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Trust.08 -逃走 本当の心はどこに-

 商店街なんかに入らずに普通に大通りを散策すればよかった。

 遅すぎる後悔を胸に僕はトボトボと駅を目指した。


 腹も減ったし、とっとと帰ってご飯にしよう。

 半ばやけになっている僕の後方からまたも僕を呼び止める声が聞こえる。


「せんぱーい! 今帰りですか?」


 小さく手を振るヒスイが元気よくこちらに駆けてきた。


「まあね。ヒスイも?」


「はい。いろいろ用事を済ませるついでに、クリスタルライザーのことも両親に話してきたんです。やっぱりお父さんは難色を示してましたけど、なんとか了承してもらいました」


 これで正式にヒスイが僕の後任となったわけだ。思い残すことなどない、はずだ。

 話によるとヒスイはクラスの委員長を担当することになったらしい。少し危なっかしいところもあるが、基本的には大真面目なので適任と言えるだろう。


 そういえば、ヒスイを初めて家に泊めた日の翌朝知ったことだが、なんと母には初めからバレていたらしい。

 大激怒されるかと思い必死に事情を説明したが、父にバレなければしばらくは許すという意外にも寛大な措置を頂いた。

 まあバレないと思うけどというおまけもついていたが。


 というわけでコンビニ弁当を買う必要はなくなり、ヒスイは毎晩うちの晩ご飯を食べている。

 父の帰りが遅いときには3人で食卓を囲むこともあり、一人っ子の僕にとってなかなかに新鮮な光景であった。

 ヒスイも母の作る料理に舌鼓を打っており、すっかり気に入ったようだ。


「今日のご飯は何ですかねえ。楽しみだなあ」


 夕飯に想いを馳せるヒスイの瞳はときめいていた。お前、完全に現代の食事の虜になってるな……。


「そうだな……今日はめちゃめちゃ美味いカレーでもどうだい?」


 ヒスイのワクワクに答えるように何者かが後方から僕たちに声をかけた。


 もう誰も後方から話しかけるな!


 心中でそうツッコミながら首をひねって振り向くと、くたびれたスーツを着崩した猫背の男性──小城さんが立っていた。


「よっ。一杯どうだい?」





「うひゃああああああ、美味しいいいいい! 何ですかこれ! 美味しすぎますよ!!」


「お嬢ちゃん、いい食べっぷりだね! よし、特別にお値段3割引だ!」


 ヒスイがあまりにも美味しそうに食べるので大将さんはついそんなことを口走り、将子ちゃんにスリッパで思いっ切り頭をはたかれた。心地いい打撃音が店内に響き渡る。


 小城さんに誘われて僕たちは『うま』にやって来た。

 僕は帰りたかったのだが、小城さんがしつこく放った『伝説のカレー』という言葉にヒスイは完全に躍らされてしまった。しょうがなく小城さんの誘いに乗ったというわけだ。


「まさかルタちゃんに娘さんがいたとはねぇ。どー見ても正義ちゃんたちと同世代にしか見えないけどなあ」


「カラットはある程度まで身体が成長するとそこからの成長が極端に遅くなるんですよ。寿命も人間の100倍くらいはあります」


 ヒスイがさらりとカラットの秘密を打ち明けると小城さんは「マジか……」とわかりやすく驚いていた。

 確かに、今まで出会ったカラットのほとんどは20代から30代くらいの容姿を持っていた。ますますルタやガラクの実年齢がわからないな……。


「さて、悪いけど本題に入らせてもらおうか、正義ちゃん」


 朗らかな笑い顔から一変して鋭い目つきになった小城さんは僕に視線を向ける。

 大人の貫禄というか経験の差みたいなものが僕の身体を縛り上げ、ピキッと固まらせる。


「クリスタルライザー特集、掲載当初は社内から『これ大丈夫なの?』みたいな目も向けられてたんだけど、結構人気出始めちゃってさ。最近はテレビ局が情報求めて俺のとこに来たりもしてるんだよ」


 小城さんは机の上に『宝南タイムズ』という雑誌のとあるページを開いた。

 1ページを贅沢に使ったモノクロ写真にはクリスタルライザーとカラットのぼやけた姿があり、ページを跨る見出しには『独占スクープ! 人間を守る正義のヒーローここにあり』の文字が躍る。

 記事の内容は具体的な状況説明と手放しでの称賛。とんでもない持ち上げられようだ。


「俺はこれまでの戦いのほとんどを遠くからだがこの目で見てきた。あの工場でもな。……正義ちゃんの気持ちがわからないほどバカじゃない。けど、それでも言わせてもらう。──もう一度戦ってくれないか?」


「それは……宝南社の広告塔になれということですか?」


 僕は小城さんに負けじと強い目力を持ってそう聞き返した。

 そんな僕の皮肉めいた態度に不満を感じたのか、はたまた驚いたのかは分からないが、小城さんはわずかに眉をひそめる。


「そう卑屈になるなよ。そりゃクリスタルライザーのおかげで俺はメシが食えてるわけだけど、それは俺の問題だ。俺が聞きたいのは正義ちゃん、君の気持ちだ」


「僕の……気持ち」


「ああ。君は今人類への脅威に対抗できる力を持ちながら、それを野放しにしているんだ。大切な仲間の命を奴らの手で奪われたんだろう? その仇を討とうとは思わないのか?」


 小城さんにそんな気はないことはわかっている。

 でも追い立てられている気がしてしまって、鼓動が否応なく速くなる。自然と顔も下を向いてしまう。

 仇討ちなんて、できることならとっくにしている。

 そんな気持ちにすらなれないんだ。


「──っと、悪い。別に責めるつもりはないんだ。俺が言いたいのは、このままでいいのかってことなんだよ。何のケジメもつけずにただやめるのか?」


「……僕はもう戦いたくないんです。思えば辛いことばっかりで、何ひとついい事なんてなかったですし」


「本気で言っているのか……? 正義ちゃんにとってクリスタルライザーであった日々は全く無価値な物だったのか?」


 段々語気が強くなる小城さん。

 けど怒っているわけじゃない。あくまで僕の心に問いかけているんだ。

 小城さんはその適当な性格からは想像もつかないほど仕事熱心だ。中途半端な気持ちで投げ出す僕を見過ごせなかったのだろう。


「──先輩はもうやめたんです。次からは私を取材してください」


 なおも押し黙る僕が作り出した静寂をヒスイのその一言が打ち破った。

 突然僕を庇うヒスイに、「へっ?」と小城さんは素っ頓狂な声を上げる。


「私がクリスタルライザーを引き継ぐって決めたんです。これ以上先輩に無理を言わないでください」


「別に無理強いしてるわけじゃないんだけどなぁ……」


 強い覚悟を持って訴えるヒスイに小城さんは頭を掻きながら戸惑いの色を見せた。

 情けないけど、ヒスイがあとを引き継いでくれて本当に良かった。僕に残された唯一の逃げ道だからだ。


「大丈夫です。ちょっとおっちょこちょいだけど、私もやる時はやるので」


 拳を握って少し突き出したヒスイ。

 溢れ出るその自信を一身に受け止めた小城さんは、乗り出していた身体を事切れたように後ろにドサッともたれかけた。

 ネクタイを荒っぽく緩めて水を一口飲むと、諦めにも似たため息をつく。


「ま、俺がとやかく言うことでもないだろうし、二人が本当に納得してるならそれでいいよ。クリスタルライザーの取材は続けさせてもらうぜ」


 その言葉を聞いて僕も緊張が途切れ、自然と背筋が曲がった。

 するとヒスイは小さな声で「良かったですね」と僕に耳打ちしてきた。

 なんか良い雰囲気だったので僕は「うん」と頷いたが、冷静に考えてみると何が良いのか全くわからない。


「大将、お勘定。あ、そうだ。将子ちゃん、前言ってたアイドルの件どうなったの?」


 小城さんはレジへと進みながら将子ちゃんにそう尋ねた。言われた将子ちゃんはどこか恥ずかしそうにしている。


「と、とりあえず受けてみることにしました。最初は嫌だったんですけど、あまりにもしつこかったんで」


「俺は反対だぞ! 変な輩が付き纏ってきたらどうするんだ!」


「今からそんな心配かよ。面白そうじゃんか、応援してるぜ。それじゃまたな」


 アイドルに起こりうるスキャンダルを杞憂する大将さんをなじった小城さんは、さりげなく僕たちの分も払ってから店を出ていった。

 その口振りから、将子ちゃんはアイドルのオーディションか何かに誘われたようだ。


「アイドルって、本当なの?」


 僕が未だ半信半疑でそう聞くと、将子ちゃんは頬を人差し指で掻きながら隠しきれない照れ臭さを顔に集結させた。

 あまり聞かない方がよかったか?

 好奇心丸出しで問うたことを少し後悔していると、彼女はふいにA4サイズのカラフルなチラシを取り出した。


「実は前に話した例の友達がアイドル志望でして、一緒にオーディション受けないかってしつこく言われたんですよ。何度も断ったんですけど、彼女は本気だし段々申し訳なくなってきて。歌もダンスも出来ないですけど、とりあえずやってみようかなって思ったんです」


 将子ちゃんが開いたチラシには4人の女の子のシルエットが描かれており、その上に『4人組アイドルグループ、メンバー募集』と極太のフォントで謳われていた。


 主催する事務所、最近ダンスユニットをたくさん輩出しているなかなかの大手じゃないか。これは競争率も高そうだな。


「僕も応援してるよ、頑張って」


 そう激励すると大将さんに「ダメだよ正義くん!」と注意された。

 まだ中学生だし、心配するのも無理はないよな。

 将子ちゃんはそんなお父さんをよそに、何やかんや言いながらやる気になっているようだ。


「そうだ。その友達、最近どう? エコ……緑のバケモノと一緒にいたって言ってたけど」


 僕たちも帰ろうと立ち上がった時、ふとエコーのその後の動向が気になりそう尋ねた。


「最近はすこぶる元気ですよ。何があったかは教えてくれないんですけど」


 その様子じゃ、きっと何事も無かったんだな。

 クリスタルライザーをやめる前にあいつを懲らしめられて良かった。


 その責務を放棄しながら過去の勝利や敵の消息に気をかける自分に嫌気がさしながらも、素直に友達の無事を喜んで店を後にした。

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