Trust.04 -人生 伝えるべき感謝-
「──我の力の半分が入ったジュエライザーは忠義とともに過去へ戻り、その後行方が知れない。本来ならその半分が我のもとに戻るまで我は二度と目覚めないはずだった。だが、何者かがクリスタルに細工をして我の封印を解いたようだ」
感傷に浸る間もなくガラクは話を続けた。
僕はあの痛ましい夜のことを思い出す。
突然現れた少年がジュエライザーに触れてから、僕は意識を奪われて暴走を始めたんだ。
「まさか……あれはお前が?」
どんどん真相が紐解かれていき気持ちが切迫していき、つい問い詰めるような物言いになってしまう。
僕の問いにガラクはしばらく押し黙ってしまう。
「我の封印が徐々に解かれる過程でカラットとしての本能だけがお前の身体に寄生したのだろう。──すまなかった。本来なら目を見て謝るべきなのだが、今の我はこのクリスタルの中から話すことしかできない」
その堅物そうな話し方とは裏腹にあまりにも誠実なガラクに、ひとつも腹を立てることはなかった。
むしろ暴走の謎が解けたことで全ての荷物が肩から降りたような気がして、落ち着きと解放感でリラックスしていた。
「いいよもう。いろいろ知れてスッキリしたよ。新しい『資格者』が暴走することもなさそうだし」
「そのことだが……石海正義、考え直してくれないか。かつてと違い、増え続けた人間はそれぞれ別の方向を向いている。昔のように皆が同じ方向を向いてカラットに対抗することは不可能だろう。この時代で抗うことができるのは、同じカラットかクリスタルライザーだけだ。今お前が戦うことを放棄すれば、この世は復讐心にとらわれたカラットのものになってしまう」
ガラクは語気を決して強めることなく、あくまで淡々とクリスタルライザーの必要性を力説する。
ルタもそれに合わせて表情を曇らせる。
先ほどの僕の言葉をまだ気にしている様子だ。でも僕は謝らない。
「……もう決めたんだ。世界がどうなろうと僕はこのまま静かに生きていくって。自分勝手で無責任なのはわかってる。皆に幻滅されたってかまわない。けど……もうどうでもいいんだ。僕の正義は所詮こんなものだったんだよ」
どこまでも情けない発言を繰り返す僕。自分の甘さには太鼓判を押せる。
すっかり暗くなってしまった病室に生ぬるく湿ったらしい静寂が沈殿する。
それを掬いあげるようにルタがぬらっと立ち上がった。
「……帰ろう、ガラクくん」
ルタは小さくそう呟いて、軽蔑とも懇願ともとれる瞳で僕を一瞥してから病室をあとにする。
その首にぶら下がったガラクはなすすべなく揺られていく。
──どこに帰るんだよ。
嫌味ったらしく独り言ちた僕は空虚さから身を守るように布団を深く被る。
目が覚めたら新しい自分に生まれ変わってますようにと願いながら眠りについた。
およそ一週間後、僕は無事に退院することができた。
外傷はほとんど完治したのだがそれでもありがたいことに両親はひどく僕を心配している。
ということで、しばらくは両親の家で生活することにした。
今まで散々心配と迷惑をかけてきた分、恩返しとしてたくさん親孝行するつもりだ。
引っ越しみたいなものなので衣服や教科書類を向こうの家に持っていく必要があった。
両親は「代わりにやる」と言ってくれたが僕はそれを却下した。
クリスタルライザーをやめる前にやらなければいけない最後の一つ。
僕はあの人に会わなければいけなかった。
ある朝、僕は見慣れた家のドアをそっと開いた。
狭い玄関には僕と祖父の靴しか置いてない。
昔は靴が好きだった祖母のものもたくさん置いてあったが、祖母の死後に祖父が全て処分してしまった。
玄関からそのまま階段まで真っ直ぐ伸びる廊下を渡って自室に向かおうとした。
左手の部屋ではいつものように祖父が静かにテレビを見ていた。
きっと、映っていれば何でもいいのだろう。
「身体はもう大丈夫なのか」
いざとなると緊張してしまって話せない僕に、その体勢を決して崩さないまま祖父は会話の火蓋を切った。
部屋の扉辺り、互いの姿が見えない位置で立ち止まり「うん」と返した。
「……歳を重ねるごとにいろんなことを忘れていく。家族との思い出すらもな。けど、あの日のことだけは頭にこびりついている。装甲を纏った自分の姿も、それを見て驚く正義の顔も」
「……60年前から知ってたんだね、僕がクリスタルライザーになるって。ごめん、僕には荷が重すぎたよ」
自嘲気味に笑った僕はそそくさと階段を駆け上がった。
祖父が命をかけて託した未来への希望を僕は身勝手にあっさりと捨てたんだ。
60年の想いを無駄にした僕には、祖父に合わせる顔などない。
虚しく自分を貶しながら飛び込むように自室に入る。
散らかった部屋を一通り掃除した後、タンスから衣服を取り出して持ってきたカバンに適当に詰め込んだ。
スクールバッグとリュックサックに教科書類を分けて入れるとかなりの大荷物になってしまった。
ふいに僕は空っぽになってしまった部屋を見回す。
いつもいたはずのやかましい影はそこにはない。
先日五十嵐さんからメールがあり、彼女の家に泊まっていることが分かった。
全く気にならなかったわけではないが、もうただのクラスメイトでしかない。
いらぬ強情を張る僕はそれ以上様子を探ることはなかった。
大荷物を背負ったまま階段を下りた。
さすがに多いし後で父さんに迎えに来てもらおう。きっと喜んで飛んでくるぞ。
それを想像してしまった僕は思わず顔を綻ばせる。
一階まで下りると祖父はキッチンにて湯吞にお湯を注いでお茶を作っていた。
テレビの電源はいつの間にか切られており家の中はすっかり無音になっていた。
祖父と目が合った僕は口にすべき言葉が見つからず立ち尽くしてしまう。
「あの頃はひどく若かった。許してくれ、正義。もう荷物を背負うことはない。生きたいように生きればいい」
祖父は熱々のお茶を平然と一口すすり、僕の背中を後押しするようにそう告げる。
僕はこれでもうクリスタルライザーではなくなる。
だけど、祖父が──おじいちゃんが60年前にやったことは無駄じゃなかったと、本人の前で証明したかった。
「僕、クリスタルライザーになったこと、後悔はしてないよ。ほら、運動もするようになったし、いろんな人と話すようにもなったし。大切な友達もできたんだ。おじいちゃんにも紹介したかったよ。だから本当に……後悔はないんだ」
本当の感情を隠し通せる人間はこの世界に何人いるんだろう。
嘘を平気でつける人は相当強い心を持っているんだろうな。
真実の証明が頬を伝うのを気力で我慢する僕は再び歩を進め始める。
「こう見えてわしはちと寂しがりやなんだ。たまには帰ってきてくれよ」
おじいちゃんは渇いた笑いを含ませながら姿が見えなくなる僕にそう言った。
「わかってるよ」
笑いながら返す僕。
感情をあまり表に出さず、少しドライだけど確かにそばにいてくれたおじいちゃんが僕は昔から大好きだった。
「……僕の人生を変えてくれて、ありがとう」
あまりにも声が小さかったのでその言葉が耳に届いたかどうかは微妙なラインだ。
どちらでもいい。
伝えたかったんじゃなくて、ただ僕がそう口にしたかっただけだから。
廊下を突き進み靴を履いた僕は、そのまま一度も振り返ることなく金属製の古いドアのノブを捻った。
外に出ると春の太陽が僕をお祝いするように温かく迎えてくれた。
あなたのおかげで最近「寒い」と呟く回数が減った。感謝してます。夏は優しくしてね。
父を呼び出したところ、20分くらいしてから白い大きな車に乗って来てくれた。
荷物を後部座席に載せてから助手席に座ると車はすぐに出発した。
「ボーナス入ったら、旅行にでも行くか」
手慣れた運転をしながら独り言のように呟き、あからさまに僕の反応を待っている。
そんな父に「そうだね」と即答しながら、僕はどんどん遠ざかっていく祖父の家をミラー越しにボーっと見つめていた。





