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Sacrifice.01 -矛盾する精神-

 夜と朝の境目、午前3時。

 外は当然、まだ暗い。

 変な時間に目を覚ました僕は、腹が減ったのでコンビニに行くことにした。24時間営業は最近賛否が分かれているらしいが、こんな時にはやっぱり便利だと感じる。


 あの日、朝になっても僕はずっと眠り続けた。

 もちろん途中で何度も起きた。けどトイレに行く以外はずっとベッドの上で横になっていた。

 学校には行かなかった。誰とも話したくなかったので、祖父が昼寝中の昼過ぎにささっと風呂と昼食を済ませた。

 ルタが帰ってきてからは彼女が眠るまでずっと寝ていた。何度かいつもの調子で話しかけてきたが、全て無視した。

 五十嵐さんからも何やらメールが届いていたがまだ見ていない。


 僕はそんな堕落した日々を数日間送っていた。

 睡眠というのはすごいもので、ぐっすり眠ると本当にあれだけ抱えていた怒りや悲しみもほとんど消え去った。残ったのは、触れるとすぐに壊れてしまいそうな空っぽの器だけだ。


 こんな虚無感と惰性だけで生きている人生なんて意味あるんだろうか?

 そんなことまで思いながら、僕は雨上がりの道をトボトボと歩いていた。もはやため息をつくことすら面倒でしょうがない。


 おにぎりとパンを適当に2個ずつと安い天然水を購入し、やる気のない店員の挨拶に背中を撫でられながら店を後にした。

 歩きながら渇いた身体に水分を補給する。100円の水が全身に染み渡り、少しだけ気分がよくなる。こんな生活してることが母にバレたらどうしようとなぜか急に不安になり、また気分は落ち込む。


 早く春休みにならないかな。このまま学校を休み続けるわけにもいかないし。春休みが早く来るようにお星様にお祈りしようとしたが、雲に覆われて星は見えなかった。


 バカバカしくなってうなだれた瞬間、僕は誰かに見られているような気がして咄嗟に後ろを振り返る。

 街灯に照らされた暗がりには誰もいなかった。頭を掻きむしりながら不気味に思っていたその時だった。


「君がクリスタルライザーか」


 聞いたことのない男性の声と何者かの気配を背後に感じて、背中に冷や汗をかきながらゆっくりと元の方向に身体を戻した。


 そこには明らかに普通じゃない見知らぬ4人が立っていた。全員に共通しているのは、いろんなスタイルで同じ黒いジャージの上着を身に着けていることだ。


「誰だか知らないけど……まあ多分カラットだろうね。4人がかりのところ悪いけど、僕今変身できないから1人でも余裕で殺せるよ」


 正直、別にもう死んでもいいかなと思い始めていたので、僕は一瞬も抵抗せずに素直に命を差し出そうとしていた。

 だが、僕と同い年くらいの上着を肩に羽織っているだけの男は突然豪快に笑い出した。何がおかしいのか僕にはわからない。


「ああ、俺たちはカラットだが、お前を倒そうなんて気はない。俺たちは人間とカラットが手を取り合うという理想のために戦ってる『ユートピア』ってグループだ。俺はリーダーの丹沢裕斗」


 上着の胸の部分に『Utopia』と金色で確かに書かれていた。

 カラットなのに僕を倒さないどころか人間と手を取り合うなんて、物好きな奴もいるもんだな。

 今までにないタイプのカラットを半信半疑で見つめていると、裕斗と名乗った男の頭を女の人が叩いた。上着の袖を腰に巻いている彼女も僕と同じ年齢くらいの外見だ。


「4人組って言わんと大所帯やと勘違いされるやろ! あ、私は久遠甘莉(くおんあまり)。あんたがカラットの力持ってるって聞いて会いに来たんよ」


 うちの高校とは違う制服を着た彼女は優しい笑顔を僕に見せる。しかし──


「黙れエセ関西弁」


 裕斗の言葉を耳にした瞬間、鬼のように鋭い目つきに変貌。


「何やとこの理想狂! エセちゃうわアホ!」


 裕斗の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らした。その凄まじい迫力に僕は一瞬話の内容を忘れてしまった。


「悪いな、騒がしくて。俺はトパーズ。こっちの身長が高い奴は湯春慎治だ」


 宝石のように澄んだ美しい瞳が、縛るように僕を捉える。


「単刀直入に言おう。俺たちの仲間になってくれないか? 裕斗が言ったように、人間とカラットは必ずしも分かり合えない存在ではないと思っている。無益な被害を少しでも防ぐために君の協力が欲しいんだ」


 トパーズと名乗った彼は柔和な表情を見せながらも真剣な声色で僕にそう言った。その瞬間、冷たい風が僕たちの間を吹き抜ける。


 僕はどうすればいいんだろう。

 手放しで感想を述べるなら、すごく嬉しい。

 だって仲間ができるんだ。虚無で包まれる僕の心を埋めるには充分すぎる。


 だけど僕は彼らを傷つけてしまうかもしれない。

 それに仮にもカラットなんだから、そんなに簡単に信頼していいのかということも。


「……条件がある。カラットって一体何なのか、知っていることを可能な限り僕に教えてほしい。それともう一つ、僕がもし……暴走して誰かに危害を加えそうになったら全力で止めてくれ。それが可能なら、人間を守るために僕も一緒に戦うよ」


 頭の中ではそんな冷静な理論を展開できる。

 けど、身体は理論より心情を選ぶ。

 理性に本能は抑えられない。心に空いた大きな穴を彼らが埋めてくれるかもしれない、そうに違いないと僕は信じてやまなかった。

 "仲間"という言葉の持つ曖昧で素敵な魅力に僕は酔っぱらっていた。


 ──いや、いいんだ。これで彼らが本当に仲間だったとしたら万々歳じゃないか。


「そう言ってくれると思ったよ。いつの時代も少数者は孤独を味わう。だけど、仲間がいれば何も怖くない。恐れずに前へ進めるんだ。自分がこれだと決めた道を真っすぐにね」


 涼しげな顔でそう語ったトパーズは僕に左手を差し伸べる。反射的に僕も左手を差し出してトパーズと固い握手を交わした。

 ああ、今身体がスッと落ち着いた感じがした。地底深くの洞窟に地上の光が射しこんだような感じだ。


「よっしゃ! 正義、プレゼントだ」


 僕のもとへ歩み寄ってきた裕斗は僕に黒い衣服を手渡した。

 手に取った瞬間、僕は即座に悟る。これってまさか……。


「ジャケット?」


 半笑いで僕は裕斗に確認する。彼はニカっと自慢げに笑ってみせた。


「ああ、『ユートピア』のメンバーの証だ。頑固な汚れが付いちゃったり生地が破れちゃったりしても、予備はいくらでもあるからいつでも言ってくれよ」


 広げてみると胸の部分にはやっぱり『Utopia』の文字があった。僕は思わずフフっと笑ってしまった。

 まあダサいって言ってしまえばそれまでだけど、侵略者から地球を守る防衛隊みたいでかっこいいじゃないか。


「いらんかったら捨ててもええんやで? 私も捨てたいねんけど裕斗に脅されとるからなぁ」


 裕斗の後方から呆れ顔で甘莉さんはそうぼやいた。え、脅されてるの……?


「平気で嘘ついてんじゃねえよ! いっつもダサいダサい言いやがって……このジャケットはなぁ! 『ユートピア』の結束をより強固なものにするマストアイテムなんだよ! あ、そうか。悪い、ファッションセンス皆無のお前に言っても分からなかったか」


 僕でも分かる。それはまずいんじゃないのか……?

 案の定、甘莉さんは眉間にしわを寄せまくり、女の子とは思えないほど鋭い眼光で裕斗を睨みつけている。その野獣のような目つきに彼も少したじろいでいる様子だ。


「俺は気に入っている。ここに入るまではろくに服も持っていなかったからな」


「よく言った、慎治!」


 長身で僕より10歳は年上と思われる慎治さんが嬉しそうにわずかに顔をほころばせる。裕斗も水を得た魚のように急に元気になり、慎治さんを褒め称えた。

 何なんだこのやり取り……。


「いつもこんな感じなんだ。うるさいと思うが許してくれ」


 トパーズは申し訳なさそうに僕に謝った。

 喧嘩するほど仲が良いってこういうことを言うのかなって、17年間生きてきて初めて思った。


「……で、ユートピアって何をするの?」


 ちょうど寒かったのでもらったジャケットを早速着ながら僕は素朴な疑問を口にした。

 ……暖かい。意外と実用性高いなこれ。


「簡単だ。クリスタルライザーとして俺たちと一緒にザコやどうしようもねえカラットを倒してくれ。まあ俺としてはできるだけ仲間に加えたいんだけどな。最終的な目標はカラットの親玉、アメジストの撃破だ」


 アメジスト。エコーと一緒にいたあのメガネの男か。あいつが現時点ではラスボスなのだろうか。そういえばあいつには黒カラットを出現させる能力もあったな。

 黒カラットの出現で大がカラットに覚醒してしまったことを思い出し、胸が熱くなるとともに怒りのような感情も沸々と湧き上がってきた。


「普段は集まってお菓子食ってるだけやけどな」


「それを言うなよ!」


 甘莉さんが鼻で笑うと、すかさず裕斗はツッコミを入れた。

 それがあまりにも的確なタイミングだったので僕は思わずプッと噴き出してしまい、皆から怪訝な目で見られてしまう。


「いや、ごめんごめん。わかった。お菓子でも何でも片付けてみせるよ」


「おーい! だから違うんだって!」


 僕の言葉に裕斗以外は強気な笑みを覗かせた。

 今はっきりと確信した。この人たちは僕の敵じゃない。絶対に。


 緊急時の対応のために彼らと連絡先を交換し、数日後にユートピアの拠点へ案内してもらう約束をした後、彼らはどこかへ去っていった。


「忘れるな。俺たちは君の味方だ」


 別れ際にトパーズが発したこの言葉は、どれだけ僕の心を安らげたことだろう。

 僕の傷ついた心に深く染み込んでいき、布団にくるまっているような安心感を与えてくれた。


 僕の心は麻痺していた。

 大切なものを失った、この手で壊してしまった悲しみがまだ癒えぬ間に、思いがけない出会いが喜びを連れてきてくれた。悲しいのに嬉しい、正反対な二つの感情が心に混在していた。


 この悲しみは僕の心から決して消えないことが分かっているからこそ、僕はより強い喜び、そして怒りをどこかにぶつけることでもう忘れようとしていた。

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