Trust.13 -正念 それでも立ち上がる男-
「くそっ……何回戦っても、勝てない……!」
血反吐と弱音を吐く僕の背中をトパーズは思い切り踏みつけた。
かかとがグリグリと食い込んで、たまらず僕は悶絶し大きな声を上げる。
「ハハハハハハハハハッ!! 無様なもんだな。結局お前には何もできなかった。どうだ? 大切なものをを何ひとつ守れない、一人ぼっちの負け犬に生きる価値があると思うか?」
高らかな笑い声が空虚な工場内に響く。
突如として僕の呼吸は荒くなり、身体中から汗が吹き出してきた。お得意の精神攻撃がじわじわと僕の心を蝕んでいるようだ。
必死に前向きな気持ちを保とうとしても闇の中にかき消されてしまい、ついには何も話せなくなってしまう。
心の奥底に埋めた人生の嫌な思い出を乱暴にスコップで掘り返され、息苦しくなり死にたくなる。
……もういいや。トパーズの言う通りだ。
何一つ守れなかった僕に生きる資格なんてないよな。
今まで何度も諦めかけてその度に何とか掴み直してきたけど、もう、もういいや。
全部捨てちゃえばいいや。
「──石海くんは一人ぼっちなんかじゃない!!」
だが、暗く深い海の底に一筋の光の矢が放たれた。
僕を絶望から救いあげたその叫び声は哀しくて、でも温かかった。
それが自分にも向けられたものだと認識したトパーズは僕から足をどけて、ゆっくりと工場の外の日向にいる五十嵐さんに向けて歩を進める。
力なく顔を上げると、近づいてくる異形の怪人に腰を抜かす五十嵐さんが視認できた。
常識というものがまるで通じない相手に抗うことがどれだけ恐ろしいことなのか。
知らぬ間に忘れかけていた気持ちを僕は思い出した。
「なら、お前を殺せばこいつは一人ぼっちになるか?」
──僕がいると、五十嵐さんが、皆が傷つく。それなら僕は……。
危険な考えに及びそうになる僕の左手首が突然強く発光し、トパーズの方へ飛び出していく。
「ならないし、殺させない!」
ルタは両手を広げて五十嵐さんを守る障壁となった。
あんなに感情剥き出しで、あんなに鬼気迫る表情の彼女を、僕は見たことがない。
いつだったか、五十嵐さんはこの世界で一番の親友だとあいつは話していた。
いつもの軽い口調だったけど、その気持ちに嘘はないはずだ。
だから、今こうして必死で五十嵐さんを守ろうとしているんだ。
「ルタ、なぜ邪魔をするんだ? 俺たちカラットは人間の手で汚され、滅ぼされたんだ。──当然のことと思わないか?」
言葉と言葉の間に妙な間を開けるトパーズはジリジリとルタに迫る。それに合わせてルタも少しずつ後退していく。
やめろ……ルタに戦う力はないんだ。
くそっ、動け! 動け、僕の身体!!
「トパーズ。お前もかつては人間と強い絆で結ばれていたはずだ。我にはお前がその気持ちを簡単に捨てられるとは思えない。まだお前の中にその気持ちの欠片が残っていると、我は信じている」
「その声はガラクか。愚かな人間どもを信じて俺たちとの絆を断ち切ったお前にだけは言われたくないな……そこをどけ!」
旧友の言葉も虚しく、容赦なく振るわれる凶器たる拳。
生身でまともに食らったルタはよろめいた末に倒れ、それを足蹴で払いのけたトパーズは腰を抜かした五十嵐さんにいよいよ接近する。
もうやめろ。
これ以上……これ以上みんなを傷つけるな……!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!」
引きずるのも辛い足をよくわからない何かが動かし、本能のままにトパーズの腰に全身でしがみついた。
鉄の柱を動かそうとしているみたいだ。1ミリも動く気がしない。
「みんなに手を出すな……代わりに僕を殴れ! 僕を殺せ!!」
生身の僕が彼を止められるはずもなく、すぐに振りほどかれて顔面に強烈なパンチを食らう。
巨大な水玉模様みたいに黒く染まった天井が見える。
ダメだ……頭がグラグラする。
このまま眠っちゃえば気持ちよさそうだな……。
いや、まだだ!
トパーズを止めるんだ! 絶対に!
殺された仲間のために……僕を信じてくれた仲間のために!
「止まれぇぇっ!」
踏ん張った僕は地面にダイブし、トパーズの足を掴んだ。脚部に生えた無数の小さな棘が手に刺さり、痛覚を刺激する。
そして、その足で思い切り顔面を蹴られ、地面をのたうち回った。
口から、鼻から、いろんなところから流血し、満身創痍とはまさにこのことだ。
「黙ってそこで見てろ。お前の守るべきものを壊す瞬間を」
残酷な現実として迫りつつある死への恐怖を振り払うように五十嵐さんは首を振った。
彼女の目からとめどなく涙があふれる。
立ち上がることができない僕は、地面を這いつくばりながらそれをただ見ているしかなかった。
僕なんかと出会わなければ、彼女はこんな目に合わなくて済んだのに。
僕がこんなにも惨めで弱いばかりに、僕は自分を含めた色んなものを傷つけてしまった。
以前この場所で裕斗は「後悔しないように生きろ」と僕に言った。
今更後悔したって遅い事は分かっている。
だが、太刀打ちできない事を前にした人間は、仮定の話をせずにはいられないのだ。
僕に……もっと力が、僕がもっと……!
「僕がもっと強ければ……こんなことには……」
死んでしまいたいほどの無力感。
僕の目の前に広がる全ての事象への絶望。
自分が情けなくて、心の底から悔しくて、泣いてる場合じゃないのに、ただ誰のためにもならない雫を流し続けて──
……誰か、誰か助けてよ。
僕が最後の望みをかけて神頼みをした瞬間、工場内全域が淡い緑の光に包まれた。
突然のことにトパーズもその動きを止める。
この光、まさか……!
その場にいた全員が、緑の光が徐々に収束していくのをしっかりとその目で確認した。
絶望的展開にとりあえずメスを入れたその善とも悪ともわからない光に、僕は一筋の希望を見出して、倒れそうになりながら五十嵐さんのもとへ走り出した。
気づけば殺伐とした廃工場は青空が広がる草原になっていた。
「ルタ、五十嵐さん、大丈夫!?」
「な、何とか……。石海くん、それよりこれって」
五十嵐さんの問いかけに僕は静かに頷き、見通しが遥かに良くなった周囲を見回す。
そして後ろを振り返った時、僕が頭の中に思い浮かべた人物が知らない誰かとともにこちらへ歩いてくるのがわかった。
「ヒーローは遅れてやって来るってな」





