Confidence.3 -変身-
数日経ったある日の放課後、僕は普段通り街をぶらぶらしていた。来るなと言っても勝手についてきた彼女には、隣で歩かれると目立つのでブレスレットになってもらった。
もう数週間したらクリスマスということもあり、入り口に煌びやかな装飾を施してある店も多かった。
この時期になると、カップルも街のそこかしこで見かける。
──まあ、友達すらいない僕にはクリスマスなんて関係ないしそもそも興味ないけど。
『キラキラしてるね~、私こんなの見たの初めてだよ』
うわっ、なんだこのぞわぞわってする気持ち悪い感じ。頭の中で響いてるみたいな。僕は小さく素っ頓狂な悲鳴を上げた。
『正義にしか聞こえないように正義の脳に直接話しかけてるんだよ。声出さなくても私と喋れるよ』
そういうことか、驚かせるなよ……。
あのさ、本当に何も覚えてないの? 今まで何してたとか。
『うん。クリスタルライザーに関係することだけ。それ以外は何も覚えてない。なんで私がこのブレスレットになれるのかも知らないし、そもそも私自身が何者なのかもよくわからなくて』
まあそんな芸当ができるんだから、少なくとも人間ではないのかもな。
なんか普段の感じからして全然そうは見えないけど、お前って意外と大変なんだな。
『そーなんだよ! だ・か・ら、正義にクリスタルライザーになってもらわないと、何の手掛かりもつかめないわけ。ね、やる気になった?』
なってない。調子に乗るな。
けど、身寄りのないお前を今更放っておくわけにもいかないし、少しの間だけ面倒見てあげるよ。
『やったー! お世話になりますっ!』
いつものアホ元気な声が直接脳内に届いてきた。やかましいと思いながらも不思議と苛立ちはしなかった。
ずっと聞いてて、もう慣れてしまったのかな。まあ、どうでもいいか。
静けさを求めて、足は自然と人の少ない裏通りに向かっていた。
裏通りにも華やかな装飾がないわけではないが随分と控えめであり、僕にはそれくらいがちょうど良かった。
こんな僕でも、大人になったら誰か素敵な人とこの辺を歩いたりしたのかな。子どものためにクリスマスプレゼントを買いに行ったりとか……。意外と楽しそうだな、なんか。
いつになく現実的な妄想に浸っては少し寂しさを覚えていた、その時だった。一人の男性が前からふらふらとおぼつかない足取りでこちらに向かってきた。
髭が生えてて髪は長め、衣服は所々汚れている。酔っ払いか、危ないクスリをやっちゃってるとか、いずれにせよ普通ではなかった。
「うう……ああ……」
掠れた呻き声を男性は上げた。
よくわからないけど、とにかく見るからに怪しい人には近づくなという昔からの常識が働いて、僕は近づいてくる男性から距離をとった。
道路の左端から右端まで離れた距離で男性とすれ違う。横目で男性をチラッと見ると明らかにヤバい目でこちらに視線を向けていたので慌てて下を向いた。
『正義、あれ多分カラットだよ』
ルタがひそひそ声でそう言った。……え? あれが? けど、見た目は普通の人間だぞ。
『確証はないけどあの人の中にカラットの血を感じた。きっとそれがあの人の身体や人格を支配しかけてるんだと思う』
カラットの血が人間を支配する……? カラットっていう存在が復活するんじゃないのか? カラットって、何なんだよ一体……。
自問を繰り返していると、彼女は唐突に人間の姿になり僕に詰め寄った。びっくりさせるな。
「ささ、今がチャンスだよ! 早く変身して倒そう!」
「そんなことできるわけないだろ! あの人まだ何もしてないし、それに普通の人間だぞ。そもそも僕はやるなんて一言も言ってない」
彼女の非常識的な提案に抗議すると、彼女も怒り顔で僕に抗議してきた。
「なんで!? 今なら無抵抗な状態で倒せるのに! それに一度カラットに支配された人間はもう二度と元には戻れないんだよ。あーほら、もたもたしてるから!」
何かに気づいた彼女が男性の方を指さした。そちらに振り向くと、男性は呻き声を上げながら苦しそうに頭を抱えていた。
男性の身体を包み込むように周囲に深い青色のオーラが発生していた。オーラはやがて細かな結晶へと変化して、輝きを放ちながら身体にまとわりついていく。
元の面影はどこにもなく、男性の身体はあの夜に見たのと同じようなバケモノになっていた。
右腕にはホースのようなものが巻き付いている。
「あーあ、カラット態になっちゃった。ほら、こっちに隠れよう!」
彼女は呆然としている僕の手を引っ張って、建物と建物の間の適当な場所に隠れた。狭くて二人ともあまり大きく身動きがとれなかった。
「離せ、僕はもう帰るぞ。あんなのと戦うとか絶対嫌だからな」
表へ出てそのまま帰ろうとする僕の腕を彼女は力強く引っ張った。
「ダメだよ! あいつ放っておいたら何するかわからないよ? ほら早く!」
彼女は再びブレスレットになり僕の左手首に装着された。宝石の部分が淡い蒼白の光を点滅させていた。待機状態か何かだろうか。
「クリスタルを奥にスライドさせて『結晶化』って言えば変身できるよ!」
「だから僕は……あと3年、ただ平穏に生きていたいだけなんだよ。なんでわかってくれないんだよ」
残りたった3年しか生きられない。そんな僕の人生をわけのわからないバケモノとの戦いに費やすなんて真っ平だ。それが僕の率直な、変わらない真っすぐな気持ちだった。
「でもカラットがいたら平穏に生きられないよ?」
ルタのわずかな隙間を突くようなその言葉に僕はつい押し黙る。そんなことを言ったら僕だけの問題じゃない。世界中のどこにも平穏なんてなくなるだろう。そんな世界で生きていても……。
「変身すれば平穏を守れて、寿命が延びるおまけもついてくるよ」
決してふざけているわけではない。あくまで真面目な声音でそう唆す彼女に、僕は呆れつつも思わずフッと笑ってしまった。
余命宣告を受けた日からずっと人生に絶望していた。真面目に何か頑張ったってどうせすぐ死んでしまうんだって諦めていた。
それなのに羨望を込めた妄想の中に逃げていたんだ。けどここは妄想じゃない。現実だ。
殴り合いの喧嘩なんてしたことない。本当は怖いしやりたくない。
だけど、もしかしたら僕の残り短い人生がこれを機に何か変わるかもしれない。いつも妄想していた世界を守るヒーローに、まさか本当になる日が来るなんて夢にも思ってなかった。
もしかしたら、現実にもまだ少し希望はあるのかもしれない。
誰の差し金か知らないけど、本当に僕でいいんだな? あとで間違えたとか言われても知らないぞ?
「……わかったよ。ルタの言う通り、カラットがいたら僕の平穏は壊れるかもしれない。僕の平穏な人生を守るために戦うことにする」
「本当に!? やったー!! それじゃ早速、パパっと変身しちゃおう! 誰かに見られるとまずいからね」
甲高い声を上げて彼女――ルタは喜んだ。頷いた僕は左腕を前方に突き出した後、胸の前に持ってきた。右手をサッと左手首に構えると、この世に生を受けて以来最もかっこいいと思う声音で台詞を呟いた。
「結晶化」
同時にクリスタルをカチャッと音がするまで奥にスライドした。決まった! 妄想の中でよくやってた変身ポーズは無意味じゃなかった! 感動的だ!
その瞬間、僕の周りにカラットのよりも大きなサイズの結晶が10枚ほど出現した。形はどれもガラスの破片のように不揃いだ。
一見薄い半透明の青い結晶たちは僕の身体に張り付くとその厚みを増していき、あっという間に頑丈な装甲が出来上がった。
顔も徐々にマスクで覆われていった。けど視界は端が若干青白くなるだけで、それ以外は至って良好だ。
そして、体中には不思議な力が湧き上がってきた。なんだこれ、心の底から元気というか勇気みたいなアドレナリン的なものが溢れてくる。今までのネガティブな気持ちがどんどん押し殺されていく気がする。
硬そうな装甲に包まれた自分の身体を見回した。すごい、とても強そうだ。
「正義のヒーロー、クリスタルライザーの誕生だね! おめでとう!」
何がおめでたいのかはよくわからないが、どうやら僕は本当にクリスタルライザーに変身できたみたいだ。装甲の見た目の割には身体は重くは感じず、むしろ軽いくらいだった。
「ねえ、ちょっとだけ走ってみてよ。3歩踏み込むくらいでいいからさ」
ルタは急に変なお願いをしてきた。不思議に思いつつも、僕は言われた通りに道路へ向かって右足を思い切り踏み込んだ。
瞬間、誰かに背中を強く突き飛ばされたような気がした。慌てて後ろを振り返るが当然誰もいない。それがわかると同時に自分の両足が接地していないことに気づいた。
走るつもりで右足を踏み込み飛び出した僕の身体は幅跳び、いや、それすら通り越して超低空飛行のような状態になっていたのだ。そしてそのスピードも半端じゃなく、眼前に店のシャッターが迫っていた。
「うおおおおおっ!」
大慌てで地面を蹴って横に跳び、そのままゴロゴロと何回転もしてすっ転がった。初変身なのにこの醜態とは、かっこ悪い。だがルタは楽しそうにけらけらと笑っていた。
「あはははっ、よかったよかった! ちゃんとクリスタルエナジーが身体に行き渡ってるみたいだね」
クリスタルエナジー、今感じてる力の正体はそれなのか。そういえば、前に見たあいつもとんでもないスピードで動いてたな。この力がその原動力なのだろう。
疑問を巡らせながらのそっと立ち上がると、さっきのバケモノがこちらにゆっくりと近づいてきていた。腕のホースから水を放出させたバケモノは、手のひらで細く水平に伸ばして鋭い短剣を作り出した。
「我が名はオパル。忌まわしき人間を排除せんとする者なり」
悪役にありがちな低音ボイスで名乗りを上げたオパル。短剣を構えて走ってきた。
わかってはいたが、やはり戦うとなると怖い。足が一歩も前に進まない。
その姿が目前に迫るもどうすればいいかわからない僕は、へっぴり腰のまま何も考えずに拳を前へ突き出した。その拳は偶然オパルの腹部に届いたが、腰が入っていないので手応えはあまりなかった。
「ぐっ……おう……」
しかし、オパルは呻きながら数歩じゃ済まないほど大きく後退した。どうやら思いのほか、いやそれ以上にダメージを受けているようだ。
「うん! その調子でどんどん攻めちゃおう!」
ルタの言葉を耳に、拳を見つめた。そして、これまでの人生で感じたことのない、何かすごいものが胸で舞い踊っていた。よくわからないけど、できる気がする!
態勢を立て直したオパルは再びこちらを目掛けて猛突進してきた。僕もしっかりと拳を握りしめてグッと地面に足を踏ん張った。
振りかざされた短剣を最低限の動きで避けた直後、ガラ空きになった腹に思いっきり腰を入れて拳を打ち込んだ!
「ぐおおおおおおっっ!!!」
ドゴッという重い音が響くと同時に拳から淡い青のオーラが小さな円状になって放出された。次の瞬間、オパルの身体はくの字に折れ曲がり、数十メートル先まで豪快に吹っ飛んでいった。
「勝てる……!」
思わず声に出てしまった、今まで僕が持っていなかったもの。青く光る僕の拳は確かに自信に満ちていた。





