そういえば、春休み明けの最初の登校日、五十嵐さんの口からルタが本屋に行ったことを僕は聞いていた。

 この本を買いに行っていたのか。彼女がこんな本を買う理由に心当たりがある人間なんて、僕しかいない。


「……正義に人の心がないって言われてムッとしちゃったけど……すごく、ショックだったんだ。正義に言われたことじゃなくて、私には人の心がないんだって、なんとなく自分で納得しちゃったことが。それで段々、どうすればいいのか……わからなくなっちゃって」


 いつだって鬱陶しいほどの笑顔で、その癖クリスタルライザーのこととなると妙に真剣。

 その真っ直ぐな心がねじ曲がってしまうように、ルタの綺麗な瞳が潤み始めた。


「ずっと気にしてたんだな……ごめん。心がないのは僕の方だった。だから、こんな本なんて読まなくていいよ」


「でも! 私のせいで大ちゃんは……。それに、今まで正義の気持ちも知らないで、傷つけるようなこといっぱい……いっぱい言ってきたんだもん!」


 しゃがみ込んだルタは、溢れ零れる涙を小さなその手で必死に拭っていく。

 ……僕はルタを泣かせてしまったのか。あの病室での一言が、こんなにも辛い思いをさせてしまってたんだな。


 子どものように声を上げて泣きじゃくるルタ。

 もちろん、こんな姿を見るのは初めてだ。


 おこがましいかもしれないけど、あの一言が彼女を変えたのかもしれない。

 だからこそ、もうルタが泣く必要なんてないんだ。

 彼女も、もう変わったんだから。


「……バカ」


 僕も屈むと、もう読む必要のない本でルタの頭をポンと優しく叩いた。


「ふぇ……?」


 間抜けな声が笑いの感情をくすぐるように刺激してきた。必死に耐える。


「今のお前のどこを見て、心がないなんて言えるんだ。心があるから、今ルタは泣いてるんだろ? だいたい……らしくないんだよ、そんなの。分かったら、ほら、いつもみたいに笑えよ」


 本当に心がない奴には、そんなに綺麗な涙をポロポロと流せるはずがない。

 ルタは自分で自分に証明したんだ。ちゃんと優しい心があるんだって。

 彼女の内に秘めた本心が聞けて、僕も嬉しかった。


 しばらくして顔を上げたルタの目はもう既に渇いていた。

 そして、まるで向日葵のような笑顔を僕に放った。


「ふへへ……正義、顔真っ赤っかだ」


「なっ! う、うるさい……」


 その表情も口調も何もかも、温かくこちらをバカにしてくるいつものルタだった。

 恥ずかしい台詞を口走っていたことに今更気づいた僕はより一層頬を紅潮させ、そんな彼女からつい顔を背けてしまう。


「耳まで赤くなっちゃってるじゃん! あっははははは!」


 数十秒前までの泣き顔から一転して満面の笑みで高笑いするルタ。

 僕が悪かったからもうやめてくれ!

 後ろを向いた僕は耳まで塞いだ。


「……ありがとう。これからもよろしくね、正義!」


 ……全く、しょうがない奴だな。


 半年前、この部屋でお前に会ってから全ては始まったんだ。責任もって、僕の身体がボロボロに朽ち果てるその時まで、一緒に頑張ってくれよ。


 いつだったか、こんな風に唐突に握手を求めてきた時もあったな。

 子どもっぽいところは相変わらず、だけど僕が知らなかった確かな優しさを持ち合わせている。

 そんなルタの差し伸べた右手を、少しは強くなれたかもしれない僕の右手が包んだ。


「うん、相棒!」


 そして、僕は誓った。

 二度と自分から手を放したりしない。

 今度は僕が泣いている人の手をとって、その笑顔を守るんだ。







 いよいよ本格的に暑さが到来し始め、街行く人々の服装も一気に爽やかな印象を持つものへ変化していった。

 制服を半袖に衣替えした僕も、心機一転してまた学校へ通い始めた。

 休み癖は直さないとな。出席足りなくて留年とか絶対に嫌だし。


 ガラク一家と同居し始めてから、毎朝の光景がガラッと変わった。

 外観としては一人増えただけなのだが、その慌ただしさは数倍にも増し、ガラクが冷静に「落ち着け」と(なだ)めるのが日常茶飯事になってきた。

 もう隠す必要もなくなったので、朝食も一緒に食べている。


 ルタとヒスイが同じ制服に身を包んでいろいろ支度をしているのを見る度に、彼女たちが母と娘であることを忘れそうになる。

 外見も中身も非常に似ている二人だが、それぞれ別の名字を使っているので表向きは他人の空似ということになっている。それでも血縁関係を疑われることはあるが。


 さて、そうこうしながら再び始まった僕の学校生活だが、特に何も変わることはなかった。

 相変わらず友達はいないし、いるにはいるがそれがクラスでも男子人気を二分するルタと五十嵐さんじゃどうしようもないだろう。


 今日も今日とてろくに友達を作ろうともせずに、ただ窓の外を眺めながらくだらない妄想に耽っていた。

 もう6月か......そろそろ将来のこととか考えないとな。けど僕このままだと20歳で死んじゃうからなぁ。


 僕が死んだ後も、皆は大人になって生きていく。

 皆はずっと皆といられる。

 けど、僕はあと3年しか生きられないし、あと3年しか皆と一緒にいられないんだよな。


 ああ、なんかモヤモヤしてきた。

 こういうこと気軽に話せる男友達でもいればいいんだけど......。


「はい、席についてくださーい」


 グダグダ悩んでいるうちに教室に入ってきた先生が僕たちにそう呼びかけ、朝礼の時間となった。

 まあ、考えたって仕方ない。今できることを探そうじゃないか。


「えー、6月という変な時期ではありますが、このクラスに一人生徒が増えることになりました」


 眠気漂う教室に投げかけられたその言葉は、約30名の生徒たちを沸かすのには十分すぎた。

 三年生のこの時期に転入生とは、確かに変だな。


 ......あれ、前にもこんなことありませんでしたっけ?


 クラスの浮かれ具合と反比例してなぜかどんどん不安になっていく僕の心持ち。

 心中で待てと叫べど、先生がドアの向こうに「どうぞ」と呼びかける現実は変わりはしなかった。

 こちらが思わずビクッとしてしまうくらい勢いよくドアが開き、教室内に入ってきたのは──


 逆立った銀髪。鋭い目つき。

 ボタン全開のカッターシャツの下に着た緑のTシャツ。


 ──マジかよ。

 そう声に出してしまったくらい、僕にとってその生徒の姿は衝撃的だった。ルタ、五十嵐さんもほぼ同様の反応だ。


 僕たちがよく見知った彼は黒板の前に立つと、チョークを贅沢に使いながら巨大な文字を書いていった。

 極太の白文字が黒一面を埋め尽くし、誰もが唖然とする中、怖いもの知らずのあいつは堂々と話し出した。


「俺はドラル・エコー。この学校でお前らと一緒に学ぶために生まれてきた男だ。よろしくな!!」


 なんでお前がここにいるんだよ!

 ああもう、最悪だ。僕の平穏な学校生活を返してくれ......。


 こちらに気づいてそっと不敵な笑みを浮かべるエコーから不貞腐れ気味に目を背けた。

 そして窓の外、空を雄大に浮遊する入道雲を見つめながら僕は優しいため息をついた。









『──あら、随分と派手にやられて帰ってきたようね。いつもの威勢はどこへ行ったのかしら』


『黙りなさい! これは何かの間違いですよ!! エコーめ、この私に本当に反旗を翻すとは......フハハハハッ! いいでしょう! あなたのような害虫は私が駆除してさしあげましょう!』


『落ち着きなさい。あなただって、彼が脅威となる可能性を予測できなかったわけではないでしょう? しばらく休むといいわ』


『なら、俺様が行く! 俺様は早く戦いたいんだ。このままじゃおかしくなっちまう! 頼むサファー、俺様に行かせてくれぇ!』


『ダメ。あなたは何も考えずに人を殺し過ぎなのよ。その度に私たちが揉み消さないといけないんだから。それに......少しは私にも楽しませてくれてもいいじゃない?』


『......やれやれ、仕方ありませんね。では、私はしばらくお暇を頂くとしましょう』


『どこに行くつもり? まさか、またあのガキのところに』


『サファーさん、あなたも賢明ならそのような言葉は慎んだ方がいいですよ。彼はまさしく、全知全能の神に等しいのですから』

ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。今回を持ちまして、第一部は完結となります。

現実に絶望して何もかも諦めていた少年は、戦って傷ついて失って、でも大切なものをたくさん手に入れた立派なヒーローになりました。第二部では、ヒーローとしての彼の成長と周りの変化、そして訪れる結末を描きます。

今後の予定としては、第二部を投稿しつつ、第一部との間の出来事を描いた話も書いていこうと思っております。それでは。

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