Trust.19 -孤独 誰もが抱える病-
トパーズは、死んだ。
僕はもう何度、人の形をしたガラスが無惨に砕け散る瞬間をこの目で見たんだろう。
これからあと何度、こんな場面を見ては胸を痛めればいいんだろう。
悲しくて、やりきれなくて、でも何もできなくて。
またひとりぼっちの僕はこれからどうすればいいんだろう。
戦いで負った傷や苦しみ、ましてや余命すら、もうどうでもよかった。
およそ何を話しかけたらいいのか分からないといった様子のルタたちに、僕はそっと笑いかける。
「正義……大丈夫?」
おかしいな。
僕は笑っているはずなのに、皆は怪訝そうな顔をしている。
うまく笑えてないのかな。
笑い方すらも、忘れてしまったのかな。
「……ははっ、ごめん。皆、今日は大変だったね。僕はもうしばらくここにいるから、先に帰っててよ」
こんなにも心苦しいなら、初めから出会わなければよかった。
もう誰も傷つけたくないし、僕も傷つきたくなかった。
だから、僕は全ての関わりを断ち切るんだ。
「──そうやってずっと一人でいるのか? そのまま悲劇の主人公気取ってるつもりか?」
へたり込む僕の耳に届いた荒々しいノイズ。
全身がその声に激しい拒絶反応を起こし、目を見開いた僕は立ち上がって音の発生源を小さな拳で殴り飛ばした。
「お前に……お前なんかに何が分かるッ!!」
その姿がそんなに珍しかったのか、ルタと五十嵐さんは目を丸くしている。
次の瞬間、息を荒くする僕の顔面には当の本人の拳がぶつかっていた。
瞬間湯沸かし器程度の僕の拳と、灼熱の溶岩のように熱く硬い彼の拳。
同じ男なのに、こんなにも違うのか。
吹っ飛ばされて簡単に地面に伸された僕は、痛みと悔しさのあまり、エコーを猫のように睨みつけていた。
「知らねえよ!!!!! お前の気持ちなんてなぁ!!!!!」
だが、そのとてつもない気迫と声量に圧倒され、燃えかけた僕の炎は見事に鎮火されてしまった。
彼は自慢の銀髪を一撫でして、呼吸を整えた。
「いつまでもうじうじしやがって。いいか? お前は一人になれないんだよ。残念だったな」
未だ収まることのない頬の痛みに耐えながら、僕を見下ろす彼の姿をしっかり捉える。
太陽を背にした彼は、一瞬神にも見えた。
「そうだよ……僕は弱いから。かっこつけておきながら、誰かと一緒じゃないと僕は……本当にダメなんだ……」
どれだけ一人になろうとしても、僕の前に誰かが現れれば、きっと僕はその誰かを心の拠り所にしてコソコソと生きていく。
その弱さをエコーに断言された僕は、擦り付けどころを失った苦しみを吐くように泣いた。
「そういうことじゃねえんだよ!! 俺が言いてぇのは!!」
エコーに大声で叱られた僕には、もう何がなんだか分からない。
血と汗と涙で、なんかもういろいろとぐちゃぐちゃになってしまった。
何なんだよ、早く言えよ。
「俺は生まれてからずっと孤独だった。両親の顔なんて見たこともねえし、親戚も知らねえ。だから俺には帰る家が、居場所が無かった。けど最近やっと見つけた。俺が一番俺らしく生きられる居場所をな」
エコーは左腕に装着されたままのジュエライザーを少し嬉しそうに見つめた。そして、アスファルトを踏みしめて、僕に一歩だけ歩み寄る。
彼が何を言いたいのか、その真意が未だに僕にはわからない。
「それが、なんだっていうんだよ」
「……お前には、ちゃんと居場所がここにあるだろ。居場所を守れる力もあるだろ。そんな簡単なことにも気づかずに、勝手に孤独だとか無力だとか思い込んでんじゃねえよ」
……ここが、僕の居場所?
僕の守るべき……居場所……?
失っていったとばかり思っていた僕の居場所は、ここにあるというのか?
そんな……まさかそんな……。
僕は皆の期待を裏切って、勝手に塞ぎ込んで……。
居場所なんてあるわけが……。
「石海くん、ひどいよ」
悩み俯く僕は、今度は少し頬を膨らませた五十嵐さんに怒られてしまう。
何だよ、なんで寄ってたかって僕をいじめるんだよ。
「石海くんがひとりぼっちだって言うなら、ルタちゃんは、ガラクさんは、ヒスイちゃんは、小城さんは、大将さんは、将子ちゃんは……私は赤の他人? 違うよね。どれだけ自分を孤独にしようとしても、私たちがいる限り……あなたは一人じゃないんだよ」
なんで……なんで五十嵐さんが瞳を潤ませてるんだよ。
それは何のための涙なんだよ。
もう、意味がわからないよ。
続けざまに後方から元気よく「せんぱーい!」という声が届けられる。
振り返ると、小城さんの肩を借りて歩くヒスイの姿があった。
「何があっても、ひとりぼっちになんてさせない。石海くんに力がないなら、私たちが石海くんの力になる」
トパーズの攻撃でできた傷の辺りを、彼女の瞳から零れた一筋の雫が通っていった。
けど、反対に晴れやかな笑みを浮かべていた。
五十嵐さんだけではない。
エコー以外は皆笑っている。
僕も、そんな風に心から笑いたかった。
──笑いたいんだ、もう一度。
「正義。トパーズから預かった伝言だ。正義──」
先に逝ってしまった友が、ガラクに託していた言葉。
単純なそれは、満身創痍の身体に薬のように効いてくる。副作用があるとしたら、それはきっと両の目から流れ続ける涙だろう。
「正義なら大丈夫だよ! だから……一緒に帰ろうよ。ね?」
トドメとばかりに、ルタの満面の笑みだ。
何が大丈夫なのか分からない。
けど、その笑顔を見ていると何もかも大丈夫な気がしてきてならない。
僕は僕が大嫌いだった。
これからもずっと、少なくともあと3年は、自分自身を嫌悪し続けるんだと思う。
今はこんな自分を肯定することができない。
だけど、いくら僕が僕のことを嫌いでも、僕は独りじゃなかった。
僕がどんなに現実に絶望しても、僕は無力じゃなかった。
単純な言葉を使えば、僕はこんなにも素敵な仲間たちを、知らぬ間に、僕が気づかぬ間に手にしていたんだ。
そんな宝物に目もくれていなかった僕は、五十嵐さんが言うように「ひどい」奴だった。
散々流してきた涙の意味が、やっと変わり始めてきた。
気が抜けたのか、仰向けに僕はドサッと倒れる。
目の前に広がるのは、一切の逃げ場のない青空。
──いや、もう逃げなくてもいいんだ。
皆が僕に勇気をくれた。
これからの短い人生で待ち受ける様々な出来事を、この小さくて弱い身体で精いっぱい受け止めてやる。
僕の目の前で先に行ってしまった皆に、いつか胸を張って会えるように。
心の器が再構成される。
空っぽだった中を埋めてくれた皆の前で──この身を懸けて守るべき宝物の前で、僕はようやく少しだけ微笑みを浮かべることができた。
「……本当に……ありがとう」
一人になりたくない寂しがり屋の僕と、誰かといることで傷つきたくない僕。
二人が共存する唯一の方法。
ヒーローである僕が、この手で皆を守るんだ。
遠い空の上で静かに昼寝をしている仲間たちの下で今生きている僕は、戦う理由を心に刻みつけた。
「お前はひとりじゃない。俺たちは、いつでもお前のそばにいる。ずっと、いつまでも──」





