Sacrifice.08 -去来する暗雲-
毛布を被っているのにとても寒さを感じる。そして、床や天井がダンボール。不思議な環境の中で僕は目を覚ました。
ジュエライザーにも着弾したのか、ルタもその隣で羨ましいくらい幸せな表情で夢の中に落ちていた。
ちょうど人が1人か2人横になれる程度のスペースしかないダンボール部屋から外に出ると、同じような部屋が周りにたくさん見受けられた。
ここは確か森林公園の奥地にあるホームレス集落……そりゃ寒いわけだ。
「約束、ちゃんと守ったぞ」
外に座っていた慎治さんは僕に温かい缶コーヒーを投げ渡した。反射的に受け取るも、予想以上の熱さにお手玉のようにホイホイと手元で投げてしまう。
他の皆の姿は見当たらない。
「本当にありがとうございました。慎治さん、ここに住んでるんですか?」
僕が眠っていたダンボール部屋に『湯春』と手作りの表札が貼られていた。雨で文字が滲んだりしたのだろうか、幾度となく上書きされている。
「ああ。数年前に会社をリストラされてから家賃もろくに払えなくなってな。逃げるようにここに来たんだ」
熱々缶コーヒーをようやく開栓して口に含んだ僕は周囲を見回した。
どの部屋も黒いカーテンで閉め切っており、どこか陰鬱な雰囲気が身体を包む。その様子を感じ取ったのか、慎治さんは若干自虐を含んだ笑いを小さく発した。
「まあ、言いたいことはわかるよ。最初は俺もそんな感じだった。こんなところだけど極悪人とかはいないから安心してくれ」
顔を綻ばせた慎治さんもコーヒーを口にする。
この人のこういう楽しそうな顔、初めて見たかもしれない。慎治さんは大人しくて心優しいが、どこかいつも心が遠くにあるような、そんな印象だった。
「……実は俺、本当は裕斗の言ってる理想とかどうでもいいんだよ。もちろん素晴らしい考えだと思うし賛成もしてる。けど、俺がユートピアに入ったのはそれを実現させたいからじゃない。もう一度、自分を取り戻したいからなんだ」
「自分を……取り戻す?」
大きな白い息をモクモクと吐き出しながら慎治さんはそう語った。その意味がわからなくて思わず聞き返す。
「ああ。ここに来てから、自分が以前どんな人間でどんなことを考えて生きていたのかよく分からなくなった。そんな時にカラットになって、いよいよ自分が何なのか説明できなくなってな。けど、裕斗に誘われて何となく参加したユートピアで活動していくうちに、自分はどんな人間なのか、どんな良いところと悪いところがあるのか、自分に何ができるのかもう一度考えてみようと思ったんだ。自分を完全に理解出来たら、ユートピアを辞めてここも出て行こうと思ってる」
慎治さんは他人にはどうすることもできない悩みをなぜか笑顔で打ち明けてくれた。
人が他人を完全に理解することはもちろん難しいが、自分自身のことだって例外ではない。
自分では気づけない、客観視しなければ見えない自分自身の姿というものは誰にでもあるはずだ。
その高度な悩みに真正面からぶつかろうとする慎治さんを、ただただ立派な人だと僕は感心して尊敬した。
「僕も慎治さんのことまだ深くは理解してないですけど……楽しそうですよ、今の慎治さん」
微笑みながら言うと、慎治さんは一瞬驚いたような顔をした。けど、すぐに優しい笑顔に戻り一言「そうか」と呟いた。
僕も自分で自分のことを理解できるようになりたいな。その前に僕の周りに理解しなきゃいけないようなことが山ほどあるんだけどな……。
「あ、忘れてた。これは連絡事項なんだが、トパーズが森の中でカラットが根城にしている廃墟を見つけたらしい。後日、裕斗と正義で偵察に行ってほしいとのことだ」
慎治さんはズボンのポケットから折りたたまれた紙を取り出した。
その廃墟の場所が示された簡略的な地図が書かれている。
「僕と裕斗の二人だけですか?」
「ああ。少々不安かもしれないけど、全員で行くより危険性は低い。裕斗はこの前仲間にしたカラットを別動隊として向かわせるとか言ってたがな」
ターコイズのことだろうか。確かに全員で行けばバレて大規模な戦闘に発展する可能性もあるな。今回はあくまで偵察で、戦うのはちゃんと準備を整えてからということなんだろう。
僕は地図を受け取って了承した。
「わかりました。じっくり調査してきます」
「おう、気をつけてな」
慎治さんはまた僕の肩をそっと優しく叩いてくれた。その優しさに僕は顔を綻ばせる。
この幸せが未来永劫続けばいいのに。僕は彼らと初めて出会った時には見えなかった星々に、そう願っていた。
深い夜の闇が何もかもを分からなくする中、僕と裕斗は地図に記された森の中を足早に、でも慎重に進んでいた。
万が一のことがあった時のために二人とも既に変身状態だが、気配を感じ取られないように限界まで力を抑えている。木々が生い茂る森の中は歩くだけでどうしてもガサガサと音がしてしまうので、その度に僕は心拍数を上下させていた。
「この前のダメージはもう大丈夫なのか?」
「うん、大したことはなかったよ」
慎治さんに撃ち込まれた睡眠誘発弾は疲労感や身体のダメージをある程度緩和させる効果もあるらしく、次の日にはほぼ全快していた。本当に感謝しかない。
「……なあ正義。お前、女子に告白したことあるか?」
「いや……ないけど」
ふいに裕斗は頬を赤らめながらそう問うた。
いつもハキハキしている裕斗にしては珍しく、妙に歯切れの悪い物言いだ。
まさか……ついに恋の進展が!?
「もしかして……甘莉さん?」
言わない方がいいかもとは思ったが、それでも僕は抑えられなかった。その瞬間、裕斗はわかりやすくズッコケる。
普段あんなに強気なのにそっちとなると奥手なのか!?
僕は妙な上から目線でバカみたいに一人で盛り上がりながら、笑いをこらえていた。
「やっぱ見抜かれてたかぁ。……普段くだらない口喧嘩ばっかしてるからさ、いざ面と向かって言おうとするとどうしてもダメになっちゃうんだよ。ああもう、どうしたらいいんだよ……」
何でも直感的にやっちゃういつもの姿からは想像もできない悩みようだ。
残念ながら僕にもそういう経験はないので、目の前で展開されている甘酸っぱいラブコメを楽しむことしかできない。
かける言葉が見つからずにどうしようか悩んでいた時、ジュエライザーが光りだした。
「告白にはいろんな方法があるけどやっぱり自分の気持ちをストレートに伝えるのが一番相手に効果があるって、私の友達が言ってたよ」
一丁前に恋愛指南を施すルタ。『彼氏いない組』からの受け売りであろう。あの二人がこんな形で役に立つとは、今回ばかりはただただ感謝するしかないな。
「ストレートに……そうだな! うじうじ考えるのは俺らしくない! 正面からガツンと行ってやるぜ!」
裕斗はグッと拳を握りしめてやる気に燃えていた。
うんうん、それでこそ裕斗だ。そして、その運命の瞬間にはぜひとも僕も立ち会わせてもらいたいところだ。
「ありがとうな、ルタ。ま、この話は後だ。そろそろ例の廃墟が見えてきたぜ」
裕斗が指さす方向を覗くと、壁の灰色を所々苔が覆っている、二階建ての小さな廃墟がポツンと立っていた。
確かに物々しい雰囲気が漂っているがここからじゃその中まではよく見えない。僕たちは少しずつ廃墟との距離を詰めながら内部が見えやすい位置まで移動した。
ようやく小窓から中を覗ける位置までたどり着いた僕たちは見つからないようにそっと中を覗いた。
しかし、僕たちがその中を目撃した瞬間から、歯車は徐々に狂い始めていった。
「何だよこれ……なんでターコイズがあそこで倒れてんだよ」





