Sacrifice.11 -歪曲する信念-
「それでは後は任せましたよ。こちらも忙しいのでね」
こちらを一瞥したアメジストはどこかへ去っていった。聞きたいことは山ほどあるが今は置いておこう。
敵になるなんて思ってもいなかった目の前の男をどうにかするのが先だ。
「正義、お前にも早く消えてもらいたかったんだよ。直々に殺してやる」
トパーズは黄金の剣を腰の鞘から抜き衝撃波を飛ばしてくる。その剣で……その剣で甘莉さんを!
全て弾き飛ばした僕は真正面からトパーズと激しい剣戟を交わした。
「こんなもの、痛くも痒くもない!」
大きな金属音が血なまぐさい工場内に響き渡り、眩しい火花がバチバチと飛び散る。
その凄まじい攻撃から本気で僕を殺そうとしていることが伝わってくる。
距離をとったトパーズは再び衝撃波を放つが、力を込めたセイバーの一振でそれは空気中に消え去った。
「何もかも嘘だったのか……僕たちと過ごした時間も」
「最初から全て本物だよ。俺の復讐の一部分としてな」
「……何が、何が復讐だあああああああああああああッ!!」
心の奥底に溜まっていた何かが大噴火を起こし、今の僕の原動力となる。
今にも爆発しそうなほどクリスタルエナジーが充満しているセイバー。刀身は身長の2倍ほど大きな蒼いエネルギーに包まれる。
必ず殺すからこその、必殺技だ。
「ガラスバスタアアアアアアアアアッッッ!!!!」
がなり声のような慣れない叫びで喉が吹っ飛びそうだ。
放たれた斬撃はビリヤードの玉のように辺りを飛び回る。
進行方向を変える度に、何かを吸収するようにサイズアップしていき、最終的に僕のもとに帰還してくる。
「渾身の攻撃も無駄だったみたいだな!」
「その無駄な攻撃とやら、受け止めてみろよ」
マスクの奥で不敵な笑みを浮かべた。
セイバーの柄を両手で持ち、そのまま右肩から背中側に構える。
そして轟音を立てながら戻ってきた斬撃に、一本背負いの要領でセイバーをぶち当てた。
今度は一筋として迷うことなく真っ直ぐにトパーズに向かっていく。速度も倍増しだ。
轟速で突き進む斬撃はトパーズの胴に斜体のまま激突。火花と鮮血が混じったシャワーが汚れた床に散らばり落ちる。
だが、斬撃が行き場を失って消滅してもトパーズはそのまま突っ立っている。
カラットの硬化した身体から血を流させたほどだ。攻撃力はかなりのものだったはず。
けど、トパーズの身体に斜めに大きく刻まれた傷は浅い。
「ふん、クリスタルライザーの名は伊達じゃないな。偽りのヒーローのくせに」
その傷を優しくさすり腹痛のように軽く扱うトパーズ。安い挑発だ。
「偽り? 何のことだ」
その安い挑発に乗ってしまう僕は一体どれだけ貧乏なのだろうか。
圧倒的に冷静さを欠いていた僕は何も考えずに問うてしまう。
僕にとって想定外な事態は、トパーズにとっては完全に想定内なのだ。
「お前は何か勘違いしてるんだよ。お前が今変身しているのも、この場所にいるのも、お前の力じゃないだろう? 一人じゃ何も出来ないくせに、仲間が出来た途端にそれを自分の強さだと錯覚する。人間の一番嫌いなところだ」
ジリジリとこちらに迫ってくるトパーズ。
でたらめ言いやがって……そんなことあるわけ……。
──どうしてだ、力が入らない。さっきの攻撃でパワーを使いすぎたか?
「今のお前は仲間の死を建前に自分の正義を執行しているだけだ。そこに想いなどない。裕斗のためだとか思ってるんだろうが、お前は自惚れてるんだよ。ヒーローとしての自分にな」
いや、それだけじゃない。心の問題だ。
僕の正義。僕は皆のために、裕斗のために。それだけなのに、それだけのはずなのに。
どうしてこんなに心が焦っているんだ? そんなはずない、僕は自惚れてなんか……。
「大切なものは何ひとつ守れなかったくせに、自分の正義は一丁前に振りかざすんだもんなぁ。正義、お前はヒーロー失格だ」
頼もしく優しかったあのトパーズはもういない。僕の目の前にいるのは紛れもない"悪"だ。
そのおどろおどろしい顔面の瞳を光らせた彼は、躊躇いもなく剣を振るった。
心が溶けていくように虚ろになっている僕は何もできず、後ろに弾き飛ばされてしまう。
「不思議だろ? そんなつもりはないのに深く考え込んでしまう。心の奥に潜む負の感情の種を増幅させて催眠をかける、これが俺の能力だ」
トパーズは刀身に強烈な波動を纏わせて僕に急接近するとX字に斬り伏せた。装甲を大きく削られ、軽く吹き飛ばされて変身が解除された。
ダメだ……そんなこと考えたくないのに、心が壊れていく気がする。あの金色に光る瞳を見てしまうと、胸が苦しくなる。
「心に迷いがある奴ほど、深くハマっていく。その深淵の中で、永遠の眠りにつけ」
立ち上がることができない僕を舐めるように眺めたトパーズは、剣に雷のようなオーラを纏わせる。
なんて情けないんだ。自分から立ち向かっておきながらこの有様とは。
けど、分からなくなってしまった。
僕はユートピアのメンバーのために、裕斗のために戦っているつもりだった。
でもトパーズは僕が自分の正義のために戦っているだけだと言った。
僕の正義って、何だ? 僕は本当は何のために、誰のために戦っているんだ?
歪んだ表情を浮かべる僕に刃は振りかかる。何もできなかった自分を恥じながら諦めて目を閉じた時、鋭い金属音とともに僕とトパーズを遮る影が現れた。
「させるかよ……これ以上仲間を見殺しにさせてたまるか!!」
くすんだ僕の瞳にはカラット態になり右腕で刃を受け止める裕斗の姿があった。
禍々しいオーラを纏っているのに、どこか希望に満ちているのが何とも彼らしい。
裕斗は顔だけを僕の方に向けていつもの優しい口調で話した。
「逃げろ、正義。こいつとは俺がケリをつける」
そのまま刃を押し返した裕斗の背中に一切の迷いはなかった。
もう彼がトパーズに背を向けることはないだろう。そうわかっていたのに、無謀に近いその逞しさを僕は認めることができなかった。
「逃げるなんてできないよ! 僕も一緒に戦う」
立ち上がった僕は裕斗に強い口調でそう言った。
裕斗を見捨てて一人で逃げるなんてできるわけがない。これ以上仲間を見殺しにしたくないのは僕だって同じなんだ。
「ダメだ! ……皆を巻き込んだのは俺なんだ。全ての責任は俺が取る」
しかし裕斗は僕の言葉を遮って固い決意を露わにした。
──僕が迷ってしまったばかりに、彼は決意してしまった。
例えカラットでもなるべく傷つけたくない。大切な仲間と一緒に、人間とカラットの共存を目指す。
そんな自分の信念を、曲げてしまったんだ。
僕のせいで。
立ち上がり、思わず声を荒げてしまう。
「"巻き込む"とか"責任"とか……一人で抱え込むなよ! 僕たち仲間じゃなかったのかよ!!」
なんだか悔しくて、ふいに涙が零れだす。
彼はもう、僕の方を向いてはくれない。それくらい真っ直ぐなんだ。
だけど僕には、彼の信念よりも仲間としての彼が必要だった。
どこからか引火したのか、徐々に火の手が回り始めて周囲を黒い煙が包んでいく。
ゴホゴホと咳き込みながら、トパーズのもとへ歩いていく裕斗の名を必死に叫び続ける。
「悪いな、正義。ユートピアは今日で解散だ。……自分の心に素直になって、後悔しないように生きろよ」
火の粉が吹き荒れて一気に工場内の温度が上昇する中、裕斗ははっきりとそう宣言した。
直後、天井に向けて次々とエネルギー弾が発射される。
その意図をすぐに察知し急いで裕斗を追うが、崩壊した天井の瓦礫が僕と裕斗を遮る障壁となった。
煙と炎と瓦礫がひしめく工場内。
わずかに覗ける隙間から僕は叫び続けるが、裕斗はついに行ってしまった。
へたり込んで呆然としている僕に人間態となったルタが肩を貸す。
「本当に逃げられなくなる前に逃げるよ!」
度重なる戦闘での体力消費、敗北のダメージ、そして何よりこの数時間でかき乱された心が影響して僕の身体は全く動かない。
そんな僕を強引に引きずるようにしてルタは非常口から外へ出た。
ルタは僕を持ち上げたまま非常階段から飛び降り、華麗に着地を決める。
ふわっとした浮遊感とそれに付随する恐怖感がわずかに僕を正気に戻した。
後悔しないように生きるなんて、無理に決まってるだろ。
失っていくことがこんなにも辛いなら、初めから手に入れなければよかったんだ。
僕は燃え盛る炎に包まれるかつての憩いの場を一瞥して、慌ただしく廃工場を後にした。
『やあ。そっちの用はもう済んだの?』
『ええ。私は少し手伝ってあげただけですよ。それより、あなたが言っていた"お宝"とは一体何なのです?』
『ああ……これだよ』
『これは……! ふっ……素晴らしい。かつて猛威を振るったという伝説の力があれば、我々に敵う者などいないでしょう』
『どうだろうね。とりあえず君に預けることにするよ、アメジストくん』
『……私に力を貸してくださることには感謝しています。しかし、如何せんあなたには謎が多すぎる。私はまだあなたの名前すら知らないのですよ』
『名前なんて自分と他人を識別するための番号でしかないよ。僕は時代が忘れていった地雷さ』
第4章、Sacrifice編は今回で最終回になります。





