Sacrifice.05 -放出する勇気-
ある日の夜、僕は甘莉さんとともに寒空の下を注意深く歩いていた。
トパーズによると、今日の夕方ごろにカラットが数人の集団で出現したらしい。
その場はトパーズと慎治さんが収めたが傷ついた残党が近くを逃走しているかもしれないとのことで、手分けして捜索することとなった。トパーズが単独で、裕斗と慎治さん、そして僕と甘莉さんがペアで探している最中だ。
『ユートピア』という事実上カラット征伐を目的とする集団に入ったのだが、全員で活動することは少ない。
人づてやネット上からカラットの目撃情報を入手したメンバーが全員にそれを共有し、その際現場近くにいるメンバーがその地に向かって対処するということが多い。重要な情報を共有する際や一人では対処に困るカラットが出現した際などは、その都度他のメンバーと合流する。
「ごめんなぁ、こんな夜遅くに。私は行ってへんから別にええけど、正義は明日も学校やろ?」
甘莉さんは辺りを見回しながらそう気遣ってくれた。
彼女が人に手厳しいのは裕斗に対してだけだ。しばらく時間をともにして「やっぱりそうだった」と僕は確信することができた。
「大丈夫だよ。夜更かしは慣れてるし、それにパトロールみたいで楽しいから」
変に自信を持ってそう言うと、甘莉さんは「そら何よりや」と歯を見せて笑った。どうやら甘莉さんもこの状況を楽しんでいるようだ。
甘莉さんが学校に行っていないことは以前裕斗から聞いたことがあった。普段何をしているのか地味に気になっていたが、そういう方面でとことん意気地のない僕は聞くことができなかった。
「私な、よく裕斗と似てるって言われんねんな」
甘莉さんは腰に巻いた上着の袖を結び直しながら突然そんな話をし始めた。
まあ似てる似てないで言われれば、同じようなことで怒って張り合ったりするし似てるとは思う。年齢だって近いわけだし。
「僕もそう思うけど、それがどうかしたの?」
軽い気持ちで同意を表明すると、甘莉さんは「やっぱそうかー」とガッカリするわけではないが少しだけ肩を落とすような声を出した。
あれ、裕斗と似ているって言われるのがそんなに嫌だったのかな。僕の心配など露知らずな甘莉さんは冷えた空気を切り裂くように口を開いた。
「私はあいつとは全然ちゃうと思ってるんよ」
「そ、そうなの?」
「あいつは自分がカラットであることを何とも思ってへん。仲間に出来そうなカラットを探してたくらいやからな。将来のことは何も考えてないみたいやけど、ちゃんと学校にも行ってるし。人間関係を築くのも上手い。私はその真逆。人間関係下手なせいで学校も辞めてもうたし、この力に気づいたときは正直死んでまおうかとも思った」
カカカッと陽気に笑いながら甘莉さんはそう語った。僕は心底楽しそうに話す彼女を不思議に思いながら見つめていた。
「これでも裕斗には感謝してんねんで? あいつが誘ってくれんかったら、今頃どうなってたかわからんからな。あ、これ、あいつには内緒やで?」
甘莉さんは少し照れながら口にチャックを閉める仕草をしてみせた。
こうおどけてはいるものの、本人は本当に嬉しかったのだと思う。行き場のなかった彼女を受け入れてくれた裕斗に会えたことが。
だからこそ僕は、先日の裕斗の言葉を甘莉さんに伝えた。
「裕斗、この前言ってたよ。甘莉さんに会えた時、嬉しかったって」
すると甘莉さんの顔はみるみるうちに赤く染まっていき、気づけば耳まで紅潮させていた。
あれ、そんな恥ずかしくなるようなこと言ったかな。
「ま、まあ覚醒者なかなか見つからんかったみたいやし、そら嬉しかったやろな! あははは」
甘莉さんは珍しく慌てた様子でかなりの早口でそう言った。
あっ、そういうこと……。それなら二人のことに僕がわざわざ口を出すのも野暮というものだ。むしろ、二人がどうなるのか傍観者としてこの目で確かめなければ。
僕の野次馬根性に火が付いたその時、ルタが僕の脳内に直接呼びかけた。
『正義、前から何か来るよ』
ルタの言葉に危険を察知し、ピタッと立ち止まる。甘莉さんもその空気を感じ取ったようでグッと身構えた。
次の瞬間、暗黒の中から深い紫色の光が放たれて、中からおぼつかない足取りの2体のカラットが現れた。
1体は肩を借りており、肩を貸しているもう1体のカラットは腕から血を流している。見たところ、トパーズたちが取り逃がしたカラットのようだ。
「その上着……貴様ら、同胞どもを消し去ってくれた奴らの仲間だな?」
濃い青と黒のラインが際立つ2体のカラットの一方が睨むように顔を向けた。殺意が肌にビンビン伝わってきて、思わず寒気がする。
「だったら何や?」
先ほどまでとはまるで別人のような声音で甘莉さんは返す。
怒気と殺気を多分に含んだその声に、カラットでさえもわずかにたじろぐが、たちまち彼らは不気味な笑い声を響かせ始める。
「フッフフフ……切り札は常に隠しておくものだな、弟よ! ハアッ!!」
兄と思われる方のカラットが自信ありげにそう言うと、弟と呼ばれた方も「応っ!」と返す。彼らは天に手をかざして、巨大な赤い光球を発生させた。まだあんな力を残してたのか。
「正義、私らだけであいつら相手にすんのはちょっと厳しいかもしれん。皆に召集かけてくれへんか?」
甘莉さんは若干の不安を顔に浮かべつつ僕にそう頼んだ。頷き、すぐに携帯を取り出して皆に一斉メールを送る。
それと同時に赤い光球が弾けて飛び散り、その欠片が彼らの周りに集合した。
徐々にうねるように人の形を成していき、同一の個体が30体ほど完成した。その外見は端的に言うと、黒カラットの赤バージョンだ。
「アメジストにもらったこの力、使わずに死ぬわけにはいかないからな」
なるほど、黒カラットを発生させるアメジストの力か。この集団がその黒カラットよりも強いのは僕でもわかる。「おもろいやん」と一言呟いた甘莉さんは、一瞬で身体を黒く硬化させて周囲に発生した数多の結晶をその身にまとった。
黒に桜色のラインが入ったその姿は、裕斗のカラット態よりも体つきが屈強だ。二本の大きな角が後頭部まで垂れ下がっており、頭髪に見えないこともない。
甘莉さんは右手を光らせて巨大な斧を出現させた。
「私は結構強いで!」
甘莉さんは高らかにそう宣言すると最も近くにいた赤カラットに向かって飛び出していった。
「よし、僕も……」
意気込みながら、ジュエライザーに手をかけた。
しかし、手は動かない。それどころか震えている。
『どうしたの? 早く変身しないと』
ルタが僕をせかす。
わかってる。わかってるよ、そんなこと。
けど……怖いんだよ。また自分を見失って暴走して、誰かを傷つけてしまうかもしれない。
もう絶対にそんなことになりたくない。だから……わかってるんだ、やらなきゃいけないのは。
でも、いざとなるとやっぱり怖くて……。
「怖がらなくてもいい」
この期に及んで悩んでいる僕の肩を誰かがそっと叩いた。
俯き顔を上げると慎治さんがそこにはいた。口元をわずかに緩ませただけのその笑みは優しさの塊だ。
「お前がもし暴走しても、必ず俺たちが止める。そういう約束だったな」
トパーズがその横から現れ、カラット特有の力強い眼光で僕を勇気づける。それでも僕はまだ自分を奮い立たせることができない。大丈夫という自信が、ダメなんじゃないかという不安で上塗りされていく。
「正義! 俺たちを信じろ! お前なら大丈夫だ!!」
目の前に現れた裕斗はそんな僕をとびきりの笑顔で激励し、胸をトンと一度叩いてからサムズアップした。
夜の闇なんて吹き飛ばしてしまいそうなその笑顔は、僕の心を綺麗さっぱり洗い流してくれるように思えてしまう。
──そうだ、不安を感じる理由なんてもうどこにもないじゃないか。
もう見えない未来を怖がらない。悪い予感を考えない。
僕はこの素晴らしい仲間たちを、そして自分自身を信じて戦うんだ!
大、悪かったな。どうか、空から僕のことを見守っていてくれ。お前も大切な仲間だ。
「みんな、ありがとう……。結晶化!」
思わず潤んでしまった目元を拭いながら、久しぶりの掛け声とともにクリスタルを奥にスライドさせる。
全身がスカイブルーのオーラに包まれて、周囲に発生した半透明の結晶たちが引き寄せられるように身体に結合する。体内に行き渡るクリスタルエナジーはそっと撫でてくれるように僕の精神を落ち着かせてくれる。
僕が変身したのと同時に、裕斗たちもカラット態に変化した。
慎治さんは胸から腰にかけて頑丈そうな装甲が発達しており、トパーズは薄いピンクをベースとした体色に侍と重装歩兵を合体させたような見た目だ。
「ぞろぞろ現れやがって……。いいぜ、俺たちの最後のとっておきを見せてやる。融合!」
兄の方のカラットがそう叫んだ瞬間、彼らの身体は青く発光して徐々にひとつになり始めた。
光が収まると、兄弟は角が大きく発達した1体のカラットに変貌していた。さっきまであった腕の傷はどこにも見当たらない。
「俺はヒューマイト。貴様らによって散った同胞の仇、今こそ取らせてもらう!」
ヒューマイトの号令とともに赤カラットは規律正しく一斉にこちらへ前進してきた。せいぜい30人程度なのに、重厚感のある見た目から大群に見えてしまう。
「悪いな! 俺たちの理想のための礎になってもらうぜ!」
裕斗が飛び出すと他の2人もそれに続いた。
僕は刀身が最大まで伸びているガラスセイバーを取りだすと、脚部に全体重を乗せて地を蹴った。同じくこちらに向かってきていた赤カラットをセイバーで縦に一閃。
しかし、怯みはしたもののまるでダメージがないかのように光弾を数発飛ばしてくる。全弾弾き返したが、黒カラットとは一線を画す堅牢さには驚きを隠せない。
「ハハハッ! 黒の亜種だと思って挑むと痛い目を見るぞ! そいつらは防御、攻撃、スピード、全てにおいて改良を施されているからな!」
なるほど、1体倒すのにも少し骨が折れそうだ。
僕はセイバーを消滅させて、徒手空拳に切り替えた。
セイバーでの攻撃は扱い安く、その範囲も広い。けど、相手に決め手となる技を叩き込むにはそれなりのクリスタルエナジーを消費する。体力面から考えても、素手の方が効率がいいと思ったのだ。
『おっ、今日は頭もキレてるね~』
ルタからそうお褒めに与った。「まあね」と心の中で返しながら、両手足にクリスタルエナジーを行き渡らせた。ぼんやりと青いオーラに包まれる。
赤カラットは黒カラットとは比べ物にならない速度で突進してきて、右腕を振りかぶる。たまにはカウンターなんかもやってみるか。
「クリスタルブロー・カウンター!」
その10倍ほどの速度で急接近し、勢いを殺すことなく懐に潜り込み、強烈なボディブローを土手っ腹にぶち込んだ。
メキメキと音を立て、言葉にならない声を上げながら赤カラットは崩壊していった。
よし、これなら手っ取り早く片付けられそうだ!
斜め前から向かってきていた2体の赤カラットにも強力なパンチを打ち込む。一撃でただの欠片に帰した。
『正義、後ろ!』
ルタの声に急いで振り返るが、赤カラットのその手はもう身体に届きそうな距離だ。
油断したか……しょうがない、一発もらってやるか。
そう諦めた時、暴風雨のようなとんでもない弾数の一斉射撃が赤カラットを襲い、空中でバラバラになって消滅した。
その後方にいた慎治さんの指先や肩の穴からモクモクと煙が立ち昇っている。彼は何も言わずにカクンと頷いた。すごい能力だな……かっこいい。
「ふん、さすがにクリスタルライザーは強いな。この俺が直々に相手をしてやる!」
ヒューマイトは肩から二振りのカッターを取り出し、超速でこちらに接近してきた。
相手が武器持ちで素手は分が悪い。もう一度セイバーを呼び出すか。
僕がセイバーを手に取ろうと天に手を掲げた時だ。何者かに強烈な攻撃を食らったヒューマイトは後方へ吹っ飛んでいった。すぐに受け身をとったヒューマイトは「何者だ!」と怒号を上げる。
「はぁ……はぁ……。石海正義、俺と戦え……」
何やら息を切らしており、その目はいつものようなギラギラした輝きを持っていなかった。
生身でカラットを吹っ飛ばす相変わらず規格外な奴。
ヒューマイトをぶっ飛ばしたエコーは凶悪な目つきで僕を睨みつけていた。





