Sacrifice.02 -解明する事実-
後日、僕は朝早くに目を覚ました。まだまだ寒いとはいえピークは過ぎたようで、春の足音が近づいてきているのは確かだった。
ずっと壁にかけていた制服に久しぶりに袖を通した。無視していた五十嵐さんからのメールにも昨日のうちに返信をしておいた。
後ろばかり向いていても仕方ないと思い、僕はとりあえず学校に行くことにしたのだ。
「ふわあぁ……あれ、正義学校行くの?」
ジュエライザーの状態から眠たそうに人間態になったルタは僕に問うた。
ずっと話しかけてくれていたのに、僕は何も返さなかったのだ。そのことで彼女に少し気まずさを感じながらも頷いた。
こうやって普通に話しかけてくるんだから、本人はそんなこと全然気にしてないんだろうけど。
「ルタ、今日の夜ちょっといいか? 連れていきたいところがあるんだ」
カバンの準備をしながら僕はそう言った。
裕斗によるとユートピアは街外れの廃工場を拠点にしているらしい。今日そこに来るようにとの連絡があったので僕はルタも連れていくことにした。
考えてみれば、今のところ僕の周りで一番得体が知れないのはルタだ。彼らなら何か知っているかもしれない。
「あ、それってもしかして"誘ってる"ってやつ?」
……へ?
僕はルタの口から発せられた衝撃的な一言に耳を疑った。
こいつ無邪気な笑顔で何言ってんの?
ていうか、どこで覚えてきたんだ?
「この前友達に教えてもらったんだよね。夜の予定を聞いてくる男の子は女の子のこと"誘ってる"んだって。誘われたら覚悟を決めた方がいいらしいよ、私はよくわかんなかったけど」
友達に聞いた?
まさか五十嵐さんがそんなこと言うわけ……はっ!
『彼氏いない組』だ!
あの二人め、余計なこと教えやがって……。
「えーっとな、これはそうじゃないんだ。僕はただお前の今日の夜の予定を聞いただけであって、その友達が言った意味で誘ってるわけでは断じてない。ただ連れていきたいところがあるからお前を誘ってるわけで、あれ、でもこれ結局誘って……ないない、誘ってるわけではない」
必死で弁明しようとするも、自問自答し始めて最終的に自分でも何を言っているのかよくわからなくなってしまった。
まあ、ルタ自身もあんまり言葉の意味を理解していない様子だし別にいいか……。
しかし、変な噂が流れたりしたらたまったもんじゃないし、ちょっと気をつけた方がいいかもな。
「まあいいや。連れて行くってどこに行くの?」
ルタもカバンの準備を始めながら僕にそう質問した。僕は逸る気持ちを抑えながらそれでも少し自慢げに行き先を口にした。
「新しい仲間のところだよ」
街から少し離れたところに位置する大きな廃工場。
ずいぶん昔から使用されておらず、ろくに管理もされないままずっと放置されている。
月が煌々と輝き星もよく見える夜、僕とルタはそこに向かった。もちろん僕はあのジャケットを着用している。
「おう、よく来たな! みんな待ってるぜ」
大きな鉄の門を抜けると裕斗が笑顔で出迎えてくれた。遊びに来たわけじゃないけど、友達と夜遊びしているみたいで道中から凄くワクワクする。
敷地内の奥の方の倉庫のような建物に入ると、何もない開けた空間に温かなオレンジの光を灯すランプを囲みながら他の3人が待っていた。
各々に挨拶を交わした後、僕もランプを囲む椅子に座り、もう一つ椅子を用意してもらった。
「もう一つって、他に誰か来るん?」
甘莉さんは不思議そうに僕に尋ねた。他3人も同様の反応を示す中、僕は頷いた。
「ルタ、出てこい」
僕が声をかけるとルタは僕の左腕から人間態になって飛び出した。
突然の謎の少女の出現に当然皆は驚いていたが、トパーズだけはひと際大きな反応を見せた。
「前々から気になってはいたが、ルタ、お前だったのか……!」
トパーズは感動すらしているような表情でルタをじっと見つめている。
トパーズはルタを知っているのか?
ていうか、ルタって名前を知ってるってことは、ルタの名前って本当にルタだったのか?
「君、私を知ってるの? 私は君のこと知らないけど」
ルタの答えにトパーズはさらに驚愕した様子を見せた。ルタも知らない人に名前を呼ばれて不思議に思っているようだ。
「覚えてないのか……まさかガラクが……いや、それなら今ガラクはどこに……。まあ、それは今はいい。よし、とりあえず正義にカラットについて話しておこう」
トパーズはひとりで何やらぶつぶつと呟いた後、座り直して僕たちにも座るように促した。
いろいろ知っているようだが何もわからない。ガラクってなんだ?
困惑気味の僕たちがしっかり着席したことを確認すると、トパーズは真剣な面持ちで話し出した。
「カラットは大きくオリジナルと覚醒者の二種類に分けられる。ここにいる者で分類すると、裕斗、甘莉、慎治は覚醒者、俺とルタはオリジナル。正義はおそらく何らかの作用でカラットの力が体内に流れて一時的にカラットのような存在になっている、いわば疑似カラットってところだ」
トパーズの言葉にルタは「えー!」と声を上げた。僕も多少なりとも驚いている。
もちろんただの人間だとは思っていなかったけど、まさか本当にカラットだったとはな……。
「うそー!!? 私ってカラットだったの? ていうか、私って本当にルタって名前だったんだ。適当につけた名前がまさかの正解とはね~」
ルタは自分のネーミングセンスにうんうんと感心している。
お前、軽いな……。自分がずっと今まで倒すべき存在として見てきたカラットだったってのに何も思わないのかよ。変に深刻に考えこまれるよりはいいかもしれないけど……。
「歴史には残ってないみたいだが、人間とカラットは遥か昔ともに暮らしていたんだ。互いに協力しながらな。だが、いつからか両者の間に亀裂が入って、やがて戦争に発展した。異形に変身出来て特別な力も持つ俺たちは人間を滅ぼすはずだった。でも、ルタも含めたわずかなカラットたちは人間側についた。俺たちは人間の団結力、そして"たった一人の戦士"の前に滅び去った。クリスタルライザーにそっくりの戦士にな」
"クリスタルライザー"の言葉を口にしながらトパーズは僕に目を合わせてくる。
その瞳に人間への憎悪や怨恨の念が微塵も込められていないことを確認し、僕は人知れず胸を撫で下ろした。
「つまり、オリジナルのカラットはかつての戦争で一部を除いて人間と謎の戦士によって滅亡したってことか。けど、それならどうして……」
綺麗に整理してみせたが、正直頭ではよくわかっていなかった。
相当大きな戦争になったはずなのになんで歴史に残っていないのか。
どうして人間とカラットの間に溝が生じたのか。
そして謎の戦士は一体誰なのか。
謎が判明したと思ったら新たな謎が現れて僕を混乱させた。
「ああ、なぜ俺が今ここで生きているのかはさっぱりわからない。ルタも少なくとも戦争前はそんな姿になることはできなかったはずだ。何も記憶がない以上、聞き出すこともできないしな」
苦笑しながら困ったようにそう話すトパーズ。やっぱり核心の部分はわからないようだ。
みんな滅んだということは、復活したというより誰かが復活させたのかもしれないな。
けど、人間側のカラットはわざわざ復活させたりしないだろうし……そもそもどうやって復活させるんだ?
「んで、俺たちみたいなのが覚醒者。カラットに覚醒した人間ってことだ。覚醒者も細かく分類できて、俺たちは"カラットの力を手にした"状態だ。思い出したくねえかもしれないけど、正義がこの前倒したのは"カラットに支配された"状態のやつだ。力を手に入れるだけか支配されてしまうか、その規則性はよく分かってねえんだけどな」
続いて裕斗がどこかで買ってきた缶コーヒーをカポッと開栓しながら話し出した。
全員に同じものを配り、僕もありがたく受け取る。冷えた廃墟の空気にホワッと湯気が立ち昇り、じんわりと温まっていく気がした。
「自分の中にカラットの力があることに最後まで気づかへんまま支配されてまうやつも中にはおるらしいわ。人格まで支配されたらもう二度ともとに戻ることはできんみたいやな」
甘莉さんは猫舌なのか、息でコーヒーを冷ましながらそう言った。
自分が自分じゃなくなることに気づかないままカラットになることもあるってことか……。大もずっと気づいていなかったな。
「俺たちは運よくカラットの力だけを手にした。けど、別に人間に恨みもないし悪い事に使ってやろうとも考えていない。それはトパーズも同じだ」
慎治さんはコーヒーをグイっと飲み干しながら優しい口調でそう話した。トパーズもその言葉に頷く。
トパーズはもともと人間と対立するカラットだったんだ。それならどうして人間を襲うカラットに与しないユートピアに参加してるんだろう。
「俺は戦争で確かにカラット側について、結果命を落とした。けど俺は迷っていたんだ。人間側につくかどうか。もう一度命をもらったんだ、今度は人間に味方するカラットとして生きようと思ってな」
そう語るトパーズの瞳は淡褐色の美しい輝きを放っていた。
確かに、人は見かけによらないって言うけど、トパーズは人間を襲いそうにはとても見えない。
全容を知ったわけじゃないけど、徐々にカラットのことが分かってきて僕は少しホッとしていた。
ふとルタの方を見ると、缶のフタを開けるのに苦戦していた。全く、世話が焼けるな……。
僕はルタの缶を手にして開栓してあげたが、その時ある事を思い出した。
「そうだ……。トパーズ、ルタには味覚がないみたいなんだけど、何か知らない?」
ルタはなぜか味を感じることができない。過去のルタを知る彼なら何か知っているのではないか。
「そういえばそうだったな……。すまない、それは俺にもわからないな。ルタは昔から飄々とした感じだった。ガラクというカラットと仲が良かったんだ……ルタ、ガラクのことも覚えてないのか?」
ガラクってカラットのことだったのか……その人もこいつには手を焼いたんだろうな。
ルタは疑問符を浮かべながらトパーズの問いに「誰それ?」と答えた。トパーズは昔のことを覚えているのに、どうしてルタにはその記憶がないんだろう。
「ま、堅い話はその辺でええやろ。今日は正義の歓迎パーティーや。こんな寒いところでゴメンやけど、パーっといこか!」
自然と静かで重苦しい雰囲気になっていたその場を甘莉さんは隠し持っていたと思われるクラッカーを鳴らしてフワッとした明るい空気に一変させた。
歓迎パーティーなんて生まれて初めてだ、嬉しい!
まさかこんな廃工場とは夢にも思わなかったけど!
「あーっ、お前そういうことするなら俺たちにも言えよな! 一人だけズルいぞ!」
裕斗は立ち上がって甘莉さんの抜け駆け的行動にケチをつけた。本当、何にでもつっかかるんだな……。
「やかましいわ! ここ音響くから1個でええやろ!」
キレ気味で食いつく甘莉さんに負けじと裕斗も「じゃなくて事前の相談をだな……」と反論する。
たいそう仲がよろしいようで、微笑ましい限りです。
「それもそうだな。正義、改めてこれからよろしく。辛いことがあったばかりかもしれないけど、お前の力を頼りにしてるぞ」
トパーズはずっと見せていた硬い表情を崩し、優しい笑みを浮かべながら拳を突き出した。慎治さんも僕に目線を合わせてうんと頷いた。
なんだか、すごく心強い。
僕の痛みを理解してくれて、一緒に戦ってくれる仲間がいることが本当に心強い。
僕は大がいた時にも感じた安心感をこの不思議な空間でより強く感じていた。だから、自信を持ってトパーズの拳に自分の拳を合わせることもできた。
その後、小一時間ほど僕たちは何でもない話に花を咲かせていた。
この日、僕にとって彼らは間違いなく友達になった。僕はどうしようもなく嬉しくて、そして楽しかった。





