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Sacrifice.04 -取材する記者-

 翌日の放課後、僕は五十嵐さんと薄暗くなった帰り道をともにしていた。今日はもうすぐ学年末テストということで、五十嵐さんに苦手分野を中心に教えてもらっていた。


 正体を知られてからというもの、彼女が僕に接してくる機会がかなり増えた。

 僕も普通に応じているが正直かなり緊張している。クラスで最も目立たない存在の僕が学級委員長で人気者の彼女と一緒にいることが自分のことなのに異様な光景に思えた。

 とてもいい人だとは分かっているが何を思って僕と話しているのか、時々わからなくなることがあった。


「へえ、心強い仲間ができたんだね」


 素晴らしい仲間ができたことを誰かに話したかった僕は五十嵐さんに全てを打ち明けた。

 味方とはいえカラットとつるんでいるわけだし怖がられるかと思ったが、彼女は僕が同じように強く思っていたことを口にしただけで多くを語ることはなかった。


「今までカラットが現れたらとにかく変身して倒すってだけだったからさ。戦ってる相手のことが知れただけで全然違うよ。それに倒すべき相手もわかったからね」


 ユートピアの最終目標は現在カラットを束ねているアメジストを倒すことだ。裕斗は彼も説得しようと考えたらしいが、トパーズから「あいつが素直に言うことを聞くはずがない」と告げられ断念したんだとか。


「意気込むのはいいけど、暴走だけは気を付けてよ?」


 ジュエライザー状態のルタが茶化すようにそう言う。僕も五十嵐さんも愛想笑いで何かを誤魔化した。

 あの惨劇を五十嵐さんは目の前で見ていた。

 白く純粋な心にその光景は深々と突き刺さって抜けなくなったはずだ。今でもふいに脳裏にフラッシュバックすることがある。僕自身もう二度と絶対にあんな想いはしたくないし、そういった面でも止めてくれる仲間ができたことに安心していた。


「そういえば、最近ネットでも話題になってるよ。夜に変なバケモノを見たとか、光る鎧の戦士がいたとか。駅前に出現してから目撃情報が増えたらしいんだけど」


 五十嵐さんが見せてくれたスマートフォンの画面には、【恐怖】とか【都市伝説】などの見出しが踊るネットニュースが多数表示されていた。

 駅前……最初にサンゴーラルが現れた場所だ。あの時は夕方で人も多かったから、そこから噂が広まっていったのかもしれない。誰かに見られてる可能性もないわけじゃないし、より一層慎重に変身しなければ。


「噂のヒーローの正体が冴えない普通の高校生だなんて知られたらマズいよねぇ」


 ちょ、五十嵐さん、冴えないって……ん?

 待て。五十嵐さんもルタもこんな中年男性みたいな低音ボイスじゃないだろ。

 どこからか聞こえた渋い男性の声に僕たちは身構えてその場に立ち止まった。また新しいカラットか?


 しかし、薄闇の角からひょこっと出てきたのは、くたびれたスーツを着た猫背の男性だった。

 無精ひげが生えた顎をポリポリと掻きながらこちらに接近してくる。僕は五十嵐さんの前に立ちジュエライザーに手をかけて戦闘態勢に入る、が。


「おいおい待て待て。俺はれっきとした人間だ。君と話がしたいだけだよ」


 男性は少し右腕を伸ばして弁明する。

 嘘だ! 僕はそんな簡単には騙されないぞ!

 困惑している男性を僕は嫌疑の目で睨みつけた。

 そうだ。ルタ、この人カラットの血入ってるだろ?


『いやぁ、残念ながらどう見ても人間だね』


 ……ま、まあそうだよね、ハハハ。何でも疑ってかかるのはよくないね!

 あれ? でも、人間なのに僕の正体を知っているって逆に問題では?

 ていうかそもそも……。


「あの……どちら様ですか?」


 あからさまに低姿勢になりながら男性にそう尋ねると、誤解が解けて胸を撫で下ろしている彼はスーツの内ポケットから黒い名刺ケースを取り出し、慣れた手つきで1枚抜いて僕に手渡した。


「失礼したね。俺は宝南社の記者、小城龍。35歳、独身です。石海正義ちゃん、君に独占取材を申し込みたい」


 歳は聞いてないんですけど。……独占取材!!?





 立ち話も何だからということで僕たちは町外れのとある店に連れていかれた。『うま』という古びた食堂だ。

 和風の外装、木造の看板や薄れたペンキに長い歴史を感じる。この店で夕食をご馳走してくれるらしい。


 店内には僕たち以外にお客さんは一人もいない。

 店主らしき恰幅のいい男性とおそらく娘さんだと思われる中学生くらいの女の子がなぜかテーブル席で談笑しており、僕たちが入店するのを見るや否や「いらっしゃいませー!」と慌てて厨房に駆け込んで行った。よほど暇だったのかな……。


「大将~、人来ないからってサボっちゃダメだろ。いつものを3つお願い」


 小城さんの言葉に店主は図星をつかれたように「うるせーやい!」と怒号を返す。

 随分親しげだけど知り合いなのかな?

 適当にテーブル席に座った僕たちは女の子が急いで持ってきたお冷を一口ごくッと飲んだ。喉に水分がしっかり行き渡ったところで早速本題に入る。


「で、どういうことなんですか。独占取材って」


 宝南社といえば、芸能人や政財界の大物のゴシップを大量にスクープして最近注目を集めている出版社だ。そんな会社が僕に取材って、一体どういうことなんだろう。


「別件の取材中に偶然正義ちゃんが変身するところを見かけてな。それ以降可能な限り君を追跡してたんだよ。なに、話は簡単だ。俺にクリスタルライザーの特集を組ませてくれ」


 ぼっ、僕の特集!?

 さすがにそれは、僕だってバレたくないし……。

 返答に困っていると、すかさずルタが人間態になって小城さんの目の前に飛び出した。彼にはバレているからか、全く躊躇がなかった。その躊躇がなかったせいで今会ったばかりの二人は死ぬほど驚いているが。


「ダメに決まってるでしょー! うちはそういうのNGだから!」


 お前は僕のマネージャーか。

 ルタの忠告にも、「君がルタちゃんか!」と少しも驚く素振りを見せずに小城さんは彼女の手を取って握手をしている。ルタもさすがに少したじろいでいる様子だ。


「大丈夫。世間が都市伝説と見ているうちはこちらも都市伝説を貫くつもりだ。それに正義ちゃんの名前や写真は一切掲載しない。ヒーローってのは孤独だが、時に誰かの応援がないとやってられないもんだ。どうだ、悪い話じゃないだろ?」


 小城さんは商談を行うような目で僕を見ていた。

 ルタは僕の顔を見る。どうやら判断を僕に委ねるようだ。

 カラットじゃないから何か罠があるわけでもないし……僕だと分かる情報が一切出ないのなら断る理由は特にないだろう。


「……わかりました、いいですよ。けど、どうしてクリスタルライザーの記事を?」


 記者なら追いかけたいネタなのかもしれないけど、自ずと危険も伴うだろう。そこまでして特集したいものなのだろうか。


「10年以上この仕事続けてるんだけど、なかなかパッとしないんだよ。ネタなんて狙って撮れるもんじゃないしさ。けど、君の存在を知った時、もしかしたら俺にしか撮れないんじゃないかって思ったんだよね。それに、芸能人のケツ追っかけるよりこっちの方がずっと面白そうだし。これでも昔はヒーローに憧れてたんだぜ?」


 楽しそうに笑みを浮かべながら小城さんはそう語り、グイっとお冷を飲み干した。

 そうか、記者の仕事もなかなか大変なんだな。

 自分にしかできないこと。僕の場合、クリスタルライザーかな。


「期待に沿えるように頑張ります。ただ、危険なので撮影とかはなるべく離れてお願いしますね」


 プロだから大丈夫だとは思うが万が一戦いに巻き込まれてケガでもされたら大変だからな。そこだけは気を付けてもらいたいところだ。


「うーん、ちょっと説得力に欠けるかな。だっていつもこんな可愛い彼女と一緒だとねぇ」


 ……なっ! かっ、彼女!?

 小城さんはニタニタしたいやらしい目つきで五十嵐さんをちょいと指さしながら、完全に僕をからかっていた。

 よくない勘違いだ、うん。あとで火種が残りそうな話をするのはやめていただきたい。


「ぜっ、全然違いますよぉ!!」


 僕に先駆けて、五十嵐さんは顔を真っ赤にして身を乗り出しながら全力で否定した。

 そこまですっぱりはっきり言われると告白してもないのにフラれたみたいでちょっと嫌なんだけど……。


 でも、小城さんの言うことにも一理あるのは確かだ。

 僕が五十嵐さんと一緒にいれば、それだけ彼女を危険にさらす可能性も高くなる。未遂はあったとはいえまだ実害は及んでいない。けど、もう僕のせいで誰かが傷つくのは嫌だし、その時は彼女を全力で守らないといけない。


「はーい、お待たせしました。大将のやさぐれカレー3皿でーす」


 小城さんがしつこく僕たちをからかっている最中、女の子は香ばしい香りが漂うカレーをトレーに載せて持ってきた。気まぐれじゃないんだな……。

 けど、名前のイメージに反してとても美味しそうだ。そんな色じゃないのになぜかルーが金色に見える。やさぐれたカレーの不思議な魅力を前に思わずお腹が唸りを上げる。


「来た来た。この店の料理ってどれも微妙な味なんだけどよ、このカレーだけはマジで銀河系レベルの美味さなんだよ。いっただきまーす!」


 厨房で洗い物をしていた店主が「聞こえてるぞ!」と怒鳴った。どうやらしっかり耳に届いていたようだ。

 宇宙も飛び越えて銀河に行っちゃうのか、一体どんな味なんだ。口内に溜まった唾を一飲みして、スプーンで一掬いした黄金のカレーを口に運んだ。


「……うまっ」


 自然と口にしてしまうほど、そのカレーはただただ美味かった。

 まろやかでコクがあり、甘さと辛さが平和条約を結んでいるかのような絶妙なスパイス感のあるルー。それを邪魔することなく、かつ決して添え物には収まらない白米。そんな両者の戦いを盛り上げる数々の肉や野菜……。

 もはや筆舌に尽くしがたい、まさに銀河系レベルの味が秘められていた。


「これ、すごく美味しいです! 感動しました!」


 脳内でアホみたいな食レポを繰り広げている横で、五十嵐さんは短い言葉で素直に感想を述べた。いつも大人しい彼女が目を輝かせてそう言うのだから、このカレーが最高に美味しい事に異論はない。


「おおっ、嬉しいね! サービスで半額にしちゃおうかな?」


 そうおどけている店主の耳を女の子がグイっと引っ張った。店主は涙目だがどこか楽しそうに痛がっていた。

 アルバイトにしては若すぎるし、やっぱり娘さんだったか。


「お父さん! ただでさえお客さん来ないのにそんなことしてたらお店潰れちゃうでしょ! ごめんなさい、さっきのはナシでお願いします」


 娘さんに怒られた店主は「ごめんなさい」と平謝りしていた。娘さんには頭が上がらないみたいだ。

 五十嵐さんは「むしろ倍払いたいくらい美味しいよ」とべた褒めしていた。まあ、半額だろうが倍だろうが払ってくれるのは小城さんなんだけどな……。


「俺は味田大将(たいしょう)。こっちは娘の将子(しょうこ)だ。君たち、龍の知り合いかい?」


 大将って愛称じゃなくて本名だったのか。

 僕と五十嵐さんは答えを濁した。知り合いと言ってもついさっき初めて会ったばかりだしな。


「石海正義ちゃんと五十嵐奈乃ちゃん、俺の取材の協力者だ。ほら、こないだ話しただろ? ヒーローの都市伝説のやつ」


 小城さんの言葉で何かを思い出した大将さんは「本当にそんな記事書くのか?」と確認した。

 心なしか少し心配そうだ。小城さんは「当たり前だ」と即答した。


「あの……お二人はどういう関係なんですか?」


 銀河系レベルのカレーをペロッと平らげた僕は、ずっと気になっていたことを我慢できずに口にした。


「龍はうちの一番の常連客なんだ。10年くらい前に取材を受けた時に意気投合したんだよ。」


 なるほど、仕事での縁か。

 ただ一回の仕事で10年以上関係が続いてるってなかなかすごいことなのでは?

 言うなれば、"絆"みたいな……。


「ま、今じゃ一番どころか唯一の常連客だけどな」


 おかわりしたお冷を一気に飲み干した小城さんがボソッと一言そう呟いた。悪意に満ちたその言葉に「出禁にしてやろうか?」と脅して返す大将さん。

 これは"絆"っていうより"腐れ縁"かもな。


「ごめんなさい、父はいつもあんな感じで。……もしよかったら、また食べに来てくれませんか?」


 小学生レベルの言い争いを続ける二人を横目に、将子ちゃんは申し訳なさそうにそう言った。すごくしっかりしてるなぁ、この子。

 きっとこの店が大好きなのだろう。真っすぐな瞳からそれがひしひしと伝わってきた。


「うん、また来るよ。次は違うのも頼んでみようかな」


 将子ちゃんは口角を上げて嬉しそうに「ありがとうございます!」と頭を下げた。

 家からは少し離れているがこんなにもいい店があったなんて知らなかった。ピーク時でも入りやすそう……ってのはちょっと失礼だけど、値段は結構リーズナブルだし何よりあのカレーの美味さは感動ものだった。これからは外食率が増えるかもな……。


「ところで……石海さんってさっき小城さんが言ってたヒーローの都市伝説に詳しいんですよね?」


 将子ちゃんは少し目の色を変えて僕にそう聞いてきた。

 一応僕はクリスタルライザーの都市伝説に詳しい人ってことになってるらしい。ルタが飛び出してくるところをバッチリ見られたのに、よくそれで通ってるな……。


「そうだけど……どうかしたの?」


 将子ちゃんは顔を逸らして次に言葉を発するのを躊躇っている様子だ。

 何かあったんだろうか……僕に応えられることなら精一杯対応したい。少々の沈黙の後、彼女は決心したように口を開いた。


「……私、見たんです。同じ中学校に通う友達が緑色のバケモノと一緒にいるところを」


 『緑色のバケモノ』。その言葉を聞いた瞬間、僕とルタは突き動かされたように互いの顔を見合わせた。僕が知っている緑色のカラットといえばあいつしかいない。

 エコーのやつ、一体何を考えているんだ……。


 僕はあいつが人を殺すようなカラットじゃないと、全力でぶつかり合ったあの時からどこかで思っていたのかもしれない。

 けど、あいつがアメジストの仲間であることに変わりはない。少しでも人間に危害を加える可能性があるのならこの手で止めないといけない。


「あの……大丈夫ですか?」


 3人であまりに急に黙り込んでしまったものだから、心配そうに将子ちゃんにそう言われてしまった。


「貴重な情報ありがとう。きっと何かの役に立つと思うよ」


 僕の言葉に彼女はどこか安堵した様子で「よかったです」と漏らした。

 さて、どうしたものか。次にエコーと対峙した時には徹底的にこらしめた方がいいかもしれない。大丈夫、たとえ暴走したとしても、僕にはもう心強い仲間たちがいるじゃないか。


 悲しみは癒えたわけではない。

 けど、それを消し去ってしまうほどの大きな出会いを神様からプレゼントされた僕は、まるで怖いもの知らずの子どものようだった。

 この先に何が待ち受けていても乗り越えていけそうな、そんな気持ちに縛られていた。

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