Sacrifice.10 -落涙する怒気-
「──うあああああああぁぁぁぁああああああっ!!!!!!!!!!!」
惨劇に、悲痛な咆哮を上げる裕斗。目の前の状況が理解できず信じられない僕。
それは僕たちが突入したのとほぼ同時だった。
トパーズが、生身の甘莉さんを黄金の剣で一刀両断したのだ。
縦に大きく斬られた身体から勢いよく血が飛び出し、着ていた白い制服があっという間に赤く染まっていく。彼女はそのまま力なく仰向けに倒れた。
トパーズは剣をひと薙ぎして、刀身に滴る甘莉さんの鮮血を振り払う。後方ではアメジストがメガネを光らせてフッと笑っている。
「甘莉いいいいいいィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!!!!」
想い人の名を叫んだ裕斗は人間態に戻り、大慌てで甘莉さんのもとに駆け寄る。もみくちゃにするようにギュッと握ったその手は、血に濡れている。
ともに近づいた僕も力が抜けてしまって自然に変身が解除される。
全身を震わせる裕斗はすっかりか細くなった声で甘莉さんに問いかけた。
「甘莉、何があったんだ。どうしてトパーズに……どうしてお前が、こんな……こんなことに……」
裕斗の目からこらえきれなくなった涙が溢れ出して、両手で握る甘莉さんの左手にぽつりと落ちる。
その傷の深さに愛別離苦の時を悟り、裕斗はその顔を歪ませた。
真っ赤な血を流す甘莉さんは、苦しみをこらえながら二ッと笑っている。
こんな時でも変わらないいつもの笑顔だ。
「何や……裕斗、泣いてるやん。そんなに悲しいんか……?」
「質問に答えろ、バカ! 何があったんだ!」
飄々とする甘莉さんを前に裕斗は泣きながら怒声を上げた。
留まることを知らないその涙は、地面に流れ落ちた彼女の血液をそっと濡らす。
「あんま大きい声出すと、身体に響くやろ……。ええやん……最期なんやから、ゆっくり話そうや」
段々呼吸が細くなっているにも拘わらず、平気な顔で微笑んでいる。
その笑顔が、裕斗の心を余計に崩していくんだ。
「こんなところで死ぬとは思わへんかったけど……後悔は、ない。おもろい仲間と一緒に、あんたの理想追っかけられたんやから。いっつもバカにしてたけど……ホンマ、ええ夢やと思うで?」
裕斗はもはやろくに言葉も発せないほどに涙を流していた。
本当に悲しくて、辛くて仕方がないんだ。
もう会えないことの寂しさや間に合わなかったことから来るものではない。
ただ単純に、失ってしまうことに対する絶望とその後ろで順番待ちしている虚無だ。
「しゃあないなぁ……。正義……ちょっと、身体起こしてくれへん?」
呆れ顔で僕にそう言った甘莉さん。
なるべく衝撃を与えないようにそっと身体を起こしてあげた。
それでも甘莉さんは苦しそうな表情を浮かべるが咄嗟に「大丈夫やで」と強がる。
ある程度まで起こした瞬間、甘莉さんは裕斗の首に手を回して抱きついたままそっと彼の唇に自分の唇を触れさせた。柔らかく、深く、触れあっている。
唐突なそれに、裕斗は目を開いて驚く。だが、すぐに涙を流しながら彼女を抱きしめた。
数秒の沈黙のあと、唇をゆっくり離した甘莉さん。わずかに頬は熱を帯びていた。
「裕斗……大好き」
声を震わせて裕斗にそう告げた彼女の瞳から、一筋の綺麗な涙が流れ落ちる。
無情にも、身体は硬化を始める。
あまりにも残酷な現実だ。裕斗は、ただ言葉を失う。
「正義……裕斗をよろしゅうな」
魂が抜けたように硬直したままの裕斗をしっかり抱きしめた甘莉さんは、その生を静かに終えた。
散らばった彼女の欠片が感情のない音を立てる。
一瞬だけ渇いた裕斗の瞳からは堤防を失ったとめどない想い──
「バカ野郎……こんなのがファーストキスかよ……! 俺にも……大好きだって俺にも言わせろよおおおおッ!!」
地面にうなだれた裕斗は絶望的なまでにむせび泣いた。
もう二度と帰ってこない想い人のひとかけらを抱きしめたまま。
人が死ぬ時は一瞬だ。誰にも予想なんてできない。
今日元気に生きていても、明日にはどこかに行ってしまうかもしれない。
いつかは絶対に終わるもの。僕だって同じだ。だから後悔しないように毎日を生きていたい。
でも。
「どうして……どうして皆の命を奪った?」
時に、誰かによってその命が突然終わりを迎える。後悔しないなんて、簡単に言えるか?
「俺はな、人間が大嫌いなんだよ。遥か昔、奴らは俺を迫害して追放した。ずっと……ずっと復讐してやりたかった……! 肉体だけじゃない! 心をズタズタに引き裂くくらいになぁ!」
もっと二人でどこかに出かけたかったはずだ。
映画を見たり、美味しいご飯を食べたり、どうでもいい話をして笑い合いたかったはずだ。
ずっと、二人でいたかったはずだ。
「何とも思わないのか? ずっと一緒にいた仲間を裏切ることに」
全部僕の妄想だ。だけど、二人とも本当にお互いが大好きだったんだ。愛し合っていたんだ。
不器用なところも素直になれないところも何もかも怖いくらい似ていた。
「仲間? 醜悪な心を持つ人間どもと誇り高きカラットが仲間だとは、笑わせてくれる! 人間は力を持たないが故に群れて、他人に寄生する癖に他人を陥れることでしか存在を主張できないクズだ。だからこそ、その繋がりを絶ってしまえばゴミも同然! お前らはそれを見事に証明してくれた、感謝するぞ!」
ターコイズも、慎治さんも、甘莉さんも、お前のくだらない復讐のためだけに死んだというのなら、この世界は冷たすぎる。
裕斗はもしかしたら、お前を許してしまうかもしれない。そういう男だから。
だから、僕が彼らの死に意味を持たせる。裕斗が自分の理想を見失ってしまわないようにする。
皆の死が無駄じゃなかったと、僕が必ず証明してみせる。
「お前だけは……何があっても絶対に許さない! 僕が、僕がお前を……必ず倒す!!」
怒りに打ち震えながら、クリスタルをスライド。
燃え上がる炎のように青のオーラが僕を包み込み、結晶を纏いながら僕は走り出す。
右手に握るセイバーの刀身はフルサイズどころか、僕の怒りに呼応するように青く爆炎を灯す。
悲しみも憂いも今は全く心中にない。
烈火の如き憤怒だけがこの身を焦がし、僕を前に進ませた。





