Trust.05 -遭遇 現れる新たな存在-
あっという間に春休みが終わりを迎えるとともに桜前線もどんどん北上していく。
4月になり、余命3年の普通の高校生に戻った僕は無事に3年生に進級した。
学校には久しぶりに来たものの、当然ながら特に何も変わってはいない。
両親の家から通うため、今日からは電車通学になった。
通勤通学の満員電車が僕にはとても新鮮なものに感じられた。
窮屈だわ誰かに足を思い切り踏まれるわで、早く降りたくてたまらなかったが。
最寄駅からは歩いて学校を目指した。
憧れの高校生活に期待で胸を膨らませる者、課題がまだ終わっていないと嘆く者、いつも通り友達と談笑している者。
その波に紛れながらそのどれにも属することなく、僕はただ静かに足を前に進めていた。
校舎の門をくぐり3年生の教室がある棟を目指す。
その棟内の壁には自分がどのクラスなのか分かるようにクラス分けの表が貼り出されていた。
僕の名字は「石海」なのでこういう時は見つけやすい。4組のリストの上の方に僕は自分の名前を見つけた。
「また同じクラスだね」
左方向からよく知った声が僕の耳を震わせる。
僕は自分の名前のすぐ下に「五十嵐奈乃」の名前を発見した。
「久しぶり。身体はもう大丈夫?」
ぎこちなく顔を横に向けると、綺麗な長髪を少し短く切っていた五十嵐さんが微笑んでいた。
なんか会うたびに「大丈夫?」って聞かれてる気がするな。そんなことを思いながら「大丈夫だよ」と作り笑顔を決める。
「その……ルタのことなんだけど、ごめん」
僕は片手を顔の前まで持ってきて五十嵐さんに平謝りした。
ルタのことはどうでも良かったが、あいつが五十嵐さんに迷惑をかけていないかが心配だった。
数回メールで様子を聞いてそのたびに五十嵐さんからは大丈夫だと返事が来た。それでも直接謝らなければとずっと思っていた。
「全然気にしてないよ。そのルタちゃんも同じクラスみたいだね」
クラス分けの表を指さした五十嵐さん。
確かに僕たちの名前の少し下に「栗栖ルタ」という名前があった。
これで同じクラスじゃなかったらなあ。
そんな苦そうな顔をしているのに五十嵐さんは気づいたようだ。
「喧嘩中みたいだね。石海くんのこと『バカ』って連呼してたよ」
面白そうに軽く笑いながら五十嵐さんは僕に教えてくれた。
あいつ、またベラベラと喋ったんだろうな。
僕は苦笑しながら、余計な詮索を避けるためにそれ以上は深掘りしなかった。
「で、そのルタは来てないの?」
「『後で行く』って言ってたよ。そういえばこの辺に書店がないか聞かれたけど、何か買いに行ってるのかな」
クラス分けに一喜一憂する生徒で埋め尽くされた廊下で、僕たちはそんな会話を繰り広げていた。
ルタが来る前にとっとと教室に入っとくか。「行こう」と小さく呟いて歩きだそうとした時だった。
「あいたっ!」
僕の背中に誰かがボスッとぶつかってきたのが分かった。
初日から随分と慌ただしいやつがいるもんだな。
そう思い振り返ると見知らぬ女の子が涙目で僕を見つめていた。
「ごっ、ごめんなさい! えっと、1年生の教室ってどこにあるか教えてもらえませんか?」
どうやら迷子になった新入生のようだ。僕は1年生の棟は隣だと教えてあげた。
それを聞いた彼女はパアッと明るい笑顔を満開にさせ、深く頭を下げた。
肩より少し上まである真っ白い髪の毛に透き通るような水色の瞳。
どことなく、いやかなり似ている気がする。まあ気のせいだろう。
「本当にありがとうございます! 何せ私、こういう場所が初めてで……学校ってこんなに多くの人がいるんですね」
辺りを見回しながら不思議な発言をする彼女に、僕と五十嵐さんは思わず顔を見合わせた。
その様子を見た彼女は両手を胸の前に持ってきてワタワタし始めた。
「すっ、すいません! 私、玉蝉ヒスイといいます。実は謝りたい人たちがいて、ここに来ればその人たちに会えるかと思ったんです。根拠は全くないんですけど」
ヒスイと名乗った彼女は毛先をいじくりながらそう言った。
その名前、容姿、行動……どれを取っても怪しい。非常に怪しい。
訝しむ僕を横目に五十嵐さんはヒスイに尋ねた。
「もし良かったらどんな人たちか教えてもらえるかな。私たちで良ければ力になるよ」
さりげなく僕も含まれていることはさておき、その探している人というのは気になるところだ。
ヒスイは「そうですね……」と何気なく目線を横に移したが、再びこちらに目線が向くことはなかった。
何やら4組のクラス表に釘付けになっている。
「どうかした?」
僕の問いにもヒスイは無反応だ。もしかして……。
彼女の目線の先にあるものを確認しようとした時だった。
「あっ、いたいた。奈乃〜」
人混みの中、少し離れた場所からルタがこちらに手を振っていた。五十嵐さんも小さく手を振って返す。
一瞬目が合うが気まずさを感じて僕はすぐに逸らしてしまう。
その直後、ヒスイが呟いた耳を疑うような一言を僕は決して聞き逃さなかった。
「お母さん……」
並の宝石の何倍も綺麗な彼女の瞳から一粒の涙が零れ落ちる。
『彼氏いない組』に属している僕のクラスメイトは、どうやら既婚者どころか母親だったみたいだ。
──本当、どうなってんだよ。
放課後の夕陽の光が部屋をオレンジ色に染め上げる。
まさか先日片付けたばかりのこの部屋にもう来ることになるとは思いもしなかった。
だけど、とりあえず事実の整理はしておかなければいけない。
どうでもいいことなのだが、こればかりは気になって仕方がなかった。
あの後ヒスイは号泣しながらルタに飛びついていった。
そりゃもう周りは何事だと大騒ぎだ。一番驚いていたのはルタ自身だった。
僕と五十嵐さんで何とかその場をやり過ごして、放課後に祖父の家で再び顔を合わせることにした。
床の小さなテーブルを囲んで僕、五十嵐さん、ヒスイ、ルタが座る。
もちろんルタの首元のガラクにもこの緊急会議に参加してもらう。
「久しぶりだね〜、ヒスイ。今の今まですっかり忘れてたよ」
ルタはおどけた調子で後頭部に手を持っていく。
先ほどガラクが再びルタの記憶を解凍したのでヒスイのことははっきりと思い出したようだ。
「言わなきゃいけないことはいっぱいあるんですけど、まず言わせてください。お父さん、お母さん……ごめんなさい。それと……もう一度会えて、本当に嬉しいです」
「こんな姿で申し訳ないが、我も同じ気持ちだ。我がお前にしっかり向き合うべきだったんだ」
涙目で両親に謝罪するヒスイに、どこか悔しそうな口調で謝り返すガラク。
ルタはヒスイの頭を「よしよし」と優しく撫でて、彼女が涙を流す手伝いをしてしまう。
ルタとヒスイは誰がどう見ても同級生かわずかに歳が離れてるくらいにしか見えない。
本当に親子なんだなと僕は感心にも似た驚きを感じていた。
「それで、一体何があったの?」
僕がそう聞くとヒスイは涙を拭い神妙な面持ちになった。
表情豊かなだけあって気持ちの切り替えも早いようだ。
「昔、とても仲が良い友達がいたんです。姉みたいな存在でいつも一緒に遊んでいました。けど、その友達は人間排除派のカラットの妹でした。彼女と離れたくなかった私は戦争を止めるために必死でお父さんを説得しました。でももう遅かった。戦争は始まって、人間側の切り札だった戦士の手で彼女は殺されてしまいました」
悲しげな顔で話に聞き入る五十嵐さん。
疑問を抱くことなく話を理解できているあたり、ルタから概ねの話は聞いてたんだろうな。
「それからの私は酷かったです。毎日毎日泣いて、お母さんに当たり散らして、お父さんを責め立ててました。誰が悪いわけでもなかったんです。だからいたたまれなくなってきて、最終的に家出を決意しました。今思えば、早く謝っていればよかったんですけど。結局私は、その日の夜に嵐に巻き込まれて事故に遭って……」
自身の過去を愚かしくそっと吐き出したヒスイは、また申し訳なさそうに両親に謝った。同じようにまたルタがその頭を優しく撫でる。
続いてガラクは先日僕に話したようにその後の経緯をヒスイに話した。少々驚きながらも彼女はその流れをしっかりと把握したようだった。
「そうだったんですか……どうしてカラットは復活したんでしょうね。そういえば、メルラさんはどこにいるんですか?」
ヒスイの言葉に含まれていた知らないカラットの名前。この際、全ての謎をはっきりさせておきたかった僕はそれが誰なのかガラクに尋ねた。
「メルラはハウリングのジュエライザーに封印されたカラットだ。我とルタ、メルラは同じ場所に埋めたはずなのだが、地形変動でも起こって別の場所に移動したのかもしれない」
ガラクはその身体を蒼く点灯させながらそう推測した。
誰かに見つけられたら悪用されそうだな、それこそカラットとかに。
「ところでヒスイ、これから行く当てはあるのか?」
ふいにガラクは話を変えた。
オリジナルのカラットは存在自体が復活するんだから、右も左もわからなくて当然だよな。今朝のヒスイの様子を思い出してそう感じた。
ヒスイは苦笑しながら「問題はそれなんですよね」と答えた。
「奈乃の家に来ればいいじゃん!」
ルタは物凄い名案でも思い付いたかのようにそう言った。お前なあ、自分のうちじゃないんだから……。
「ごめん、ルタちゃんは姿を変えられるからいいんだけど……」
案の定、五十嵐さんは両の手を眼前で合わせながら丁重にお断りした。
ルタはわかりやすくがっくりと肩を落とした。そりゃそうだ。
……ん?
ちょっと待てよ。この流れはもしかして……。
「……石海先輩、ダメですか?」
ヒスイが物欲しそうな顔でこっちを見ている……!
おいおい嘘だろ……僕の家か!?
「石海正義、頼む。お前なら娘を預けても心配はない」
いや心配であれよ!
年頃の娘を男子の家に預けるんだぞ!
そういう考えには至らないのか? いや至れ!
「それなら、ガラクたちも僕の家に来ればいいじゃないか」
そう反論するが、ガラクは「しかし……」と何か言いにくそうに口を紡いだ。
それを疑問に思っていると、ルタが目を細めてふてぶてしい態度でこちらを見ていた。
ああ、なるほど。僕と一緒にはいたくないというわけか。
「……はあ、わかったよ。しばらくヒスイはうちで預かる。ただし、これ以上の厄介ごとはもうごめんだからな」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
どこまでも強情なルタに譲歩した僕は深いため息をついた。
僕の気持ちなど知るはずもないヒスイは頭を下げ、五十嵐さんは「よかったね」と爽やかな笑顔を覗かせた。
ああもう、なんでこうも面倒くさい事ばかり起きるんだ……。





