Trust.01 -秘密 苦しみが終わる時-
不安で仕方なかった。
こんな状況で眠れるわけがなかった。
裕斗はどうなったんだろう。トパーズに勝ったのだろうか。
僕は受け止めきれない緊張感に押されるように外へ飛び出した。
裕斗は僕に後悔しないように生きろと言った。彼との約束は早くも破ってしまったようだ。
時刻は午前5時を回っていた。しかし、外はまだ暗闇に包まれている。
防寒など考えずに出てきたので、冷たい風がひたすらに寒かった。
けどそんなことどうでもいいくらいに、僕の頭の中は裕斗のことでいっぱいだった。
『う~ん、まだ眠いよぉ』
廃工場へ向けてひた走る僕の脳内にルタの寝ぼけた声が響く。
悪かったな、少しだけ我慢してくれ。
ルタのあくびをBGMにしながら夜明け前の街を疾走する僕は、後悔の無限増殖を止めるためにとにかく必死だった。
ターコイズも慎治さんも甘莉さんも、皆が一夜にしてこの世からいなくなってしまったなんて未だに信じられない。
もう誰も失いたくないんだ。
今度こそ、僕があいつを止めてみせる。
「こんな朝早くからどこに行こうっていうんだ?」
後方からの不気味な声が僕の背中をなぞる。
この声、間違いない。僕は足をピタッと止めて後ろを振り返った。
やはりそこにいたのは初めて出会った時に感じた誠実さとは正反対の、どこまでも人間を見下したような目をしたトパーズだった。
その手に持っているのは──
「裕斗のジャケット……」
多少の傷を負っているトパーズが右手に抱えていたのは紛れもない裕斗のジャケットだった。
袖や襟に穴が開いたりしてボロボロになっている。
まさか……本当に裕斗までも……。
「カラットとは言っても、覚醒者は所詮人間とのハーフみたいなもんだ。そんなグズが俺に勝てるわけがないんだよ」
トパーズは顔を歪めてかつての仲間を最大限侮辱した。
──神様、どれだけ暴走してもいい。人間に戻れなくてもいいです。
どうか、こいつを殺す許可を僕にください。
唇を噛み締めて怒りを拳で握り潰した僕は、感情に任せてクリスタルをスライドさせた。
全身が装甲で覆われて最後にマスクが形成される頃、トパーズも身体中に結晶を纏って侍と騎士を折衷したような薄茶色のカラットに変身した。
互いに変身が完了しても、ピクリとも動かずに膠着状態が続いた。
こいつはもう仲間でもなんでもないんだ。遠慮せずに行くぞ。
「そんなに人間が憎いのか?」
僕の最後通告のような質問にトパーズは人類という存在に唾を吐きかけるように答えた。
「当たり前だろ。バラバラのくせに誰かを陥れようとする時だけはとてつもない団結力を発揮する。ずる賢くて汚い種族だよ。だから俺が教えてやるんだ。本当にこの世界から追放されるべきは誰なのか。本当にこの世界を支配するべきは誰なのかをな!」
トパーズは腰の鞘からあの黄金の剣を引き抜いた。
その忌々しい剣で僕の仲間たちを……。
応戦するために僕もセイバーを呼び出す。
しかし、その刀身は3つ分しか伸びていなかった。
そんなバカな、目の前の敵をこんなにも強く倒したいと願っているのに!
頼む、僕に力を貸してくれよ!
そんな風にいくら念じても、結局セイバーの刀身が伸びることはなかった。
「どうやら、頼みの綱にすら見捨てられたらしいな。愚かな男だ!」
もたつく僕に威風堂々と接近してきたトパーズは剣を大きく振りかぶる。
そんな大振りの攻撃が当たるわけがない。スピードでかく乱してやる!
僕はサイドステップを踏んで高速移動を開始した……はずなのに、僕の動きにトパーズは平然と追従してくる。
「フハハハハッ! これは鬼ごっこか? だとしたらお前は弱すぎる!」
当たらないと高を括っていた大振りの攻撃が胸に直撃し、いともたやすく動きを止められてしまう。
2つ分まで刀身が短くなったセイバーで闇雲に斬りつけるも全く効果がない。
逆にオーラを纏った剣で手も足も出ずに滅多斬りにされ、無惨に装甲が削られていった。
僕の体たらくに呆れたのか、ついにセイバーは消滅してしまう。
それでも僕はなんとか立っていた。
こんなところで負けたら皆に合わせる顔がない。これ以上情けない姿を見せるわけにはいかないんだ。
「結局お前は何もできない。何も守れない。仲間の仇ひとつ取ることなく俺に狩られるんだ。……ゆっくり眠れ」
トパーズは刀身に渾身の力を込めると僕に向けて特大の金の衝撃波を放った。
僕は……何も出来なかったのか?
ユートピアの皆に何一つ恩返しもできなくて、トパーズに一矢報いることもできなくて、僕は一体何のために……。
迫り来る破壊の前にわずかな希望も薄れていき、絶望が支配を始める。
無防備の僕の胴体に直撃して、装甲とともに僕の心も崩れていくような気がした。
全身に大きな衝撃が走るとともに今までにない強烈な痛みが襲う。
地面を数回転しながら倒れ、口から吐き出された大量の血がアスファルトを染める。頭からも流血していた。
「己の無力さを思い知れ。そして絶望の中で恥じろ、か弱き人間であることをな」
僕のそばに裕斗のジャケットを投げ捨てたトパーズは捨て台詞とともにその場から姿を消した。
力無く手を伸ばした僕はそれを掴もうとするがもう力が入らない。
意識が朦朧とする中、必死に僕の名前を呼ぶルタの声だけが微かに聞こえる。
やがて僕は絶望に身を任せて静かに目を閉じた。
できることなら、もう皆のところに行きたいな……。
家のベッドとは明らかに違う手触り、そしてその独特な匂いからここが病院だということはすぐに察しがついた。
ハッと目を覚ました瞬間、自分がまだ生きていたことにあまり安心感は抱かなかった。
寝ぼけまなこで周囲を見回すと、僕が普通の病室のベッドの上で寝ていたことが再確認できた。
誰かが救急車でも呼んでくれたのかな。
けどルタは携帯を持ってないし、通りがかった人が連絡してくれたんだろうか。
そんなどうでもいいことを思案していると、病室の扉が開いた。
入ってきた二人の人物と目が合った瞬間、僕は再び絶望に苛まれた。
「父さん、母さん……」
両親はポカンとしている僕を見るなり、瞳を潤ませながら駆け寄ってきた。
そりゃ病院送りになれば両親に連絡が行くのは当然か……。
スーツ姿の父は僕の手を強く握り、大粒の涙を流し始めた。仕事帰りなのか、一日中働いた男の匂いが鼻腔を刺激する。
「良かった……! 丸一日目を覚まさないから……心配したんだぞ!!」
丸一日?
僕は病室内の電子時計をまじまじと見つめた。日付はいつの間にか翌日の夕方に変わっていた。
僕はそんなに眠っていたのか。そう感心していると、母は僕の頬を強く叩いた。
パシッと渇いた音が小さな病室に響く。
母はその瞳から涙が零れ落ちるのを必死に我慢していた。
「身体を大事にしなさいって、いつも言ってるでしょ。何があったのか説明しなさい」
学校の先生をやっているだけあって、怒った時の迫力は桁違いだ。
両親にだけは心配をかけたくなかった。最悪の結果だ。
バレない隠し事なんてないんだなとつくづく思った。
僕は全身の痛みに耐えながらもはや覚悟を決めた。
この二人に適当な嘘をつくことは絶対に不可能だ。
全く信じられなくてもいい。とりあえず今まであったことを全て話すことにした。
昨年の12月に謎のヒーローに遭遇したこと。
その時にジュエライザーというブレスレットを受け取って、クリスタルライザーというヒーローになったこと。
それからカラットというバケモノと幾度となく戦ってきたこと。
大切な仲間たちを失って、自分も戦いに敗れたこと。
その全てを誇張することも出し惜しみすることもなく、いたって真面目に話し尽くした。
「……この前、深夜のテレビでたまたま見たんだ。最近、バケモノと戦うヒーローの目撃情報が相次いでるって。まさか、それが正義だったとはな……」
父は真剣な眼差しで僕を見つめながらそう呟いた。
僕の知らない間にテレビに取り上げられるまでになっていたのか。
父が僕の話を簡単に信じたことよりも、そっちの方が僕にとっては驚きだった。
「ごめん、今まで黙ってて」
僕の平謝りに両親は言葉を詰まらせてただ俯いた。
そりゃ言えるわけない、と思っているんだろう。
こんな状況にならなければ僕だって死ぬまで打ち明けることはなかった。
「正義。私たちが望んでいるのは世界の平和なんかじゃない。あなたが少しでも長く健康でいてくれることなの。悪いことは言わないから、もうやめなさい」
母は僕の肩にそっと触れて、あくまで諭すようにそう言った。
この秘密をいつ打ち明けようが、どう転んでも結末はそこに辿り着く。
いつだったか、ルタがクリスタルエナジーには延命効果もあると言っていた。
けど、両親にとってはきっとそんなことは関係ないんだ。
「どうしてもなりたくてなったわけじゃないんだろう? だったらもういいじゃないか。お前にもしものことがあった時、父さんと母さんはどうすることもできない。だから少しでも……少しでも元気でいてほしいんだよ」
父はどこか悔しそうにまた涙を浮かべる。そんなに泣かれたら、こっちまで泣きたくなっちゃうだろ。
余命宣告を受けた日から自分の人生に絶望していた僕は何もかも諦めていた。
目に映るもの全てが虚しく感じられて、両親との距離も自然と離れていった。
だけど、本当はこんなにも僕を心配してくれていたんだ。
僕が無茶をしている間にも僕のために一生懸命働いてくれてたんだ。
……何を迷う必要があるんだ。僕にできる親孝行は一つしかないじゃないか。
「……うん、わかった。もうやめるよ、こんなこと。これからは最大限身体に気を遣うようにする」
わずかに微笑んでそう言った僕の姿を見た両親は、安堵の表情を浮かべて大きく息を吐いた。
クリスタルライザーをやめるという決意は本物だ。
けど、その決意を押し潰すかのような罪悪感が僕を襲っていた。
こんなの、死んでいった仲間たちから罵詈雑言を浴びせられても不思議じゃない。
カラットによってこの世界はめちゃくちゃにされてしまうかもしれない。
それでも、僕はすでに戦う意味を見失っている。
最初は自分の妄想が思わぬ形で現実となったことが楽しかった。
そして、五十嵐さんや大などの大切な人たちを危険から守るため、頼りになる仲間たちと同じ景色で同じ夢を見るためと変わっていった。
大切な仲間を失い続けて、トパーズに「偽りのヒーロー」だと言われて、何のためにヒーローとして戦っているのか分からなくなってしまった。
だからもう許してほしい。
軽率にヒーローなんかになったことは全力で謝るから、この重荷から解き放たれることを許してほしい。
それ以上僕が望むことは何もない。
窓から差し込む夕陽が僕の見えない明日をそっと照らし出す。
病院の外の大きな木には立派な桜が咲き誇っている。
そういえばもう3月か……まだだいぶ身体が痛むし、これじゃ終業式は行けそうにないな。
これ以上涙を見られたくない父が「飲み物買ってくる」と飛び出していった。
その小さくて大きな背中を眺めながら、僕はこの先のことについてふと思いを馳せていた。





