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Trust.11 -空虚 絞り出す正義感-

「──先輩。学校、行ってきます。お昼ご飯は冷蔵庫にあるので、それ食べてくださいね」


 学校に行かなくなってもう5日。

 そろそろ定型文になりつつあるヒスイの言葉を無視して、僕はベッドの端で蹲っている。


 ヒスイは鞄を手に僕の部屋を出た。

 ドアの閉まる音だけが虚しく響く。今や僕も立派な引きこもりだ。


 ここ数日は生きているのに死んでいるような状態だった。

 皆がいない時にご飯だけ食べて、あとは右腕に巻かれた包帯をじっと眺めていた。


 この傷についても何も言わなかった。

 何を聞かれても「自分でやった」の一言。

 史上最大レベルで怒られたけど何も響かなかった。

 大きすぎた。失ったものが。


 生きることってこんなに辛かったんだ。

 妄想じゃない現実ってこんなに悲しかったんだ。

 生きている限り、苦しい人生は続く。

 けど、生きることを辞めたら何も残らない。


 だから僕は、なるべく傷つかずに、甘えて、逃げながらかろうじて生きる道を選択した。


 窓の外を見る。朝日を浴びながら小学生が列をなして登校していた。

 僕に気づいたそのうちの一人がこちらに手を振る。笑みを浮かべて左手で振り返した。


 母が車で職場へ向かったのを確認すると、1階へ降りる。

 食パンをこんがりトーストして、飲み物で流し込んだ。ほとんど味がしない。


 定期的に来ていた五十嵐さんからのメールも、屋上での一件以来一度も来てない。

 彼女の家にいるルタとはもう何十日も口をきいていない。


 そんなないないづくしの僕の生活にひとつだけあるのが、永遠に感じられるほどの暇だった。

 時間潰しに何かしようと思えるほど今の僕は生きることに前向きではないので、ただ何も考えずに息をしていた。


 そのまま眠りこけて、気がつけば午後3時を回っていた。

 鳴り響く着信音で目を覚ました僕は、スマホの画面を見る。五十嵐さんからだ。


 面倒くさいなぁ、何言われるんだろう。

 渋々通話ボタンを押すが、そこで聞こえてきたのは騒がしい雑音と切迫した彼女の声だった。


『石海くん! お願い、早く来て!!』


 普段の彼女からはありえない焦りようで、非常事態だということはすぐに分かった。

 僕まで慌ててもしょうがないので、あくまで冷静に応答する。


「どうしたの? そんなに慌てて」


『金色のカラットがいきなり襲ってきて……ヒスイちゃんもやられちゃって……! 早くしないと街が大変なことに──きゃあっ!!』


 突然の悲鳴とともにカタカタとスマホが地面に落ちる音がした。

 金色のカラット……トパーズ……!

 あいつが何かしたのか!?


「五十嵐さん!? 五十嵐さん、大丈夫!?」


 必死に呼びかけても返事はない。

 気持ちはどれだけ沈んでいても、心臓はバクバクしている。身体は正直だ。


『久しぶりだな、正義。いや……元クリスタルライザー』


 次に聞こえてきたのは、こびりつくような粘着質のトパーズの声だった。

 あの親しい好青年だった頃の面影がもう思い出せない。


「……何の用だ」


 怒りや憎しみ、その他諸々の様々な感情がふつふつと湧き上がり、それらを言葉に込めて電波に乗せた。


『この女の命が惜しければ"あの場所"に来い。決着をつけて、お前を殺して、人間のユートピアを完全に壊してやる』


 僕をどうしても戦わざるを得ない状況にさせるこいつは悪魔か何かか。

 人質という典型的な汚い手段に軽く憤ったが、きっと僕に考えている時間なんてない。

 何か一言言い返してやろうと思っているうちに電話は切られた。


 行かなきゃ。

 その気持ちだけが僕を部屋着から着替えさせた。

 ほんの数十秒で支度を済ませ、右腕の包帯を剥ぎ取ってから、結界を破るように家の外へ出た。


 決着? こっちのセリフだよ。

 この果てなき絶望を止めるためにお前を殺して、全てを終わらせてやる。


 ──僕はひとりになる。これが最後の戦いだ。





 駅前のスタジアム周辺の広場に到着した。

 辺りには多くの人が集まっており、どよめきや悲しみの声を上げている。

 ケガをしている人も少なからずいるようだ。


 確か今日はスタジアムで大型イベントが開催予定だった。

 大勢の人々が集合する場所をあいつは狙ったのかもしれない。


 人の波をかき分けていくと、ベンチの近くに見知ったいくつかの影を見つけた。

 傷を負ったヒスイがルタの肩を借りている。小城さんも一緒だ。


「正義ちゃん! こっち!」


 小城さんが僕に気づき、手招きして急かした。それに応じて早足で接近する。

 ヒスイは口から血を流し、制服も所々破れていた。


「先輩、すみません……。私の力じゃ、太刀打ちできませんでした……。もう二度と、先輩を戦わせないはずだったのに……!」


 責任を感じているのか、ヒスイは涙目になり僕に謝る。

 僕は周囲の状況に心が落ち着かず、首を横に振ることしかできない。


「正義ちゃん、奈乃ちゃんが奴に連れていかれた。電話で聞いた通り、場所はきっとあの廃工場だ。彼女を助けられるのは君しかいない。お願いだ、もう一度だけ戦ってくれ!」


 僕の肩に手を置いた小城さんは、願いを込めるように力を入れた。

 彼の熱く真っ直ぐな瞳を、何とか光を灯したままの両目で受け止める。


「……ヒスイをお願いします。ルタ、ガラク、行こう」


 ヒスイの身体を小城さんに預けたルタは僕のもとへ駆け寄る。

 その表情は僕のよく知る能天気さからはほど遠い。

 本当はそんなことないのに、睨んでいるように見える。


 僕がクリスタルライザーをやめなければヒスイが傷つくことなんかなかった。当たり前だ。


「……これが終わったら僕のことなんか一生無視してくれていい。だから、今だけは力を貸してくれ」


 自信がなくてフラフラしている僕をその透き通る目が捉える。祈るように見つめ返した。


「早く行こう……奈乃が待ってる」


 そして何かを決意したようにルタは真っ直ぐ前を向いた。

 そうだ。今はこれでいいんだ、僕たちは。


 ジュエライザーに変化したルタが左手首に巻かれた。久しぶりの感覚に妙な懐かしさを覚える。

 僕はそのまま"あの場所"へ向けて走り出した。


「先輩!」


 それを呼び止める元気な声。振り返ると、小城さんに肩を借りるヒスイが瞳を潤ませていた。


「絶対に……負けないでください!」


 ストレートな応援がギュッと心を抱きしめる。

 小さく腕を上げてそれに応えた。

 ありがとう、そしてごめん。


 再び前を向いて走り出した僕は人波を突っ切ってスタジアムを飛び出し、そのまま郊外の廃工場を一直線に目指した。


 僕の全てを犠牲にしてでも必ず助け出してみせる。待ってて、五十嵐さん!

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